第9話 6月4日
「……えーと、その。今日、6月4日はショートフィルムの日なんです……。だから今日は、みんなで短編映画を見たらどうかなと……」
真っ白いスクリーンの前に立ち、借りてきた日捲さんはもじもじしながら言う。
僕は背もたれのあるベッドみたいな立派なソファーに座っていて、隣には七瀬さんもいる。ソファーの両脇には小さなテーブルが置いてあって、ポップコーンやお菓子、ジュースなんかが沢山用意されていた。その中には、僕や七瀬さんが持ってきた物も混ざっている。
「よ、日捲っちの今日は何の日」
「わー!」
ローテーションで盛り上げる七瀬さんに合わせて、僕もパチパチと拍手をした。
そういうわけで僕は、なななんと! 日捲さんのお家に初御呼ばれをしていた。
昨日日捲さんが言っていた、七瀬さん他クラスの女子で遊びに行く予定は、日捲さんが自転車に乗れないのでまた今度という事になったらしい。その際、七瀬さんから是非二人で遊びたいと提案され、色々話し合った結果、というか、七瀬さんに押し切られる形で、日捲さんのお家で遊ぶ事になったのだとか。それで急遽、二人きりは気まずいという事で、僕にお声がかかったのだった。
「え、えへへ……。その、由来はですね、ショートフィルムを紹介する短編映画祭「アメリカン・ショートショートフィルムフェスティバル」が1999年のこの日に開催されたからなんです。創設者は俳優の別所哲也さんっていう人なんですけど……」
照れ笑いではにかむと、日捲さんは気持ちを落ち着けるように一度僕を見てから。
「知ってますか?」
と、七瀬さんに聞いた。
「ハムの人っしょ? かっこいいよねー」
「「ハムの人?」」
僕と日捲さんがハモった。
「知んない? なんか昔ハムのCMに出てて、そー呼ばれてるんだって。って、あたしもパパから聞いただけだけど」
「そうなんだ」
「知らなかったです」
「ちなみにハムはそんな好きじゃないんだってさ」
「へー」
「そうなんですか……」
あんまり知らない人だから、微妙な反応になってしまった。
「そんな事言われても、世代じゃないからわかんないよねー」
七瀬さんはさして気にせず、口の端でニヤリと笑う。独特の緩いノリに、つられて僕達も笑ってしまった。これがコミュ強って奴なのだろうか。
「それで、お二人はどんな感じのが好みですか?」
「僕はなんでもいいから七瀬さんに任せるよ?」
「じゃ、あたしは日捲っちのオススメで」
「うぅ……」
日捲さんは少し困った顔をした。
助け舟を出そうかと思った矢先、七瀬さんが口を開く。
「てかさー。あたしらもう友達じゃん? 花村みたいにフツーに喋ってよ」
「ぁぅ、ぁぅ、頑張ります……じゃなくて、がんばる、ね?」
「ま、無理しなくていいよ。そのうちね」
七瀬さんが口の端で笑う。日捲さんは小さく頷き、ちょっと嬉しそうに僕を見た。
「それじゃあ最初は、明日太君と七瀬さん、二人が好きそうなのにするね」
リモコンを片手に日捲さんが僕と七瀬さんの間にすぽっと収まる。
ソファーに伸ばした足の先が、楽しそうにウキウキと揺れていた。
日捲さんがリモコンを操作する。部屋が暗くなり、映像が始まった。
日本のアニメ作品らしい。
タイトルは「異世界転生オブザデッド」
「ゾンビもの?」
小声で尋ねる七瀬さんに、日捲さんは「どうかな?」と悪戯っぽくはぐらかした。
異世界転生は僕向けだろう。じゃあ、七瀬さんはゾンビ物が好きなのかな?
なんて思いながら見ていると、タイトルが終わり本編が始まる。
見た感じ、ちょっと捻った異世界転生物だ。
主人公は実家暮らしの三十歳引き籠り。その日は彼の誕生日だけど、家族から疎まれていて誰も祝ってくれない。こんなはずじゃなかった、死んで異世界転生してやり直したい。そう思いながら、男は深夜、小銭を握りしめてコンビニにケーキとお酒を買いに行く。
その帰り、お約束の居眠りトラックに轢かれて死亡。男は真っ白い世界で目覚め、女神様と出会い異世界転生。
その異世界は死の概念が失われ、人や動物、魔物までもがゾンビとなって跋扈するゾンビ異世界。人と魔族とゾンビが三つ巴になって戦う中、男は勇者として覚醒し、人と魔族の仲立ちをして失われた死を取り戻す方法を探すサクセスストーリーだ。
男の成長と活躍がダイジェストでまとめられ、最後は旅の仲間やお姫様、セクシーな女魔王様とのハーレムエンド。僕的には面白かったけど、七瀬さんはそうでもないようで、ふーんって顔をしている。期待外れって感じだ。
それで終わりかと思いきや、最後に凄いどんでん返しがあった。
エンドロールが流れた後、Cパートに突入し、シーンは現実世界に切り替わる。
未来チックな病院で、主人公の家族がカプセルに入った脳ミソの前で会話している。
本当にこれでよかったのかしら?
よかったんだよ。息子は夢の中で生きている。夢の中で夢を叶えて、その夢が大勢の人に愛されてお金になって親孝行をしてくれている。幸せな事じゃないか。
主人公は異世界転生したわけじゃなく、脳ミソだけになって生かされていた。そして、主人公の見る夢がテレビ番組のように放送されて、その視聴料でお金を稼いでいるらしい。
異世界転生オブザデッド。
最後にもう一度タイトルが流れ、映像は終わった。
「…………」
びっくりして、僕は声も出せなかった。
七瀬さんも同じみたいで、目を丸くして、ポップコーンを口に運ぼうとしている格好で固まっている。
そんな僕達を、日捲さんは不安そうにちらちら見ていた。
「えっと、どうだったかな? 私的には、結構好きな作品なんだけど……」
自信なさげに尋ねる日捲さんに、僕達は同時に叫んだ。
「面白かったよ!」
「ちょーよかったし! サイコーじゃん! 日捲っち、良いセンスしてんね!」
日捲さんの大きな目がぱちくりして、じわっと涙が滲んだ。
ホッとしたように胸を押さえて、満面の笑みを咲かせる。
「よかった! ウケなかったらどうしようって不安だったの! 実は他にも色々、二人が好きそうな奴選んであるんだ!」
借りてきた日捲さんはどこへやら。テンションマックスのご機嫌モードに切り替わってリモコンを構える。
「ちょい待ち! そんなポンポン見たら勿体ないって! 余韻とかあるじゃん? お菓子食べながら一個ずつ感想会しない?」
「いいねそれ! 折角七瀬さんがアップルパイ焼いてくれたんだし、食べながら話そうよ!」
僕も七瀬さんの提案に乗った。頭の中は勿論、心の中まで今見た短編映画の感動と驚きでいっぱいだ。すぐに別の作品を見たら、パンクしちゃうと思う。
日捲さんは目を見張っていた。大きな瞳に、先程よりも沢山の涙が滲む。溢れそうになって、日捲さんは慌てて顔を隠した。
「日捲っち!? 大丈夫?」
びっくりして、七瀬さんが尋ねる。
「嬉しかったんだよね?」
僕が通訳すると、日捲さんはぐすぐすと鼻を鳴らして何度も頷いた。
「お友達と好きな作品を共有して感想会をやるの、夢だったから……」
言われて七瀬さんは、ぽぉーッと顔が赤くなった。
「はぁ? なんだよそれ、可愛すぎかっての!」
照れ隠しみたいに言うと、七瀬さんは日捲さんに飛び掛かり、脇腹をくすぐった。
「あははははは!? だめ、腋は弱いの!? あははは、明日太君、助けて!?」
「だめだよ。僕が混ざったらセクハラになっちゃうもん」
折角楽しんでるのに邪魔しちゃ悪いしね。
その後僕達は、お互いに持ち寄ったお菓子を食べながら感想会をして、満足したらまた別の短編映画を見てを繰り返した。
同じ作品でも人によって感じ方や感想、色んな解釈が違っていて、一人で見るより百倍楽しかった。七瀬さんの焼いてくれたアップルパイも絶品だったし、最高って感じ。
途中でトイレに立つと、僕は日捲さんにそっくりな女の人に出会った。
日捲さんの背を少し高くして、髪をショートにしてメガネをかけて、やさぐれさせた感じの人。ちょっとズボラな雰囲気があるけど、大人っぽくて綺麗な人だ。
「お邪魔してます。日捲さんのお姉さんですか?」
「そうよ。あたしも日捲だけどね」
にこりともせず言うと、お姉さんは皮肉っぽく口の端で笑った。
ふんわりと、アルコールの甘い香りがした。酔っぱらってるのかな?
「君が噂の明日太君?」
「はい。噂の明日太君です」
にっこり笑って、僕は頭を下げた。
「はは、噂通りのコミュ強だ。そりゃ暦も心を開くわけだわ」
楽し気に言うと、お姉さんは値踏みするように僕を眺めた。
「ふーん」
「……?」
「まぁ、手間のかかる妹だけど仲良くしてやってよ。不器用だけどいい子だからさ」
「そんな、僕の方が仲良くしてもらってるんですよ! 日捲さんには助けてもらってばっかりなんです」
「……ま、そういう事にしとこうか」
鼻で笑うと、ニヤニヤしながらお姉さんは言った。
「お姉ちゃん!? もう、恥ずかしいから出てこないでって言ったでしょ!?」
僕が遅いから心配したのかな?
日捲さんがやってきてお姉さんに怒った。
「っせーな。酒が切れたんだよ。お友達に挨拶してただけだろうが」
「変な事言ってないでしょうね! だめだよ明日太君! こんな人と喋ったら、ズボラがうつっちゃうんだから」
「うつるか! ったく、昔は可愛いお姉ちゃん子だったのによぉ」
「そうだったんですか?」
「そうだよ。もう、どこに行くにもお姉ちゃんお姉ちゃんって、トイレの中にまで入って来たんだから」
「お姉ちゃん!? 怒るよ!」
日捲さんのパンチが炸裂する。
「ってぇ!? もう怒ってんだろ! そんじゃ明日太君、またな~」
「お姉さん、またね~」
手を振ってお別れをする。
「ごめんね明日太君、恥ずかしいお姉ちゃんで……」
「そんな事ないよ。妹思いの優しいお姉さんだったよ?」
「うぅ……」
そんな感じで思わぬ出会いもあり、僕と日捲さんと七瀬さんは、最高の土曜日を過ごしたのだった。
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