第4話 嵐の前夜

 「彩華様、徳川殿がお見えになりました」

 そう言って案内役の彩華の従者が、彩華に声をかけた。

 「どうぞ」

 そう彩華の声で、従者は襖を開けた。そこには、見慣れない女子と彩華が一緒に居たのだ。

 「何をしている、早く入りなさい」

 そう彩華が言って来た。そう言われて私は、雪音とともに彩華の部屋に入って座ったのだ。

 「あのさ、彩華隣に座っているのってこの前言っていた子?」

 「そうだよ、北条鈴音ほうじょすずねって言う子なの」

 「初めまして葵彩様、私は北条優の娘で北条鈴音と言います」

 そう言ったのだ。私は、薄っすらと手紙では知っていた。関東地方を支配者の娘だ、光乃凛の妻のような気の強い子だと思っていた。しかし、予想に反して優しそうな子で何よりだと安心をした。

 そんな事が表情に出たのだろう。彩華が私にこんな事を言ってきた。

 「葵彩、あんた私の妻にもの凄い変な事考えていたでしょ?」

 「いや、美濃のマムシの娘みたいな子じゃなくてよかったと思っただけだよ」

 そう彩華に返した。私がこっちに来る数ヶ月程前の事だった。岡崎に居た頃であった。ある日光乃凛から妻が怖いと言う事で手紙が来ていたのだ。

 「確か、斎藤夢香さいとうゆめかの娘でしょ?」

 「そうだよ、めっちゃ賢いらしいから光乃凛が愚直を漏らしてくるんだよ」

 そう言うと彩華は、少し目線を逸らしたのだ。私は、彩華に聞いてしまった。

 「あのさ、彩華もしかしてあんたも?」

 「葵彩様、察してあげてください」

 そう言うと私は、なんとも言えなかった。確かに彩華が軍事と言うよりも和歌とか茶道と言った文化の事に関しては興味を持っていた。しかし、剣術や馬術と言ったことに関しては昔から嫌いであったのだ。

 「葵彩様、そろそろ本題の方を」

 そう雪音が私に耳打ちをして来た。その一言で私は、自分の立場を思い出した。昔のように話をし続けたいが今はそのような時間が無いのが事実であった。

 「ところで、彩華私に何か、用があったんじゃないの?」

 「うん、まぁ、そうなんだけど…」

 そう言うと彩華は、何か言いにくそうだった。そんな態度に見かねたのか鈴音が彩華の代わりに私に言ってきた。

 「この人は、葵彩様の出陣をして欲しくないのです」

 私は、どこか納得してしまった。今回私が率いるのは、自分の父親や祖父も率いて来た松平の軍である。しかも全軍の先鋒であり死者や全滅の可能性が他に比べて非常に高いのである。そのため、友人でもある私に死んで欲しくない為に言って来たのだ。

 「私は、菊丸を奪還するまでは死なないから安心して。雪音行くよ」

 そう言って私は、彩華の部屋を後にした。


 その後私は、雪音と共に岡崎に帰ろうと支度をしていた。すると鈴音が、やって来た。

 「葵彩様、彩華様からせめてこれを持って行ってくださいと」

 そう言って一つの木箱を渡した。

 「これはなんですか?」

 「私も何が入っているのかは知りません。ただ、岡崎に着いたら開けてくださいとしか聞いていませんので」

 「そうですか」

 「では、ご武運を祈っています」

 そう言って鈴音は、帰って行った。

 「何なんでしょう?」

 「さぁ、分からん。雪音、この戦のあとどんな判断をしても私と共に歩んでくれるか?」

 「当たり前よ、あんたが死ぬその日までそばに居るわよ」

 そう言ったのだ。それを聞いた私達は、岡崎に帰って対織田戦の準備を始めたのであった。

 

 岡崎に帰って一か月後の時が過ぎた。

 私は、出陣の準備をしていた。

 「葵彩、沓掛くつがけで合流するのよね?」

 「そうだよ、そこからまた太守様から指示が出ると思うけどあんまり期待しない方がいいわよ」

 そう私は、雪音に鎧を着るのを手伝って貰いながら準備をしていた。

 「そう言えば、この木箱開けないの?」

 そう雪音が言うと私は、彩華から貰ったままにしている木箱を見つめた。

 「そうだね、開けて見るか?」

 そう言って私は、彩華から貰った木箱を開けた。そこには、一本の采配と龍笛りゅうてきが入っていた。

 「葵彩って笛吹けたの?」

 そう雪音が言って来た。

 「まぁ、少しだけね。彩華様に小さい頃教えて貰っていたの」

 まぁ、噓なのだ。なんせ、この笛は、彩華が一番気に入っている笛であり、私とお茶を飲むときに使っていた笛だから覚えている。そして采配の持ち手部分には、三つ葉葵紋があしらわれていた。私は、少し不思議に思いながら木箱のそこにある一枚の手紙を取った。

 「彩華様からですか?」

 「そうね」

 そう言って私は、彩華からの手紙を広げた。


 松平葵彩様

 このような形で、私の気持ちを伝える方法が無いのが残念です。葵彩は、自分の信念を簡単に曲げないのは知っているので私の気持ちをこのような形で伝えさせてください。

 正直に言ってお父様や他の人が今回の戦争で死んでも構いませんし、別に今川が亡くなってもこの際いいと思っています。ただ、葵彩と雪音が死ぬ事とあなたの親友である織田の当主と対決する事だけは避けて欲しいと思っています。だけど、葵彩に言っても無駄だと思っているので、二つだけ約束をしてください。

 一つ、自分の意思を大切にする事

 一つ、必ず生きて私と再会する事

 この二つを守ってください。戦場に出れない私だけど、無事に再会出来る事と独立をしてあなたの野望を叶えられる事を祈ります。あと忠告代わりに言って置かないといけないからここに書いておきます。噂になっている鳴海城城主の謀反だけど、織田軍の草が行った可能性があるから気を付けてね。

 私からの贈り物を少しでも喜んでくれると嬉しいです。

                                   今川彩華


 「葵彩様、どうしますか?」

 そう雪音が私に聞いて来た。私は、手紙を懐にしまい込んだ。

 「もちろん、大切な友からの贈り物だ。無論持って行くよ」

 そう言って私は采配と龍笛を木箱に入っていた入れ物に居れた。

 「では、沓掛に向かうか」

 「そうですね」

 そう言って私達は、沓掛城くつがけじょうを目指した。

 

 私達が沓掛に到着をした二日後に本隊が到着をして織田領に入る最後の軍議が行われた。そこで、義元から鳴海城の南にある城、大高城に兵糧を入れるように命じらたのであった。

 

 松平陣

 「やっぱりこうなるよな」

 「まぁ、そうでしょうね」

 そう私と雪音がため息を吐きながら地図を見ていた。なんせ、今夜に大高城に兵糧を入れろと言うのである。しかも大高城は、西は海で、その他の場所には織田軍が砦を建てて完全に包囲をしているのである。

 そうして唸っていると一人の男性がやって来た。そして雪音の頭をわしゃわしゃしながら言ってきた。

 「会議するなら家臣を呼んでからでしょうに」

 そう言ったのだ。すると雪音は、その男性の手を払ったのだ。

 「父様、辞めてください」

 「すまんな。若姫わかこの鳥居忠吉以下、若姫の手足となります故、何なりとご命令を」

 そう言ったのだ。しかし、私はこの戦場が初めてである。そしていると忠吉が私にこんな事を言って来たのだ。

 「若姫、自信を持ってください。若姫は、雪斎殿からあらゆる知識を教えられています。また山田様からも軍事について教えられています。なので、ご自身の考えを述べてくださいませ」

 「なら、私が囮になって忠吉達の部隊を持って大高城に兵糧を入れるのはどうですか?」

 そう私が提案すると忠吉は、少し考え込んだ。

 「しかし、若姫の手勢だけでは心許ないので雪音の手勢と数百人を追加して編成をした部隊でどうでしょうか。あと、もし攻撃をするのであれば丸根砦から攻撃した後に鷲尾砦がよろしいかと思います」

 「なんでか、教えてくれる?」

 「ここを攻略すれば、他の砦から救援が来るでしょう。その間に我らが大高城に兵糧を入れやすくなるのです」

 「分かったわ、こちらもあんまり兵数無いから出来る限り早くお願いね」

 「若姫のご命令承知いたしました」

 そう言って忠吉は、本陣を後にした。

 「全く、父様安全な方を執るなんて」

 そう雪音が漏らした。

 「いや、どちらかと言うとこちらの方が簡単かもしれない」

 「なんでなの?」

 そう雪音が聞いてきた。

 「なんでと言われても、分からない。けど、今回の戦い何か違和感があるの」

 「もしかして、前鳴海城城主の件の事気にしているの?」

 そう言うと私は、首を縦に振った。前鳴海城城主の山口氏が織田軍からこちらに寝返りをしてまた織田軍に寝返ろとしている言う事に怒った義元様が山口氏を殺してしまったのだ。

 「でも、あれって噂じゃないいの?」

 「そうかな、前当主なら噂で済むけど相手は、あのうつけ姫よ?」

 そう言うと雪音は、顔を曇らせた。

 「確かに、今の当主はあのうつけですからね」

 「まぁ、部隊を分けない方針に変更して大高城に兵糧を渡すやつは燃やして鳴海城から兵糧を持込みを行うようにしましょう」

 「えぇ、そうね」

 そう言って私と雪音は、周囲に目配せをした。すると、人の影が消えたのだ。

 私は、雪音の耳元で呟いた。

 「ねぇ、もしかして」

 「えぇ、恐らくは草かと」

 「少し気を付けないといけないね」

 そう言って私達は、準備に取り掛かったのだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る