シンデレラ→眠り姫・白雪姫

 真白な光が尾を引いて、窓の外を行き交う。

 燭台を片手に掲げ、執事は目蓋を伏せて歩く。松明が照らす怒号を構いもせずに辿り着いた部屋では、金の靴を放り出して寝台で体を伸ばす娘がいる。おとぎ話から飛び出したかのような容貌の美しい娘は、執事に気がつくと百合のような笑みを浮かべる。


「おや、とうとう来たかね。キジバト」


 執事はただ深く礼の形をとった。

 女王は鼻先のみで笑う。笑み一つを賜るために破滅した者がいたのか。執事は考えない。「おいで」と招く手に従い、燭台をナイトテーブルに置き爪先へ額づく。細い指がビロードのような灰色の喉を潰す。

 執事は、ただ一言すらも零さず絶命した。

 指を滴る雫を舐め取って、女王はひそやかな笑いを零す。やがて白い喉を天井に晒して、高く無人の城に笑う。


「嗚呼羨ましい! あさましい、慈悲深き白雪め! ただの半年で城を落とすか」


 年を感じさせない美貌を歪め、白玉の涙をぽろぽろ零す。女王はたった今鳥を縊り殺した手で顔を覆った。粘つく紅色が目尻にも唇にも赤を塗る。


 珍しいが、なんてことはない話。

 父の再婚相手に家を奪われた令嬢が、森の知恵者に教わった技と生まれついた礼儀作法で国の王子の心を射止めた。しかし兄王子に娘がいた上、その子は令嬢よりも美貌と気品に恵まれていた。息子を生んだ令嬢が疎ましかったのか、別な目的でもあったのか、気がつけば令嬢は『人食いの魔女』と民草に語られていた。

 王子が見切りをつけるのは早く、令嬢は辺境の塔に追いやられた。

 『慈悲深き姫』は森へと度々見舞いに訪れ、ある時忽然と姿を消した。―――姫は知恵者の弟子たちを味方につけ、隣国へ堂々と嫁ぎ、子を成した。

 弟子を叱りに向かった知恵者は『森の魔女』として裁きを受けた。令嬢は『森の魔女に命じられて、王子を誑かした魔女』として同じく今、民草の制裁を受けようとしている。


「結局わたくしは、口づけの味すら知らなんだ」


 唇を指でなぞり、令嬢は寝台から体を起こす。

 キジバトはいつでも、令嬢の望む品物を届けてくれた。横目に燭台を見る。燭台のか細い灯りに赤い封蝋が照らされている。中を見る気にはなれなかった。内容が何であれ、二度と夢など見られない。

 赤い笑みを唇に刷いたまま、灰かぶりと呼ばれた娘は燭台を寝台に横たえる。羽毛の寝台が燃え上がる。豪奢な婚礼衣装も、忠実なキジバトも炎に包まれる。令嬢は顎に指を添えて、しばし考えた後、金の靴に足を入れる。

 粗末なドレスを炎が彩る。

 知恵者に贈られた金の靴が、焼けた鉄のように光を返す。

 呵々大笑し、大手を広げて、令嬢は塔と共に焼け落ちた。

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