第3話 上洛

  「はぁー行かないとダメなの?雪音」

 「それは勿論でございます、葵彩」

 「あんまり乗り気じゃないんだけどさ」

 「あの勢いはどこに行ったのよ、葵彩」

 「だってさ、絶対に無理難題コースの注文来そうじゃない?」

 「そう言っても仕方ないでしょう」

 「あーもう鰻食べたいー」

 「我慢しなさい、さっきお昼に鰻重食べたでしょ」

 「それでも、ひつまぶし食べてないもん」

 「葵彩、太るよ?」

 そう雪音が言うと私は、雪音に言い返えそうとしたが何も言い返す事が出来ないまま浜名湖をと通り過ぎていくのであった。

 なぜ、こんなにも嫌がっているのかに遡る事二週間前になる。


 私が二の丸で雪音と一緒に指揮と統治方法の勉強している最中であった。

 「少しよろしいでしょうか、葵彩様」

 「どうぞ」

 そう返すと家臣が襖を開けた。

 「葵彩様、元益もとます様が至急来るようにお呼びでございます」

 「分かったわ」

 山田やまだ元益、この岡崎城の城代を勤めている人である。私の父、松平広忠まつだいらひろただが何者かによって暗殺されてから岡崎の地を任されている人である。

 私は、近況報告を兼ねて本丸に向かったのであった。

 

 「元益様、葵彩様をお連れしました」

 「あー入ってくれ」

 そう言われて私は、部屋の中に入って座ると元益様がさっきみたいな不機嫌な声ではなく、優しい父親みたいな感じでこんな事を聞いて来た。

 「葵彩、どうじゃわしの本は読んでおるのか?」

 「えぇ、楽しく読ませていただいております」

 「そうか、わしはこう言うのが好きなんじゃが読む時間がないからの」

 「そうなんですか?」

 「あぁ、城代の仕事と言うのは意外にめんどじゃ。早く終わらせて平治物語へいじものがたりの続きが読みたいものだ」

 「私は、平家物語へいけものがたりの方が好きですけどね」

 「そうか、すまんな女子が読むような本を持ってなくて」

 「いえ、別に大丈夫ですよ。ところで、元益様、急に呼び出しなどどうかされたのですか?」

 そう私が聞くと元益様は、険しい顔して一枚の手紙を私に渡して来た。私は、その手紙に目を通した。

 「そう言う事ですかー」

 そう呟くと元益様、私にこんな事を言って来た。

 「葵彩みたいな年端も行かない子にこんな指令を出すなんか、非情だな」

 その言葉を聞いて私は、何も言い返す事が出来なかった。なぜなら、今すぐに駿府に戻れと言う指令であった。理由は、「駿府で話す」と言うものであったが、ここにきて既に二年過ごしている事を考えるとそろそろ上洛の話が来てもおかしくないのである。

 そしてこの上洛と言うのは、戦と言うのが必ずと言っていいほど起きるのである。その戦で命を落とす可能性が高い為に、元益様はこのような言葉を言ったのでは無いかと思った。

 しかし、私の立場は今川の家臣であると言う事を踏まえれば、行かないと行けないのだ。

 「元益様、お気遣いいただきありがとうございます。しかし、私も武家の人間であり主君に仕える身主君がお呼びであれば向かうのが家臣の勤めであると私は考えております」

 そう言うと元益様は、深いため息を吐いた。


 「そうか、分かった。では、葵彩よ駿河に行くがよい武運を祈る」

 そう言った元益様の顔は、どこか寂しいそうな顔であった。恐らく元益様もこの後起きる出来事が何か知っているのであろう。しかし、私の覚悟を尊重してか若しくは止めても無駄と言う事を思ったのか分からない。しかし、これだけは言える。父親を失った私が武士として身を立てるように祈ってのあの言葉を私に言って送り出したのではないかと思ってしまった。

 その事を思いながら私は、力強く返事を返した。

 「はい、元益様の期待に応える働きをして来ます」

 そう言って私は、荷物をまとめると雪音と共に東海道を使って今川の本部である駿河館に向かって経ったのであった。


 そして私たちは、寄り道をしながらも駿府城の正門にやってきた。

 「何者だ?」

 そう城兵の一人が言ってきた。

 「私達は、太守様の命で参った松平葵彩と鳥居雪音です」

 「君達みたいな少女を太守様が呼ぶわけないだろう」

 そう城兵の人が笑いながら言って来たのだ。私は、この城兵に殴りかかろうとしたその時であった。館の方から聞き覚えのある声が聞こえて来たのだ。

 「あんたたち、一体何をしているのですか?」

 「し、失礼しました彩華様」

 そう言って私は、振り返るとそこには彩華と数人の家臣の姿があったのだ。

 「ありがとうございます、彩華様」

 「さっさと入りなさい、葵彩」

 そう言うと彩華は、館の中に入って行ったのだ。

 「なんですか、あの態度」

 「まぁ、気にしないで入りましょう雪音」

 「わかりました」

 そう言って私達は、館の中にある控室に向かった。しかし、彩華のあの振る舞いについて少し疑問を抱いてしまった。まるで、何かを恐れているような感じであったのだ。

 そのような事を考えながら私達は、会議の行われる本丸御殿の大広間に通れるかと思った。しかし、なぜ私達は控え室に通れたのだ。


 「葵彩、なんで控え室何でしょうか?」

 「分からない」

 そう雪音に返した。正直に言って、会議はもう少しで始まるのになぜ控え室に通れたのかについて考えていると誰かが声をかけて来た。

 「あの、松平葵彩様はおられますでしょうか?」

 「あ、はい。どうかしましたか?」

 「中に入ってもよろしいでしょうか?」

 そう少女が言って来た。私は、雪音に小声で指示を出した。

 「雪音、万が一あったら応戦してよ?」

 なぜなら、父がこの手で闇討ちに遭い死んでいるのだ。そうならないように対策として雪音に言ったのだ。

 「御意、葵彩様」

 「どうぞ」

 そう雪音の返事を聞いて少女を中に入れた。少女は、薄い衣で顔隠していた。しかし、私は誰か気づいてしまった。

 「彩華、どうしたのそのような恰好で会いにくるなんて……」

 そう言って少女は、薄い衣を脱いだ。

 「やっぱり、葵彩分かっていたんだ」

 「だって、普段なら控え室を通らずに広間に入れるのに控え室に案内されるうえ、案内は彩華様配下の人間がしますのでと言っていたからね」

 「はー少しは驚いてくれると思ったのに」

 「もう少し考えないよ。ところで何の用で来たの?」

 そう私は、彩華に質問をした。恐らく、この後行われる会議のことだろうそう思っていた。

 しかし、彩華は意外な事を言って来た。

 「会議のあと私の部屋に来てくれない」

 「え、あ、うん、わかったわ」

 「じゃ、また後で」

 そう言って彩華は、控え室を後にした。

 「葵彩様、広間にご案内しますのでどうぞ」

 そう彩華の小姓の案内の元私達は、軍議の行われる広間に向かったのであった。


 広間に着くと既に多くの家臣が集まっていた。私達は、いつもの通りに末席に座る事にした。

 「久しぶりだな、葵彩」

 「お久しぶりでございます、朝比奈様」

 そう言って私は、頭を下げたのは今川家の重臣で私の幼い頃にお世話になった朝比奈様であった。

 「葵彩、裏切りをするのなら太守亡きあとにしろよ」

 「まさか、裏切るような真似はしませんよ」

 「そうか」

 そう言って朝比奈様は、私の傍を離れて自分の座席に行かれた。


 「何の話をされたのですか?」

 そう雪音に聞かれた。

 「別に何も無いわよ」

 そう私は返した。朝比奈様との話をここで話すのは非常に不味い事になる。

 そうな事を思いながら待っていると広間に号令がかかった。

 「太守様ご入場でございます」

 そう言われた私達は、頭を下げたのだ。そうして太守様は、上段の間にある畳の上に腰を下ろした。

 「皆、表をあげよう」

 そう言われて私達は、一斉に頭を上げた。

 「時は満ちた、これより我は上洛を行なう。従って配置について命じる」

 そう言って太守は、家老に目線をやった。

 すると家老は、私達の方を見て胸元から一枚の紙を取り出した。

 「これより上洛の差配を申し渡す。先陣、松平・井伊が務めよ。本隊には、岡部・朝比奈が務める、留守は、彩華殿にお任せ致す」

 そう発表されたのだ。正直に言ってこうなるのは分かっていた。なぜなら、我が松平家は今川の傘下に入ってから先鋒以外務めた事がないのだ。しかし、次の家老の発言に私は少し迷う事になったのだ。

 「我軍は、東海道を経由をして上洛を行なう。その為、尾張を攻略の後に美濃・近江の順に攻略を行う」

 そう言ったのだ。なぜなら、尾張は織田家の領地であるのだ。以前までなら別に戸惑いはなかったのだ。

 しかし、今は違うのである。それは、光乃凛が織田の当主なのだ。つまり織田軍の総大将であり、今川軍の敵となる為殺さないといけない対象なのだ。


 「葵彩様、終わりましたよ」

 そう雪音が声をかけて来たのだ。

 「あ、うん、なら行こうか」

 そう言って私は、雪音と共に彩華の部屋に向かった。

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