第13話「ウラオモテ」


 夏休みが始まって数日。

 私は去年の夏に入院していたので高校生活初めての夏休み。


 善君の前では冷静に振る舞っていたけれど、素直な気持ちで言えばすごく楽しみ。


 彼と何をしようか、彼に何をしようか。彼はどんな表情でどんな声をあげてどんな言葉を発して


 どんな目で私だけを見てくれるのか。


 私はわくわくしながら、でもそれをしっかり隠して朝から善君の家に向かった。私は自分で言うのもあれだけれど、感情を隠すことは上手いと思っている。というよりも表に出すのが下手かもしれない。手土産の冬虫夏草が寄生した蝉の幼虫が入った瓶を持って私は向かっていた。


 すると、善君と誰かが家の前で話をしている。あぁ、部活前に真木君が来ていたのね。


「おはようぜんく」


「だからさ明日一回だけ俺の妹とデートしてやってくれよぉ」


『は?』


「おっ、葵さんナイスタイミング。助けてくれよ〜」


「いっ!?やっべ!」


 逃げようとした真木君のカバンを奪い、私は冷静に聞くことにした。


「何がナイスタイミングか分からないけれどさっきの会話の内容についてお話してもらえるかしらでも盗み聞きしたわけじゃないのよたまたま聞こえてしまっただけであって悪気はないのよああでもなんで真木君が善君に妹さんのデートを頼んでるのか理解できないから説明してほしいのけど勘違いしないでほしいのは私は別にデートとか個人の自由だと思うしダメだって言う権利もないのだけれど猫大好き」


「落ち着け葵さん。真木の妹が一年生にいるだろ?バレー部の子。友達に見栄を張って彼氏いるって言っちゃったんだとさ。自分でなんとかしろよって話だけれど…」


「頼めるのはお前だけなんだよぉ。一回だけ!あとは別れたとか言えば済む話なんだ。頼むよ葵さん!」


「いやなんで葵さんに頼むんだよ」


「絶対ダメよ。そもそもなんでその妹さんが直接お願いに来ないのかも気に食わな」


「来月隣町にオープンする猫カフェの1時間無料チケット二枚。福引で当たって持ってるんだけど、葵さん使う?」


「ヴィッ…。」


「そんなんで葵さんを釣ろうとするな。葵さんもなんで迷ってんだよ。とりあえず夕方に本人呼んで話をしよう」


 数分後、真木君は部活に遅れるからと行ってしまった。夕方まで善君で遊べるのは嬉しい。


「とりあえず家入れよ。なんかいい案ないか作戦会議だ」


 私は迷っていた。猫カフェと善君が一回デートしてしまうこと。


 形だけだと分かっている。分かっているからこそこの胸の奥の燻りは止まらない。


 彼は…もし私が別の男の人とデートをしても平然としているのかしら。


 私は…耐えられない。


 そして夕方、真木君の妹さんが合流した。バレー部の部活終わりのためジャージで来ているが、スラっとしたスタイルとショートヘアが似合うスポーティな女の子だった。


「あの…真木翔子って言います。今回はご迷惑をおかけしてすみません。」


「もう友達にはっきり言ったらどうだ?彼氏は本当はいないんだって」


「嫌です。負けたくないので。友達は彼氏いますけど、私はいません。」


 真木君を見ると、溜息をついて目を逸らしていた。この性格じゃあ当分彼氏なんてできないわね。


「あのな、どうせボロが出るんだこういうのって。あとで恥をかくのは君だぞ?」


「やらないで後悔するよりやって後悔します!」


 もうダメねこの子。アホの子ね。これなら何も心配いらないわ。


「翔子ちゃん、いいわよ。善君とデートして。」


「あっ、ありがとうございます!!やったぁ!では明日9時に第二公園の噴水前でお願いします!」


「助かったぜー!ありがとうな葵様!これ、お礼のチケットな!」


 こうして嵐のように二人は帰って行った。よかった。無事に話は終わりそう。素直に言うとデートはさせたくないけれど、あのアホの子なら大丈夫な気がした。


 でも心配だから明日見張るようにするわ。



「………俺の拒否権は?」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る