第2話 再会

 「彩華様、葵彩です」

 「入って構わないわよ」

 そう言って入ると彩華は、茶道さどうの稽古の準備していた最中だった。

 「彩華様、お稽古ですか?」

 「そうね、私はまつりごが苦手だからさ」

 「まぁ、確かに彩華様は政よりも文化の方が好まれていますもんね」

 「あら、次期当主に向かってそんな口聞けるのは葵彩あなたしか居ないわよ」

 「そうかも知れませんね」

 そんな笑い話をしながら彩華様は、一杯の茶をて私に差し出した。

 「ねぇ、彩華今度の上洛戦行くの?」

 「そうだね、太守様の命だしね」

 そう言って彩華の点てたお茶を飲みながら答えた。

 「そうだよね、葵彩の治める三河衆が先鋒だもんね」

 「まぁ、仕方ないよ」

 「葵彩、私のことどう思っているの?」

 そう私に聞きながら、二杯目のお茶を私に差し出した。差し出されたお茶を手にしながら私は、しばらく考え込んだ。


 「公家くげの子かな」

 「公家の子ね、まぁ足利あしかがの一族だから葵彩からするとそうだもんね」

 そう言いながら彼女は、自分用のお茶を点て飲みながら呟いた。足利家とは、武家と言う身分のトップであり今川家はそこの血族であるため私のような田舎大名とは普通こんな親しく話したりしないのである。なので彼女は、この世界では非常に珍しい人物と言っていいだろう。

 そんな事を考えていると彼女は、私にこんな事を聞いて来た。

 「あのさ、光乃凛みのりってうつけなの?」

 「うーん、うつけなのかも知れないね」

 そう言って私は、尾張おわりに誘拐されている時に起きた出来事を彩華に話した。私は、この今川に来る前の半年ぐらいの間、戦国大名である織田信秀おだのぶひでが治める尾張と言う隣国に誘拐されていたのだ。その時に信秀の娘にして後に私の人生に大きく影響をしてくる織田光乃凛と那古野なごや城下で出会い私が独立した時は、同盟を結ぼうと言う約束をしたのだ。

 「なるほどね、織田の若姫わかぎみって確かにうつけかもね」

 そう笑いながら答える彩華は、どこか羨ましそうな感じで答えた。

 「私もうつけになろうかしら」

 「本当なの?」

 「えぇ、どうせ次の戦負けてこの今川家は滅亡するからねー」

 そう彩香は、何気ないように呟いた。正直に行って私には、未来が見えているのかなと本気で疑ってしまった。前世の歴史では、今川義元は京への進軍中に若き織田信長率いる織田軍に田楽間にて襲撃に遭い討ち死をしている。世に言う桶狭間の戦いでありこの大敗北を皮切りに今川家の勢力は急速に衰え武田・松平の侵攻により戦国大名としての今川家が亡くなるのが前世の歴史であり桶狭間の戦いは、小学校の教科書にも載る有名な戦いなのである。

 「そ、そんな事あるわけないじゃない」

 そう私が言うと彩華は、ため息を吐いた。

 「ねぇ、葵彩うつけって本当にうつけなの?」

 そう私に聞いて来た。私は、彩華が何を言っているのか分からなかったのだ。この時代のうつけと言うのは、馬鹿者と言う意味で使われる言葉で決していい意味で使われると言う事は無い言葉である。しかし、馬鹿と天才は紙一重かみひとえと言う言葉がある通りで本当にうつけなら分裂した織田家を短期でまとめ上げるなんか不可能である。おそらく彩華は、その才能と言う所で父である義元よりも抜き出ているのでは無いかと考えているのではないかと思った。

 そんな事を考えていると彩華は、続けて私に話し始めた。

 「私は、織田の若姫の事は少なくともうつけとは思ってないわよ」

 「意外ですね、彩華様はてっきりうつけと見ているかと」

 「そんな訳ないわよ」

 そう言って彩華は、茶道具を漆塗うるしの箱に閉まって物置にしまいこんだ。


 そうして彼女が私に一振りの小刀を腰から抜いて私の前に置いた。

 「ねぇ、葵彩この刀を預かってくれない?」

 「それってあなたの懐刀ふところがたなでしょ?」

 「そうよ」

 「そんな大事なもの受け取れないよ?」

 そう返すと彼女は、すっと立ち上がり庭の方を歩くながら私に胸の内を話をしてくれた。

 「さっきも言ったけど父は死ぬとこの今川は佳奈に侵攻されるのよ、それならあなたに奪われた方がマシなのよ」

 そう彩華は言うと私はどこか納得してしまった。確かに彩華の隣国である甲斐源氏かいげんじである武田佳奈たけだかな率いる武田は、山国であり海を狙って甲斐北部にある信濃しなのや南部の駿府すんぷんへの侵攻を繰り返している。そうした争いに終止符を打つために雪斎による三国同盟が結成されたのだ。内容は、武田・北条そして今川の領土に侵攻しないと言う事であった。これにより、武田は信濃攻略に集中が出来ると同時に北への脅威を排除できると同時に北条を相手にしなくて済むと言う事になる。そして北条には、この同盟にとって関東管領かんとうかんれいを排除する事によって関東平野を北条領に統治出来るのである。その野望を叶えるために今川と武田の同盟を締結するメリットは十分にあるのである。

 しかし、義元が倒れられたらこの同盟を維持する事は限りなく薄くなる。なぜなら、信濃で起きている長尾雪虎ながおゆきことの戦い、後の川中島合戦かわなかじまかっせんが長引いているのが原因で佳奈は南進政策に切り替えるのでは無いかと言われているのである。そうなれば、佳奈の狙いは義元公が亡くなった今川領に決まっている。仮に北条優ほうじょうゆうは、北条初代以来の天才とも言われる領主であるのに対して彩華はそうとは言えないのが現状である。そんな彩華の領土を佳奈が奪いに来るのは必定と言う他ないのである。そんな事を頭の中で葛藤していると彩華がこんな提案をして来た。

 「この厚藤四郎あつとうしろうを預かっておいて、私が降る時に返してくれたらいいから」

 「なら、私の葵丸あおいまるを受け取ってよ」

 そう言うと彩華は、キョトンとした表情になりながらも私は、彼女にさらに言葉を続けた。

 「もし義元様が負けたら三河を酷使した罪と私から葵丸を強奪したと言う名目であなたを奪いに行くそれでいい?」

 「えぇ、それであなたが納得するならいいわ」

 「んじゃ、岡崎おかざきに戻るね」

 「分かったわ」

 そう言って私は、岡崎に一度戻り上洛戦の準備をし始めたのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

裏切り者の大将? 虎臥結奈 @Torahusu

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る