目/予知/妹/離別/冬から秋へ ホラー風味注意

 俺の妹は化け物だ。

 四人兄弟の三番目に生まれた子どもで、見ちゃいけないものだけを視ている。

 母ちゃんの手伝いでわらじを編んでいた雪の日に、俺は妹がそうだと知った。

 囲炉裏で薪がはぜて、橙の粉が暗い板の間を照らしていた。遠くで湯を絞る兄たちの声がしていた。

 妹はふくふく丸い顔を上げて、俺を見ていた。

 「どうしたんだ」って、なるべく優しく言った。

 妹は脂肪で丸い指を伸ばして「かか」と言った。指す方向には山がある。俺はちょっとだけ機嫌を悪くした。母ちゃんが、山に父ちゃんを呼びに行ってから、もう随分経っていたからだ。

 丁度、扉がガラゴロ開いた。父ちゃんが傘と蓑から雪を払って、家に入ってきた。

 俺は母ちゃんのことを聞いたけど、父ちゃんは見なかったって言った。


 母ちゃんは、足を滑らせていた。

 妹の形をした化け物は、二本足で立てるようになってからもどこかおかしかった。

 いつも遠くの山々や雲を見ていたかと思うと、ふと視線を花に止まる蝶や兄弟の足元を見る。蝶も、足元に落ちていた芋虫も、瞬き一つの間に食われたり踏み潰されたりした。

 最初見た時、思わず籠を取り落とした。

 春の柔らかな野の上で、妹は俺に踏み潰される芋を見ていた。肩を掴んでも、何も反応しなかった。

 随分大きな声を出したのだろう。一つ上の兄がすっ飛んできて、芋を見て、俺を叩いた。

 妹の、アメトリンのように光の角度で色の変わる目が俺の尻に潰された花を見ていた。

 ぼんやり突っ立っているようにしか見えない、細くて濃い影みたいな姿をしていた。

 夏。

 妹は遠くの寺へ出されることになった。

 食い扶持のこともあったし、酷暑のために作物も狩りもてんで成果が上がらなかった。何より、兄二人の死に目を予言したことが大きかったのだろう。


「あにさまは、きょう、ぬまにおちます」

「にさま。えきびょうはくるしいです」


 十分注意していても、上の兄は猪を避けて沼に落ちた。

 十分警戒していたのに、二番目の兄は体中掻きむしって倒れた。

 俺は「にさま」の声に被せて「言うな」と叫んだ。

 妹はペコリとお辞儀をして、それきりだった。


「にさまは八十まで生きます」


 硬い紅葉が降り積もる道を、女が一人歩いている。

 じゃくじゃく音を立てる道を進み、真っ青な空の下、一軒の農家を訪なう。

 家人は僅かにまぶたを震わせたが、格式ばった挨拶で女を通した。


 黒ばかりの部屋の一番奥。

 80歳で目を閉じた老女の兄が眠っていた。女の表情はぴくりとも動かず、姿勢も揺れない。嗚咽に満ちた部屋から、視線を麦穂の上へ泳がせる。

 トンビがいた。

 数秒せずに姿勢を崩して、山三つ超えた森の中へ撃たれたトンビが落ちていく。トンビの鼓動が止まる瞬間を、老女は視ていた。ゆるりと瞬きをして、前を見る。


 老女の表情は、やわい微笑みでずっと、固まっていた。

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