第12話「ヒトノユガミ」
夏休みが始まる数日前に、私は図書室で本を読み漁っていた。夏休み前は返却がほとんどで借りていく人はほとんどいないし、木曜日で図書室は閉館日。内緒でスペアキーを作ってたから、勝手に入り、クーラーを勝手に起動し、23度で勝手に過ごしやすくした。
独り占めできる空間。だけど今日はその考えは思うようにならなかった。
「あの、佐久間先輩。」
誰もいないと思っていたら、一人いた。図書委員の早田椎奈ちゃん。一年生だからこき使われてるのかしら。
「あら早田さん。葵呼びでいいわよ。何かしら」
「葵先輩。冷房、勝手につけたらダメですよ。それにどうやって入ったんですか」
「ごめんなさいね。もうそろそろ帰るわ。」
「諸星先輩のところに行くんですよね。」
「ええ。行くわよ」
「あの、歳上にこんなこと言うのは気が引けるんですけれど。諸星先輩のこと嫌いなんですか?」
「どうして?」
「あんなに意地悪して……その、チョコのアレとか。」
「早田さんは賢いのね。気づいてもちゃんと心の中に収めてる。その気持ちはしっかり抑えたままで生きていくのよ。世の中口に出さない方が良い真実もあるの」
「うぅ…」
「ああ萎縮しないで?私はあなたみたいな賢い子大好きよ。」
「え、それはその…likeかLoveとかの……」
「うふふっ、面白いのね。 」
「か、
ぷりぷりと怒るこの小さな図書委員さんはとっても可愛い。可愛いけれど、この椎奈ちゃんは好きじゃない。
「好きとか嫌いとかそういう次元じゃないのよ?私の気持ちって。」
「……だとしても、歪んでます。」
「人間誰だって歪んでいる部分があるわ。真っ直ぐな人間がいたらそれは胡散臭い存在よ。真っ直ぐなふりをした人の方が恐ろしいことを考えてるものよ」
「そ、そうなんですね。では失礼し」
早田さんは何かに気づいたようで去ろうとした。だから私は隣の椅子に無理矢理座らせた。本当の早田椎奈が見てみたい。
「逃げられないわよ。ね、早田さんはどうして図書室にいるのかしら」
「え、それは私が図書委員会だからで…。」
「今日は木曜日。毎週図書委員会は木曜日にお休み。ここも私が入る時に鍵が掛かっていた。出入り口は私の後ろだし、あなたが来た方向は出入り口のない棚の場所から」
「……。掃除していたんです。夏休み中は学校に入れないので、埃が溜まると思って。」
「掃除道具、ロッカーから出てないみたいだけれど。」
「……。これから……これからしようとしていたんです。」
「どうして鍵をかけていたのかしら」
「……それは」
早田さんは俯き、前髪で表情が隠れている。分かるわ。きっとこの子は私と同じ。
「なん……なんなんですか!」
「右手の中指、何か触っていたのかしら?渇いて付着してるわ。」
ぎゅっと右手を隠した彼女は震えて冷や汗をかいている。耳まで赤くなって。
「あら、気のせいかしら。かすかに何か振動する音が聞こえる。工事かしらね?」
素直でてきぱきと答え、大人しく存在している早田椎奈。それを演じるのを終わらせてみたい。少しずつ剥がれてきているわ。
けど
「ごめんなさいね。意地悪しすぎちゃったわ。また私達と遊んでね?」
「は…はい」
今回はこれ以上剥がすのはやめておくことにした。
「歪んでるなんて、人のこと言えないわね。」
図書室から葵が出ていくと、残された椎奈は慌てて出入り口とは反対の棚の影へと駆け寄った。そこには自身のバッグがあり、中身を確認した。そこには学校には絶対に持ってきてはいけないモノが数多く入っていた。
「ありえないありえないありえないありえないマジでありえない。絶対気づかれてた。マジでありえない。でも、音なんてしてない…。」
「そ、音なんてしてないわ。気のせいだったみたい。」
椎奈の心臓が跳ねた。恐る恐る振り返ると、本棚の向こう側に葵がいるようだった。帰ったふりをしていたのだ。
「葵先輩…こ、このことは」
「ごめんなさい。何のことか分からないわ。見えないから。今度こそ帰るわ。またね。椎奈ちゃん」
葵が足速に出ていった姿を見て、椎奈はへたれて本棚に寄りかかった。
「マジでキモい…」
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