第10話 6月5日
「……えーと、これ、全部試着するの?」
駅前の商業ビルのファッションフロア。
お手頃価格の服を置いている大きな服屋さんの試着室に僕は立っていた。
目の前には腕組みをして僕を見つめるクラスメイトの不破君。
足元には不破君が僕の為に選んでくれた大量の服が3カゴ分も並んでいる。
「当たり前だろ。服ってのはな、それ一つだけ抜き出して良し悪しを語れるもんじゃねぇんだ。どんな人間がどんな時にどう着るか。これが大事になるわけよ。そこんところを無視して試着もしないで服を買うから失敗するんだ。服選びで失敗しない最強のコツは、コーディネートを意識してちゃんと試着する事。これに限るぜ」
得意気に語るだけあって不破君の格好はお洒落だ。ちょっと不良っぽいけど個性的で、ファッションって感じがする。
そういうわけで今日僕は、不破君にお願いして一緒に服を選んで貰っていた。今まではそういうのあんまり気にしてこなかった僕だけど、お休みの日に日捲さんと遊ぶ機会が増えたから、気になってきたのだ。
昨日だって、日捲さんや七瀬さんは今時の可愛い恰好だったのに、僕だけ休日のお父さんみたいで、ちょっと恥ずかしかった。
不破君は自らお洒落を名乗るクラスのお洒落番長だから、彼にお願いすれば間違いないと思ったんだけど、まさかこんなに沢山選んでくれるとは。頼もしいけど、ちょっと大変だ。
勿論、僕の為にわざわざお休みの日に付き合ってくれているんだから文句は言えない。見た目はワルだけど、不破君はとっても良い人なのだ。下の名前も
「それじゃあ、まずはこれな」
不破君が見繕ったセットを受け取り、僕はもそもそと着替える。
カラフルなウィンドブレイカーとひざ丈のカーゴパンツとキャップだ。僕にはちょっと派手な感じがするけど、着てみると結構それっぽく見える。
「どうかな?」
「ま、悪かねぇな。俺が選んだんだから当然だが。上はもうワンサイズ大きい方が可愛くなるな」
「可愛いって、僕一応、男なんだけど」
顎を撫でながら値踏みする不破君に僕は言う。
「わかってねぇな。人間には持って生まれた属性ってのがあるんだよ。ほら、アイドルゲームとかでもあるだろ? クールとかパッションとか。明日太はチビで童顔だから可愛い系だ。不破流お洒落道その二、自分の属性を知り利用しろ、だぜ」
「えー。僕も不破君みたいにかっこいいのがいいよー!」
「うっせぇ! そっち路線もちゃんと用意してあるっての! つべこべ言わずに着替えやがれ!」
そう言って、不破君は買い物カゴからワンサイズ大きいウィンドブレーカーを取り出して僕に渡した。そうやって同じデザインのサイズ違いを用意しているから、量が増えているらしい。
上着だけなので、僕はカーテンを閉めずにその場で着替える。その間に、不破君は僕が脱いだ服を器用に畳んでカゴに戻した。服屋さんみたいだ。
鏡を見る。
「おぉー!」
「どうだ? こっちの方がファッションしてんだろ?」
「してるしてる! 一気に上級者っぽくなっちゃった! 流石不破君!」
オーバーサイズのウィンドブレーカーがだぼっとしてイイ感じだ。
「はっはっは! 当然だな。もっと褒めていいぜ」
「僕これにするよ!」
嬉しそうに高笑いを上げていた不破君が肩でコケた。
「アホか! まだ始まったばっかりだっての!」
「えー、でも僕、これ気に入っちゃったよ」
「そういう台詞はこいつを全部着てから言えっての。終わる頃には、どれを買ったらいいか悩んじゃうって俺に泣きつくぜ?」
「楽しみだね!」
そういうわけで、僕と不破君のファッションショーが始まった。
不破君の選んでくれた服はどれもお洒落で、鏡の中には次々と別人みたいな僕が現れる。可愛い感じだったり、大人な感じたったり、ワルな感じたったり。なんだか変装してるみたいで楽しい。日捲さんにも見せたくて、僕は試着した自分の写真を撮る。でも、冷静になって考えると、次に遊ぶ時まで秘密にしておきたいから写真を送るのはやめにしておいた。
最終的に、僕は最初に選んでもらったコーデに決めた。予算に余裕があったから別のコーデも買おうかと思ったんだけど、不破君が最初のコーデと組み合わせられる別の服を選んでくれたから、そっちを買う事にした。
「不破流お洒落道その三、服を買い足す時は着回しを意識しろ、だぜ?」
頼もしい! 流石はお洒落番長だ。
買い物を終えると予定は終了。
そのまま帰るのもなんだから、二人で軽くなにか食べる事にした。
「お洒落な服選んでもらったし、僕が奢るよ!」
「いらねぇよ。明日太の癖に生意気言うなっての」
「イテッ!」
不破君にデコピンされた。
不破君こそ、格好つけすぎだと思うけど?
本当、いい人なんだから!
「お。屋上でバザーやってんじゃん。覗いてこうぜ!」
壁に貼られたポスターを見て、不破君のテンションが上がった。
「いいけど。バザー好きなの?」
「掘り出し物が見つかるからな。宝探しみたいぜワクワクするぜ!」
そういうわけで、僕達は屋上へと向かった。
「うわ~。お店いっぱいだね!」
屋上では、沢山の人がビニールシートやテーブルを並べて、色んな物を売っている。
確かに不破君の言う通り、宝探しみたいでワクワクする。
「とりあえずざっと回ってみるか」
バザーって本当に色んな物を売っている。古着や古本、中古ゲーム、食器やアクセサリー、トレーディングカードや謎の海外土産、中には手作りの服やアクセサリーを売っている人もいた。
それでふと、僕はバザーの中にちょっとした物語、出展者の人生のようなものを垣間見た気がした。だってそこで売っている物は、その人達のお家にあったものだから。バザーに並んでいる商品を通して、こんな人なのかな、こんな物が好きなのかなって、そんな風に思ってしまう。的外れな推理をしているのかもしれないけど、テーブルに並んだ商品から物語を想像する事、それ自体が楽しかった。
そんな風に思えるのも、日捲さんの影響に違いない。
その事を僕は、無性に日捲さんに伝えたくなって、明日が待ち遠しくなる。
「お! ジッポーじゃん!」
不破君が足を止めたのは、革ジャンにサングラス姿の、ハーレーに乗ってそうなお爺さんやっているお店だ。一スペース分の長テーブルには、金属製の四角いライターがずらりと並んでいる。ドラゴンが彫られていたり、分厚い本みたいになっていたり、女の人のお尻やアニメ柄、入れ墨に歯車模様と、色んなデザインがあった。
「かっこいいね」
「いかすよな! 煙草なんか吸わねぇけど、ジッポーには憧れるぜ」
不破君は目をキラキラさせると、ちょっと緊張した感じでお爺さんに視線を向けた。
お爺さんは僕達が目の前で騒いでいても、我関せずという感じで腕組みをしている。もしかして、サングラスの向こうで眠ってるんじゃないかって疑うほどだ。
「あの、これ、触ってみてもいいですか?」
「好きにしな」
礼儀正しい不破君の問い掛けに、ぶっきら棒なバリトンボイスが答えた。
その渋さに、僕と不破君は目を合わせて興奮する。なんてかっこいいお爺さんなんだろう!
不破君は真剣な顔で顎を撫でながらジッポーを眺め、その中の一つを恐る恐る手に取った。
それは十円玉みたいな色をしたジッポーで、側面には物凄くリアルな骸骨の装飾が施されている。骸骨の上部には、海外の墓石にあるような名前と生没日が刻まれていた。
「やべぇ……惚れた、格好良すぎだろ……」
宝物を見るように、不破君が手の中でジッポを弄ぶ。年代物みたいだけど、蓋はスムーズに開いて、チン! と小気味いい音をたてた。
「いくらだこれ……うぉ! たっけぇ。全然足りねぇや」
この手のジッポーの相場なんか知らないけど、少なくとも高校生のお小遣いには大金だった。
不破君がジッポーを戻そうとすると、お爺さんはぼそりと言った。
「諦めんのか」
「ぇ?」
困惑する不破君に、お爺さんはニコリともせず、しわしわの指でテーブルを指さした。
「ここはバザーだ。欲しい物があるなら交渉してみろ」
挑発的で不機嫌そうな声だった。でもそれは上辺だけで、本当は優しい人なんだって思わせる、そんな声。
僕達は顔を見合わせた。
「……お、おっす」
そして不破君の交渉が始まった。
流石のお洒落番長も、バザーでの交渉は不慣れみたい。おだてたりお願いしたりしてみるけど、お爺さんは無言で首を横に振るばかり。僕も加勢するけど結果は同じだ。
「その程度の交渉じゃこのお宝はやれないな」
どっかりと椅子に腰かけて告げるお爺さんが、僕には宝を守るダンジョンの主に見えた。
「まだまだ、俺の本気はこんなもんじゃないっすよ!」
不破君も意地になって食い下がり、交渉は白熱する。
口を挟める雰囲気じゃなくなって、僕は隣で観戦モードに入った。
日捲さんからメッセージが届いたのはそんな時だった。
『ピンポンパンポーン。日捲さんの今日は何の日をお届けします。本日、6月5日は、ジッポーファウンダーズ・デイ。ジッポーライターの生みの親でジッポー社の創業者でもある、ジョージ・グラント・ブレイズデルさんの誕生日なんだって。ちなみにジッポーの名前の由来は諸説あって、当時流行っていたジッパーをもじったって説や、火をつける時にジィポっていうからって説があるみたいだよ。以上、本日の日捲さんの今日は何の日でした』
それを見て、僕は思わず大きな声を出してしまった。
「日捲さん、ナイスタイミングだよ!」
驚いて僕を見る不破君とお爺さん。
僕はにんまり笑って、お爺さんに言った。
「お爺さん、今日が何の日か知ってる?」
「……お前さんの誕生日とか言っても無駄だからな」
「惜しい! 誕生日は誕生日でも、ジッポーを作った、えーと」
日捲さんのメッセージを確認し。
「ジョージ・グラント・ブレイズデルさんの誕生日だよ! ジッポーファンダーズ・デイって言うんだって。知ってた?」
僕の言葉にお爺さんは黙り込んだ。
不破君が、心配そうに僕とお爺さんを交互に見る。
「……ふっ、そう言えばそうだったな」
お爺さんはサングラスをずらすと、ニカッと渋い感じで笑った。
案外可愛い目をしていた。
そして、不破君にドクロ柄のジッポーを放り投げた。
「くれてやる。友達に感謝するんだな」
「……マジっすか!? ありがとうございます! 明日太も、サンキューな!」
不破君は嬉しそうにジッポーを抱えている
「ううん。お礼なら日捲さんに言ってよ」
「そんなもん、両方に言うに決まってるだろ!」
そういう訳で、僕達は会場の隅っこに移動して、二人で肩を組んでお礼の動画を撮って日捲さんに送った。
「やっほー! 日捲さん見てる~?」
「日捲さんのおかげでこのジッポータダで譲って貰えたんだぜ! 本当サンキューな!」
『……よ、よくわかんないけど、お役に立てて嬉しいですって、不破君に伝えておいて……』
困惑する日捲さんの顔が目に浮かぶ。
なにがあったか、明日詳しく話してあげよう。
あーあ、早く明日にならないかな!
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