第20話「ワタシニカエリナサイ」
早朝。葵は善の家に来ていた。しかし、善の部屋にいるのは一人ではなかった。
善、葵…から距離を置いて離れている慎二、そして葵と睨み合う翔子。ずっとスマホを見て関係ないふりをする椎奈。
なぜこんなことになったか。それは数行で説明できる。
葵が善を海に誘う→翔子も行くと騒ぐ→慎二が出てくる→葵が椎奈を召喚する↓
葵と翔子が対立する。
以上。
「私は善君と二人きりで海に行くの。あなたは部活に行きなさい。エース候補なんでしょ?」
「残念ながらバレー部は体育館のエアコンが壊れたので明後日まで自主練となりましたー。なので海で走り込みするから善先輩を誘うんですー」
「そうそう。兄として妹が鍛えたいという気持ちに応えなきゃな!でも俺一人じゃやっぱ心許ないわけだ。だから」
「黙りなさい。野球部もなんでこの時期にインフルエンザなんて蔓延してるのよ。またアイサツ無しのアンブッシュするわよ」
「落ち着け二人とも。俺に良い案がある。みんなで海に行こう。夏らしく、みんなで楽しもう。な?」
と、いうことで全員で海にやってきた。バスですぐ行けるため、発案後1時間以内で到着した。
天気も良く、絶好の海日和。そのためか海水浴の人が大勢だ。
「ね、私の水着どう?」
青色のパレオ付きの水着を着ている葵さん。スポーツはやっていないが、スタイルは良くディテールがぴったりと締まって見える。ダジャレかなと思ったけれど、あまりにも綺麗でそんな考えは吹き飛んだ。目を逸らせない美しさっていうのはこういうものなんだろう。
「綺麗だよ。めっちゃ似合ってる。」
「ありがとう。」
そのなんとも言えない初々しい空気感の中へ、翔子が突撃してきた。
「善先輩!どうですか?似合ってます〜?」
翔子はまさかのショッキングピンクのビキニ。視界に真っ先に飛び込んでくるその色合いに、フリルは可愛い。しかしバレーボールで鍛えたその腹筋は、善より引き締まっており魅力的よりも逆に驚きの方が大きかった。
「腹筋すごいな!?6LDKかよ!?」
「自慢です!ふふん」
翔子はおもむろに葵の脇腹を少しつまみ、蹴り飛ばされた。
椎奈はこれまたつまらんことに学校の地味なスクール水着だった。ジャンケンで負けたため、離れた自販機に水を買いに行っていた。
「プロポーション化け物共め。それに私はインドア派だから海なんて来たくなかったっつーの。」
エコバッグに人数分飲み物を詰めていると、見知らぬ男達三人が椎奈に話しかけてきた。
「ね、ね。一人?俺ら近くの大学生なんだけどもしよければスイカ割りしない?」
「色白で綺麗だね〜、普通に遊ぼうよ!」
「ぐへへ、焼きそば食べに行こうやぁ〜」
典型的なナンパに椎奈は呆れていた。恐怖よりも呆れが強くなんて返せばいいかもわからない。
「………。」
するとそこへ慎二が駆け寄ってきた。
「おーい!椎奈ちゃん!手伝いに来たよ…ってなんだお前ら?」
「あ、連れがいたのか。こりゃすまん。遊びに誘って悪かったな」
「彼氏さん?色白な彼女で羨ましいなぁ。ウチの彼女は最近日焼けサロンはまっちゃってさぁ。んじゃあ行くわ!」
「ぐへへ、これでイイ思いでもするんだなぁ〜」
二千円を握らせられた椎奈は唖然としてそのまま男達を見送った。ただの良い兄ちゃん達だった。人は見かけによらぬもの。
「今時海でナンパなんてするやついるんだな。大丈夫か?」
「かれしじゃ…ないし」
「え?」
「行きましょう!!」
「ちょっと待ってって足速!?」
椎奈は自分が妙な考えを起こさぬよう、振り切って走った。そして転んで、砂浜の貝殻で膝を切ってしまった。
「痛っ」
「ほら急に走るから。よっと」
慎二は椎奈をお姫様だっこし、野球で鍛えた足腰でずんずんと砂浜を進んでいった。
「えっ!?あの、重いですよ!?」
「いーのいーの。普段もっと重いの持ってるから。俺のバッグに救急セット入ってるから、行こうな」
「あ…りがとうござりましる」
葵が準備したテント下で、椎奈は慎二に消毒をしてもらった。その力強く、野球で傷ついた手のひらはとてもかっこよかった。いけないことを考えないよう、冷静に冷静にと自分を宥める。
「よし、これでオッケー。海に入るとヒリヒリするだろうから、足つけるくらいにしておけよ?痛み引いたらおいで。あっちでみんなビーチバレーするらしい。」
そう言って向かってしまった後ろ姿を見つめる椎奈の顔は赤く染まっていた。必死に手が下に向かわぬように、自分を抑えて。
「したい…」
「なにを?」
「うひゃい!?翔子ちゃん…。いつからいたの」
「え?さっき来たの。タオル忘れちゃってさ。うわー、絆創膏血が滲んでるぅ。痛そう。大丈夫?」
「だいじょぶですはやくいこう」
椎奈はひりつく足に鞭打って向かった。
五人は夏のひと時を十分に楽しんだ。ビーチバレー、スイカ割り、ビーチフラッグ。
しかし圧倒的な体力の差で慎二と翔子の兄妹にはスイカ割り以外は敵わなかった。
「この体力化け物共め!」
「ふははは!唯一インフルエンザに罹っていないこの無敵のボディに敵うものか!」
「ふははは!バレーボールで鍛えたこの腹筋に敵うものか!」
「運動部ってほんとこういう時有利よね。善君ちょっと全力でやりなさいよ」
「あたかも全力じゃないような言い方、気に食わないですね!善先輩、最後に私と水泳競争してシメとしませんか!」
「や、やめよう。そろそろ夕方で身体も疲れてきたろ?帰ろうぜ」
「怖いんですね?」
「…なに?」
「そうですよねぇ。腹筋バキバキで超強い女の子に勝てるわけないですもんねぇ」
「諸星先輩、翔子のこと最後にボコっちゃってくださいよ」
「じゃあ、あのペットボトルが浮いてるあたりまでな。学校の25メートルプールくらいだろ。」
「っしゃ!妹よ!完膚なきまでにやっつけてこい!」
「善君、手加減なしよ」
「カウントは俺がやるぜ。3、2、1、スタート!!」
二人は同時に海へ走り、一気に飛び込んだ。善は意外にも泳ぎは早くクロールどころか潜水をしていた。
翔子は体力に物を言わせクロールでぐいぐいと波を倒して泳いでいく。しかし。
「いだっ!?」
スピードに乗っていたせいか、流木が波に乗って下から上がってきたことに気づかずおでこをぶつけてしまった。
「っ!?翔子ちゃん!」
「う〜…おでこ切れたぁ…」
「動くなよ!俺が浜まで連れてってやる。」
焦らずゆっくりと善は翔子を引いていく。翔子は助けられてばかりだなぁと少し情けなくなっていた。
砂浜につき勝負は流れた。慎二が手当てし、今日はこのまま解散することになった。怪我をした椎奈と翔子を送るため、先に慎二は帰るという。
残された葵と善は、何となく夕暮れの海岸沿いを歩いていた。「俺達もそろそろ帰ろうか」と、言おうとした時、先に口を開いたのは葵だった。
「ね、私……」
先に一歩先を歩いていた善の右手を握り、夕暮れで染まった葵の顔が真っ直ぐに見つめていた。瞳はオレンジにキラキラと輝き、潤んでいた。
美しさに心臓が飛び跳ねた。
「な、なんだ」
「私ね…今からずるいことするわ。抜け駆けする。私、善君のことが好きよ」
波の音も消えて、俺の意識は全て彼女に持って行かれた。
「っ……。えと…それは友だ」
「異性として。私は諸星善が好き、あなたは私の物、愛している。」
「あ、い!?愛!?」
「答えは?」
俺の両手を握り、今にも泣きそうな目で俺を見つめる葵さんはとても可愛らしくて美しくて…
「俺…。俺は…」
次回、第二章最終回。
「オモイビト」
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