第3話 5月29日

「うー! またやられた!」


 マウスを放り出すと、僕は椅子の背もたれに体重を預けて思いきり仰け反った。


 なんの予定もないいつも通りの日曜。

 昨日の草野球観戦でちょっと野球に興味を持った僕は、自分の部屋のパソコンで野球のゲームを遊んでいた。


 野球と言っても本格的な奴じゃない。むしろ、ちょ~簡単。


 世界一有名な黄色いクマさんをマウスで操って、森の仲間達からホームランをもぎ取るだけ。投げたり守ったり、その他の細かいルールは一切なし! そういうシンプルさが初心者向けな気がして手を出した。


 でもこれが、中々難しい。簡単と難しいって両立するんだね。


 陰気なロバさんや見覚えのないゾウさん、気弱な子豚さんまではクリアできたんだけど、カンガルーの親子で詰まっている。なんかふわふわ上下する謎の魔球を投げて来るのだ。


 それで僕はふと思う。主人公の技を魔球っぽくしてみたらどうだろうか? 曲がるファイヤーボールとか、消えるファイヤーボール、分身するファイヤーボールなんてあったら面白くない?


 早速日捲さんに教えてもらった携帯で使えるメモアプリに書きこむ。日捲さん曰く、どんなアイディアでもメモを取っておくと、思わぬ時に役に立つらしい。その時使わなくても、全然関係ない話で使えたり、メモ書きを眺めているとそこからお話を思いついたりするんだって。


 流石日捲さん! 生憎僕はその域には達してないけど、こうしてアイディアをメモしていると、なんか文芸してるって感じがして気分がいい。


「よし、今度こそリベンジだ!」


 メモを取り終え再挑戦しようと思ったら携帯が震えた。

 日捲さんからのメッセージだ!


『明日太君、今大丈夫?』

『うん、どうしたの?』


『なんでもないけど……気分転換にちょっとお話ししたいなって』

『そんなのいつでも大歓迎だよ!』


『よかった。今なにしてる?』

『野球!』


『野球? バッティングセンターとか?』

『惜しい! パソコンで野球してるんだ。バッティングセンターみたいな感じだよ』


『そうなんだ。面白い?』

『うん! 簡単だけど難しくて、全然クリアできないや。日捲さんもやってみる?』


『やってみたい』

『そうこなくっちゃ!』


 僕はゲームのタイトルを教えてあげた。


『これで検索すれば出ると思うよ』

『やってみる』


 それから暫く間が空いた。


『どう?』

『難しいね。全然打てないよ』


『どこまで行けた?』

『ウサギさんまで』


『えぇ!?』

『ど、どうしたの?』


『多分僕、そこまで行けてない……。日捲さん、ゲーム上手いんだね!』


 勉強も出来て物知りでゲームも上手いなんて、流石は日捲さんだ!

 感心していると、急に日捲さんからの返事が途切れた。


『日捲さん?』


 聞いてみたら、すぐに返事があったけど。


『たまたまだよ。偶然なの。もう一回やったら最初の所で詰まっちゃったし』

『え~!』


 そんな事ってあるんだろうか? 

 でも、日捲さんが嘘つくわけないし、そんな嘘をつく意味もない。

 だから僕は納得したんだけど、日捲さんは急に話題を変えてきた。


『そうだ明日太君。今日、5月29日はこんにゃくの日なんだって』

『へ~、そんな日もあるんだ。なんでこんにゃくの日なの?』


『当ててみて。今回は簡単だから』

『頑張るぞー!』


 僕は腕組みをして考えた。


『こんにゃくの誕生日!』


 とりあえず、あてずっぽうで言ってみた。


『ブブー』


 やっぱりあてずっぽうじゃ駄目か。もう一度、今度はもっと真剣に考える。うーむと呻ってみるけど、さっぱりだ。考えるって言っても、なにを考えればいいのか分からない。こんにゃく、こんにゃく、こんにゃく、頭の中で何度も唱える。


『ヒント、明日太君の得意な奴だよ』

『僕の得意な奴……』


 そんなのあるかな? 

 我ながら、僕って得意な事なんか一つもない普通の男の子な気がするけど。しいて言えば、前向きな事くらい?


 色々考えたり、日捲さんとのやり取りを思い出してみて、僕はハッと思いついた。


『わかった! 語呂合わせでしょ! 5月29日でにゃく29!』

『正解!』


『いぇーい!』

『今日、5月29日は全国こんにゃく協同組合連合会と日本こんにゃく協会が定めたこんにゃくの日なんだって』

『へー。そんな組織があるんだ……。違法な闇こんにゃくを取り締まったりとかするのかな?』


 また返事が途切れた。


『日捲さん?』

『笑いすぎてお茶零しちゃった! 明日太君、面白過ぎだよ!』

『そうかなぁ?』


 僕としては、日捲さんがビックリマークを使ってる事の方が面白感じがするけど。


『そうだよ! あーお腹痛い。もう一つ出してもいい?』

『勿論!』


『5月29日はシリアルの日でもあるんだって』

『シリアル? 朝ごはんに食べる奴?』

『そう、そのシリアル。なんででしょーか?』


 日捲さん、文字だとちょっと子供っぽくなるんだなぁ。


 なんて思いつつ、僕は考える。また語呂合わせかなって思ったけど、シリアルじゃ全然違う。でも、聞いてくるって事は考えれば当てられる奴なのだろう。


『今度こそシリアルの誕生日!』

『ブブー!』


 わぁ、日捲さんノリノリだ。


『えー、わかんないよ』

『正解はね、これも語呂合わせなの』


『えぇ、シリアルで語呂合わせになるの?』

ーンレーでシリアルの日なんだって』


『えー! そんなのズルいよ!』

『クレームはそれを決めた日本ケロッグ合同会社さんに言って下さ~い』


「あはははは」


 日捲さんのテンションがおかしくて、僕は声を出して笑ってしまった。なんとなくだけど、ベッドにうつ伏せになって足をパタパタさせながら文字を入力している楽しそうな日捲さんの姿が頭に浮かぶ。


『……ごめんね。ふざけすぎちゃった。怒っちゃった?』


 僕の返事が遅かったからだろう。日捲さんが聞いてきた。


『まさか! 日捲さんが面白くて笑ってた』


 少し間を置いて、日捲さんから照れ顔のスタンプが届いた。

 僕は親指を立ててイイネ! って言ってるスタンプを返す。


『えっとね、実は他にもあるの。幸福の日に、呉服の日、エスニックの日でもあるんだよ?』

『それも全部語呂合わせ?』


『そうみたい。面白よね』

『面白い! でも、幸福と呉服はわかるけど、エスニックがわかんないや』


 29はニックの部分だけど、5がどこにかかってるかわからない。


『数字の5を想像してみて』

『したよ?』

『アルファベットのSに見えない?』


 ちょっと考えて、やっと僕も意味が分かった。


『無理やりだなぁ~』

『そちらのクレームは日本エスニック協会にお願いします』

『あははは、色んな協会があるんだね!』


 それで僕は思いつく、色んな悪の組織を沢山出したら面白いんじゃないかな? こんにゃくを広める為だけの組織とか、コーンフレークを主食にする事を目標に掲げる組織みたいな、しょうもない組織を沢山出して次々やっつけちゃうの。


『日捲さんのおかげで面白いアイディアが浮かんじゃった!』

『本当? 明日太君のお役に立てたなら、私も嬉しい』


『それに面白かったし、ものすごく為になったよ。日捲さんの今日は何の日、もっと聞きたいな!』

『今日の分はこれで終わり。また明日別のを教えてあげるね』


『いぇ~い。これから毎日何の記念日か教えて貰えると思うと、日捲さんに会うのが楽しみになっちゃうな!』

『……私も、明日太君に今日が何の日か教えるの、楽しみだよ?』

『本当? やったー! 早く明日にならないかな!』


 ちょっと間を空けて、日捲さんは『そうだね』って返してきた。


 その後僕達は、二人で情報を交換しながら野球のゲームを攻略した。


 日捲さんは最初みたいに上手くは出来なくて、いつも僕の一、二個前のステージで詰まってしまう。だけど、僕の詰まってるステージの話をすると、『これは私の想像なんだけど』って前置きをして、ものすごく的確なアドバイスをくれた。


 やっぱり普段から小説を書いてる人って想像力が豊かなんだな。


『でも不思議。そんなに的確なアドバイスが出来るなら、日捲さんの方が先に進んでそうなのにね』

『アドバイスをするのと実際にやるのは全然違うから。私、運動音痴だし、ゲームだって普段は全く全然やらないから、才能ないんだと思う!』


 そんなビックリマークまでつけなくたっていいと思うけど。

 それから暫くして、日捲さんはこんな事を聞いてきた。


『……明日太君は、ゲームが得意な女の子ってどう思う?』


 そのメッセージはすぐに取り消されちゃって、なんて書いてあったのか読めなかったけど。


『どうしたの?』

『なんでもないの。誤字があったから消しただけだよ』


 そんなことで消す事ないのに。

 本当日捲さんって恥ずかしがり屋さんだ。

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