第11話

「なんか言われた?」


 私は必死で泣き止もうとしながら、頭を横に振る。


「違う。言った」


「言われたんじゃなくて?」


「言っちゃった。言わなくていいこと」


 彼は立ち上がると、もう一度滑り台を滑った。


私はその間に鼻水をすする。


「何言ったの」


「好きですって、告白した」


「……。そしたら?」


「フラれたから出てきた」


「はぁ~。そっか。……分かった」


 広太くんは盛大なため息をつき、頭を抱えたままボリボリかきむしった。


私は滑り台の下でしゃがみ込む広太くんに、しがみつくように飛びつく。


「ねぇ、私のどこがダメなのかな? 何が悪いと思う? どういうところが可愛くない?」


「どういうとこだろうな」


「ねぇ、真剣に悩んでるんだけど」


「分かるよ」


「どうしたらいいと思う?」


「そのままでいいんじゃね」


 やっぱりこの人は、何にも分かってない。


「だから、私は真面目に……」


「俺は、そのままの彩亜ちゃんが好きだから」


 彼の目はじっと私を見つめる。


「だから、そのままでいいと思うよ」


 夕陽に沈む公園で、広太くんは滑り台にしゃがみこんでいて、私はそんな彼の真横にくっついている。


彼のシャツを掴んでいた手を、そっと離した。


「あ……。えと……」


「そう言われて、困る?」


 そっと微笑む彼の顔を、まともに見ることが出来ない。


「こ、困らないし……、嬉しいけど……」


 だけど、私が好きなのは……。


「言いたくなったから、言っちゃった」


 彼は立ち上がると、ウンと背伸びをする。


「もう今ここで言わないと、タイミング逃すような気がして」


 そう言って、「はは」って笑った。


そんなとこで笑わないでほしい。


「それで、彩亜ちゃんの気持ちは変わる?」


「か、変わらないと思う……」


「俺のこと、嫌になった?」


「ならないよ。そんなの全然ならない」


「だったら、直央もそう思ってるんじゃない?」


 彼の大きな手が、私に向かって真っ直ぐに伸びる。


「好きだよ。よかったら俺と、付き合ってください」


 その手をじっと見つめる。


動きたくても動けなくて、私には固まったままどうすることも出来ない。


伸ばされた腕がふわりと動いた。


「はは。ゴメンね。わがまま言って」


 彼はヒラリとそこから飛び降りると、今度はブランコに乗る。


立ったままこぎ出した、その上から声をかけた。


「彩亜ちゃんも乗ったら?」


 そう言われて、断れるわけがない。


私は彼の隣に腰を下ろすと、ゆっくりとブランコをこぎ始めた。


「1年の時にさ、俺、体育委員やってて。その時にテントで見かけてさ。可愛いなーって思ってた」


 左右に揺れるブランコと、軋む鎖の音が交差する。


「で、2年になって同じクラスになれて、めっちゃうれしくてさ……」


 彼は勢いをつけて、そこから飛び降りた。


「それで、ずっと見てた。そしたら分かったよ。彩亜ちゃんの好きな人」


 泣いていいのかダメなのかも分からなくて、だけどここで私が泣くのも違うよなって、どんな顔をして彼を見たらいいのかが分からない。


「……。そ、そうなんだ」


 ブランコから立ち上がった私に、彼は笑い出す。


「あはは。そんなに困った顔されると、こっちも困るからやめて」


 ニッと笑うその笑顔が、今の私にはとてつもなく眩い。


「ね、今日もアイス食べて帰る?」


「え……。どっちでもいいけど……」


「じゃあ、一緒にコンビニ行こう。今日こそ俺がおごるから」


 普通に、もの凄く普通に、ごく自然に接してくれる広太くんが、自分より遙かに大人に見えて、とうてい私なんかには手の届かない人になってしまったようで、申し訳ないようないたたまれないような、目に見えない分厚い壁が出来てしまったような気がする。


 それでも私は、彼が普通に接してくれるから、普通に接することを演じている。


上手に振る舞えているのか、彼の気を悪くしてないのか、そんなことが気になって仕方がない。


夕暮れの通学路を、先にゆく彼の背を見つめる。


このままやっぱり普通にコンビニ入って、当たり前のように一緒にアイス食べて、何もなかったみたいに別れて、そしてまた学校で……。


ふいに、私の足は止まった。


「ゴメン。広太くん」


 彼はゆっくりと振り返った。


「私、やっぱり直央くんが好きだから……。広太くんとは付き合えない」


「うん。そうだよね」


 彼はニコッと微笑むと、軽やかに手を振った。


「じゃ、悪いけど先帰ってるね。アイスはまた今度」


「う、うん」


「また明日」


「また、明日」


 小さく手を振って、彼を見送る。


なんだか今日は、泣いてばっかりだ。


真っ赤に染まった夕焼けの下を、ぐずぐず足を引きずって歩く。


体が重い。


いつも短い駅までの距離が果てしなく遠い。


絶対に顔が腫れてる。


こんなとこ、誰にも見られたくないな。


ようやく構内に入った。


雑踏を抜け、さっさと電車に乗ってしまおう。


「彩亜ちゃん?」


 直央くんだ。


なんで?


「待って!」


 逃げだそうとした私の腕を、彼が掴んだ。


「ちょ、あ、アレ? 広太が……。んと、どうしたの?」


 その手を振り払う。


こんなの、タイミング最悪過ぎる。


「さっきアイツが……、ねぇ、待って!」


 逃げ出した。


今は直央くんの顔も見たくない。


そこから飛び出し、路上へ出た。


最悪だ。


もう一度涙を拭う。


一人で歩く混雑した夜道で、直央くんが私の手を掴んだ。


「どこ行くの。駅はこっちでしょ」


 そう言いながらも、私を引く手は駅から遠ざかる。


道幅の狭いごちゃごちゃした通りを、彼は私の手を掴んだまま離さない。


「広太と何があった?」


「……。好きって言われた」


「で、何て答えたの?」


「……。直央くんが好きだから無理って……」


 つないでいる彼の手が、私の手をぎゅっと握り返した。


それに負けないくらい、私も強く握り返す。


彼は立ち止まると、ようやく振り返った。


「とりあえず、今日は帰ろっか」


「うん」


 つないだ手を離したくなくて、離されたくなくて、彼をじっと見上げる。


「他に、何にもヘンなこととかされてないんだったら、いいよ」


「うん。それはない」


「……。そっか。じゃあいいんだ」


 歩き出す。


つないだ手はそのままだ。


さっきまで歩いて来た道を、そのまま引き返している。


帰宅ラッシュの混雑とピカピカ光る看板の明かりに、私の頭はくらくらしている。


「私、直央くんが好き。好きなの。ずっと好き。大好き」


「うん。ありがと」


 構内に戻って、改札を通る時に離された手には、まだその感触が残っていた。


「じゃ、また明日」


「うん。またね」


 ホームに電車が滑り込む。


その気配に、彼は慌てて階段を駆け上っていった。


その背中をじっと見つめる。


いつか彼が、私を振り返る日はやってくるのだろうか。


 このまま諦めた方がいいとか、頭では分かってても気持ちが言うことを聞かない。


好きってきっと、そういうものなんじゃないの? 


どっちがいいかとか楽だとか、そんなことでは動けないんだ。


広太くんのことは嫌いじゃない。


むしろいい方だと思う。


だけどだからって付き合って、それで本当にいいの? 


もしかしたらアノ子も、そんな気持ちなのかな。


 どれだけその願いが儚く遠いものでも、いつか好きな人の好きな人になれますように。


私はそれを願って、自分の階段を昇り始めた。




【完】

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好きな人の好きな人 岡智 みみか @mimika

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