第3話「旧支配者の葵さん」
夏休みまで一か月となり、運動部は大会のために燃えている。
俺は帰宅部だから夏の暑さに燃えている。
帰宅部はそのまま帰らせないように、先生から依頼された教室の掃除当番を任される。葵さんもその一人だ。
今日は俺と葵さんは化学室の掃除を任された。基本俺達はセットにされる。
化学室の床を箒がけしていると葵さんが消えた。
「葵さん?何して…。っ!?」
葵さんは戸棚の下に屈んで何かを探っていた。何故か彼女は膝くらいまで長いスカートをかなり短くするため、下着が見えそうになることが多い。そのため目のやり場に困る。
自分を戒めるため箒を葵さんの後ろに立てて視線をずらした。
「善君、ここは生物標本はないの?」
「それは生物室だろ。ここにはない。あっても黒の教科書くらいだろ。」
「タコ食べたいの」
「誰と話してる?」
掃除が終わって何事もなく帰宅すると、俺のスマホに連絡が入った。
葵さんからだった。
【バス停に来て】
葵さんは滅多にスマホを使わない人だから、少し驚きつつ近くのバス停へ向かった。
彼女はクーラーボックスと細長い筒を二つ持っていた。
「葵さん、何する気だ?」
「タコ食べたいの」
そう言って俺に全ての荷物を手渡すと、バスへ取り込んで海へと向かった。
バスは海の近くまで行く。わざわざ歩いて行くこともないのは助かる。
「タコ釣りに行くとは思わなかった。」
「タコ?何の話してるの?」
「えっ、タコ釣りに行くんだろ?」
「違うわよ。クロダイ。」
「クロダイ」
「クロダイ。」
海に到着し、自販機で餌を買ってさっそく波止場から釣りを始めた。なぜか餌代は俺持ちだった。
「この釣り竿、誰のなんだ」
「おじいちゃんのよ。数年前まで使っていたんだけれど、身体を壊してからはずっと倉庫にいたから借りてきたわ」
「突然なんで釣りをしようなんて思ったんだ?本気でクロダイ食べたいだけか?」
「旧支配者って知ってる?クトゥルフ神話の。」
「少しだけなら。ゲームとかアニメの知識程度だが。」
「あれ、海から現れるのよ。」
夕暮れに揺れる髪から覗いた彼女の眼はオレンジに照らされ美しかった。竿の先より向こうを見て微笑んでいた。
海から旧支配者か…何故釣りなんだろうな。
俺の顔が少し熱くなったのは夕日のせいだろう。
「旧支配者、釣れるといいな」
そう呟いた瞬間、葵さんの竿が突然海に引き寄せられた。
「危ないっ!?」
咄嗟に俺は海に引き寄せられる葵さんの手を引き、抱き止めた。葵さんは意地でも釣り竿を離さない。
「善君!旧支配者よ!」
「んなわけあるか!」
ぷつんと糸が切れ、尻もちを着いた俺の顔に葵さんの胸がぶつかってきた。柔らかいのだろうが、咄嗟のことで何も感じなかった。
「……。旧支配者が…」
「葵さん、重くはないけれど降りてくれないか?」
「あら、善君の竿引いてるわね」
釣れたのはクロダイだった。
「葵さんにあげるよ。」
「ふふ、ありがとう。今夜のおかずが楽しみになったわ。」
やっぱり葵さんは綺麗だ。
帰る瞬間、俺達がいた波止場の下に蠢く何かがいた気がしたが気のせいだろう。
そしてその夜、葵さんからメッセージが届いた。どんな料理になったんだろう。葵さんのお母さんも綺麗で、料理上手だったはず。
【見て。アニサキス】
やっぱり葵さんはキモい。
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