第11話 6月6日

「どーも! 七瀬さんの友達の花村明日太です!」

「……お、同じく、お友達の、日捲暦です……。ほ、本日は、料理部の活動にお招きいただき、あ、ありがとうございます!」


 緊張した様子で挨拶をすると、日捲さんは急に大きな声を出して勢いよく頭を下げた。


「そんなに畏まらなくていーって。だよね、パイセン」

「そうそう。ルコちゃんのお友達ならいつでも大歓迎」

「私達も噂の日捲さんが遊びに来てくれるの、楽しみにしてたんだから」

「「ねー」」


 七瀬さんの言葉に、料理部の人達がにこやかに頷く。


 そういうわけで本日は、以前七瀬さんにお誘いを受けていた料理部に遊びに来ていた。


 どうやら土曜日の上映会で日捲さんと七瀬さんの距離がぐっと縮まったみたいで、休み時間によく話すようになっていた。普段は二人で食べるお昼も、今日は七瀬さんが加わって、また遊びたいねとか、昨日の事とか色々話している内に、てか今日来ない? と改めてお誘いを受けたのだった。


「……その、私、ものすごく不器用で、お料理とか全然できなくて、色々ご迷惑をかけちゃうかもしれないんですけど……」


 胸元で指をツンツンしながら日捲さんは言う。日捲さんは人見知りなので、知らない人がいると緊張してしまう。今日は上級生の人も一緒だから猶更だろう。それでも頑張って挑戦しているんだから、七瀬さんと友達になって日捲さんもレベルアップしたって事なのかな。頑張れ日捲さん! 僕も隣で応援してるよ!


「大丈夫よ。私も入部当初は卵も割れないくらいの料理音痴だったんだから」


 言ったのはぽっちゃりした優しい顔の部長さん。


「まじぃ? 料理部最強の飯島パイセンが料理音痴だったとか、信じらんないんだけど」

「うふふ。食べるのが好きで毎日部活でお料理してたらいつの間にか上手くなっちゃったの。おかげでちょっと太っちゃったけどね」

「ちょっとじゃないっしょ」


 言いながら、七瀬さんが飯島部長のお腹をふにふにした。

 三年生の先輩にそんな事するなんて、七瀬さんって強者だなぁ。


「やん。やめてよルコちゃん。これでも気にしてるのよ?」

「飯島パイセンは可愛いから全然オッケーっしょ。この触り心地、マジさいこーだし」

「「ね~」」


 と、他の部員もみんなで飯島部長のお腹に群がる。

 ちょっと奇妙な光景に、日捲さんはポカンとしている。


「面白い人達だね」

「そ、そうだね」

「ところで日捲さん。僕、一つ不思議に思ってるんだけど」

「なぁに? 明日太君」

「日捲さん、料理が苦手だって言ってるけど、前に短歌ごっこした時にすごく立派なサンドイッチ作ってくれなかった?」


 僕の質問に日捲さんがコチンと固まる。

 そして、かぁーっと赤くなって顔を隠した。


「……その、実はあれ、お母さんに手伝って貰ったの」

「そうなんだ? でも、手伝って貰ってもあれだけ美味しく作れたらすごいと思うよ?」

「ぁぅ、ぁぅ……その、本当は、ほとんど横で見てただけ……。頑張ろうとは思ったんだけど、私がやると失敗ばっかりで、食材が足りなくなっちゃうから下がってなさいって……」

「あははは、そうだったんだ」


 別に恥ずかしがる事じゃないと思うけど、日捲さんって案外見栄っ張りなんだな。

 そう思うと、ちょっと日捲さんを身近に感じた。


「そこ、いちゃいちゃすんなし」

「初々しいわねぇ~」

「甘酸っぱ~い」

「「うらやまし~」」


 びしっと七瀬さんがこちらを指さし、料理部のみんなが生暖かい視線を向ける。


「い、いちゃいちゃって!? わ、わわわ、私達は全然、そういう関係じゃなくてですね……」


 日捲さんはマックス赤面モードになり、高速盆踊りみたいにわたわたする。


「そーですよ。僕と日捲さんはただの友達、同じ夢を志す文芸部の同志なんです。ただそれだけですよ。ね~、日捲さん」


 先輩と言えど、そこはちゃんと言っておく。僕みたいな冴えない男の子と付き合ってるって勘違いされたら、日捲さんが可哀想だ。


「……ぅん。ソウダネ」


 ほら、日捲さんが臍を曲げちゃった。

 ずーんと肩を下げ、テンション駄々下がりだ。


「あらあら」

「まぁまぁ」

「「や~ん、うらやまし~」」

「パイセン、暦はマジ人見知りのコミュ障だから、あんましからかわないでよ」


 はーい、と料理部のみんなが返事をした。

 本当に分かってくれたのかな?


「そうだ。日捲さん、お料理の練習をする前に、あれやってくれないかしら」

「あたしも聞きたい! 日捲さんの今日は何の日!」

「「聞きたい聞きたい!」」


 どうやら七瀬さん経由で噂になっているらしい。

 料理部のみんなが目をキラキラさせて日捲さんにせがむ。


「ごめん暦。パイセンに暦の話したら大ウケでさ。いつもの奴、やってくんない?」


 七瀬さんが申し訳なさそうに手を合わせる。


「……ルコちゃんがそう言うなら」


 恥ずかしがっているけど、日捲さんも満更じゃなさそうだ。

 僕もまだ今日の日捲さんの何の日を聞いてないから楽しみ。


「……それでは、失礼して。こほん。えー、今日、6月6日は――」


 料理部のみんながわー! っと盛り上がり、七瀬さんが人差し指を立ててシー! っと静かにさせる。


「――コックさんの日なんです」

「まぁ! 私達にぴったりの日ね!」

「でも、なんで6月6日はコックさんの日なの?」

「……なぜでしょう? 折角なので、少しだけ考えてみてください」


 はにかみながら日捲さんは言う。

 日捲さん、頑張ったね!

 突然のなぞなぞに、料理部のみんなは大盛り上がり!

 あーでもない、こーでもないと理由を推理している。

 そんな光景を微笑ましく眺めていると、日捲さんが僕の方を向いた。


「明日太君はわかった?」

「うん」


 僕はこっそり日捲さんに耳打ちをする。


「正解! 流石明日太君!」

「えへへ。伊達に毎日日捲さんの今日は何の日を聞いてるわけじゃないよ」


 得意になって、僕はエッヘンと胸を張る。

 まぁ、わかったのはたまたまなんだけど。


「はぁ? 全然わかんないし、ちょー悔しいんだけど!」

「ルコちゃん、嫉妬してる?」

「そんなんじゃないし!」


 飯島部長の反撃に、七瀬さんは真っ赤になって照れた。

 みんなわからないみたいだから、僕はちょっとヒントを出してあげる事にした。


「ふふ~ん。ヒントはね、コックの日じゃなくて、コックさんの日って事かな?」

「コックさんって……語呂合わせってわけでもないし……」

「あ、私、わかっちゃった」


 飯島部長がパチンと手を叩く。


「コックさんの絵かき歌でしょう?」

「部長さん、大正解です!」


 日捲さんがパチパチと手を叩く。


「絵かき歌? どーいう事?」


 まだわからない七瀬さんの為に、僕は歌ってあげる事にした。


「棒が一本あったとさ~。葉っぱかな?」

「葉っぱじゃないよ~、カエルだよ?」


 飯島部長に視線を向けると、ノリノリで歌ってくれた。

 飯島部長は別の部員さんに視線をパスする。


「カエルじゃないよ~、アヒルだよ?」


 その部員さんはニコっと笑って日捲さんに目配せをする。

 日捲さんはドキッとして、ぎこちなく後を継いだ。


「6月6日に雨ざーざー降ってきて~」


 そこでようやく七瀬さんがハッとする。

 そこからは、七瀬さん以外の全員で大合唱!

 あっと言う間にかわいいコックさんの出来上がりだ。


「というわけで、6月6日はコックさんの日なのでした」


 ぺこりと日捲さんがお辞儀をして、僕と料理部のみんなは大盛り上がりで拍手をした。


「くー! 次は絶対に当ててやるし!」


 七瀬さんだけは悔しそうにしてたけど。

 結構負けず嫌いなタイプみたい。


「他にも今日は、食品通販事業をやっている株式会社アイケイさんが制定した、ローカロリーな食生活の日でもあるんですよ?」


 緊張の解れた日捲さんがもう一つ今日は何の日を披露する。


「はい! 語呂合わせっしょ!」


 ここぞとばかりに七瀬さんが手を上げた。


「それくらいみんなわかるわよ」

「「ね~」」

「うぅ、パイセンの意地悪!」


 拗ねる七瀬さんを料理部のみんなはケラケラと笑った。

 料理部の人達って本当仲良しなんだな。


「それじゃあ今日は、ローカロリーな食生活の日という事みたいだから、ヘルシーで美味しい料理を作ることにしましょうか」


 飯島部長の一言に、料理部のみんなが一斉に賛成の声をあげる。


「なにか良いアイディアがある人」


 料理部の人達は次々に手をあげ、色んな料理の名前を挙げる。

 目を閉じて聞き役に回る飯島部長は、なんとなく達人ちっくな風格がある。


「……そうね。お豆腐の賞味期限が近いし、初心者でも簡単に作れるから、今回はルコちゃんの提案したお豆腐ピザを採用しましょうか」

「っしゃぁ!」


 七瀬さんがガッツポーズを取り、調理室の冷蔵庫から食材を運んできた。

 その間に僕達は予備のエプロンを借りて両手を洗いスタンバイ。

 料理部のみんなと一緒に食材を切り、お豆腐ピザを作った。


 日捲さんは玉ねぎを切って泣いたり、薄切りにしないといけない木綿豆腐をぐちゃぐちゃにしちゃったりで本当に不器用だったけど。まぁ、誰だって苦手な事の一つや二つあるよね?


「平気平気。今回は簡単なやり方にしたけど、別のレシピだと潰して卵や小麦を入れたりするし」

「てか焼いたら固まるし、そんな落ち込む事ないって」

「そうそう、お腹に入っちゃえばみんな一緒だよ」

「「ね~」」


 と、料理部のみんなの温かい励ましもあり、どうにか無事お豆腐ピザが完成した。


 まぁ、薄切りにした木綿豆腐に適当にピザっぽい具をのせてカリカリになるまで焼くだけの簡単料理なんだけど。


 それでも僕と日捲さんは嬉しくて、心地よい達成感を味わった。

 味だって申し分ない。


「料理なんて味付けさえ間違えなければ大体美味しくなるものよ?」

「そうそう。ビビんないでがーってやっちゃえばいいんだって」

「失敗したら適当にチーズかマヨネーズかけとけば美味しくなるしね」

「「そうそう」」


 貴重な教訓を頂いて、その日の取材はお開きになった。

 そう、取材だ。

 僕達文芸部は、どんな事だって糧にして文芸の肥やしにしちゃうんだから。


「……あの、また来てもいいですか?」


 帰り際の日捲さんの質問の答えは……言わなくたってわかるよね?

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