第2話「諸星善という少年」
朝から悲鳴を上げつつ学校にたどり着いた俺はすぐにカバンからアルコールスプレーを取り出して葵さんの手を消毒した。
「全く、何考えてんだ!ばっちこ!ね!ばっちこだから!触んないの!」
「…。でも、面白いじゃない」
葵さんは消毒されていく手をじっと見ている。男の俺が勝手に触れて嫌だろうが我慢してもらおう。
「面白くない!真木!ティッシュない…か…ってもういないし。」
真木はすでに野球部の朝練に行ってしまったようだ。この流れはもう一年生の頃から続けているから最早気にしない。
「毎朝早くに真木君に合わせて登校するの大変ね。善君、よければ美術の課題が終わってないから手伝ってくれる?」
「ああ、いいよ。俺もまだ途中だからちょうどやりたかった。美術室の鍵借りてくるから先に教室前で待っててくれ。」
「ふふ、ありがとう」
そう言って微笑んだ彼女は先に階段を登っていった。
黙って何もしなければ葵さんは美人だ。
職員室で鍵を借りて美術室へ向かうと、葵さんはすでにいなかった。中を覗くと窓際で既に葵さんは絵を描いている。
「あれ?鍵空いてたのか?」
ドアを横に開けると中心部にあった鍵が崩れて落ちた。
「えっ、壊れた!?嘘だろ!?」
「大丈夫、それやったの私。蹴ったら壊れちゃって。」
「なんで蹴った?おばあちゃんに電話するぞ。」
「ごめんなさい。それより見て善君。今回の美術の課題は"自分が魅力を感じるもの"でしょ?もう少しでできるわ」
葵さんが魅力を感じるもの。一体何なのか気になる。見せてもらおう。
手首が描かれていた。まだ描かれていない何かを掴んでいる手首。
「ヒュッ!?あ、葵さん。これはなんだ?」
「手首」
「手首。葵さんは手首に魅力を感じるのか?」
「いえ?手首に魅力を感じないわ」
「頭が痛い。俺、そっちで自分の描いてるからな。」
善が離れ、自分の絵に集中し始めると葵はにやりと笑い手首に続きを描き足した。
アルコールスプレーを。
「自分が魅力を感じるもの」
葵はぐしゃりと紙を丸め、カバンに入れた。
「善君、私やっぱりマチュピチュにするわ」
「描けるものなら描いてみろ。」
夏休み前、見事なマチュピチュの絵が廊下に飾られることを俺はまだ知らない。
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