第8話「それは卑怯だよ葵さん」


 深夜襲来した葵さんは、俺の家でシャワーを浴びた後部屋でくつろいでいた。


「帰らないのか?」


「…今夜は帰りたくないの。」


「葵さん、どうやって俺の家調べた?教えたか?」


「私ね、夏休み楽しむの初めてなの。」


 葵さんは去年の夏に入院し、夏休みは楽しめていない。それを思い出して俺は…何も言えなく


「なるわけないだろ!あのな葵さん、遊ぶなら明日でもいいじゃないか」


「日付けもう0時回ってる。ほら、今日よ?」


「屁理屈さんめ。おばあちゃんに電話するぞ。」


「ごめんなさい。でも、どうしてもすぐに来たかったの。善君のところへ」


「っ……」


 その屈託ない、春風のような優しい笑顔はきっと人をダメにする成分が含まれている。用法容量を正しく使用してほしい。


「で、何しに来たんだ。」


「今から遊ぶの。」


「どこで」


亜其あそれ山。」


「絶対行かんわ!!!自殺と心霊の名所じゃねえか!!!」


 亜其山あそれやま。うちから自転車で20分ほどの場所にあるその山は、それほど大きな山では無くハイキングコースやキャンプ地として開かれている。


 しかし、その実際は自ら命を絶とうとする人々最期の地、数多の心霊・霊象・不幸なことが起きる超絶危険な場所だ。

 数年前テレビ番組が山に入り、レポーターのお笑い芸人が滑落死した事件がありそれ以降ユー◯ーバーですら入らない。


「お願い。どうしても一度行きたいの。」


「理由は?」


「私、幽霊って見たことないの」


「だから見たいと?」


「ふふ、そうなの。お願い、いかせて?」


「ぜっっっったいダメだ!そんな上目遣いの涙目で俺を見つめてもそんな危な」


 俺と葵さんは亜其山の入り口にある駐車場へ来ていた。


 それは卑怯だよ葵さん。断れないよ。


 さて、駐車場は小さく車が数台しか止まれないほど。

 トイレの横に自動販売機が一台あり、その光が人との繋がりを感じてなんとか安心させてくれる。


「ぜーんぶ売り切れね。補充、来てないみたい」


「だろうな。葵さん、約束だ。15分。15分進んだら戻る。つまり山にいる時間は30分だ。」


「いいわよ。さ、さっそく行きましょう」


 そそくさと進む葵さんは、恐怖心がぶっ壊れているのだろうか。震える足と心に鞭を打って俺は葵さんの横に追いつき、歩み出した。


 この時の俺に言ってやりたい。


 お前は葵さんという蜘蛛に捕まった羽虫だと。

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