第16話


 執事からアリシアの事を聞いたレイモンドは、休むことなくバルジット家へと馬を走らせた。

 行きなれた道中、バルジット家へ着くとレイモンドの顔を見るなり門番はすんなりと通してくれた。

 嬉しい反面、アーサーの件もある今、このような警備態勢で安心なのか?と疑問に感じた。


 邸の中にはいつもの執事が出迎えてくれ、応接室に通された。この邸の中ですらこの通りだ。これではアリシアも安心して暮らせないのでは? 一言助言をした方が良いか?と考える。

 応接室の窓辺に立ち、庭を通して塀を観察しつつ改善点を探していた。そうこうしているうちに、侯爵が夫人を伴って現れた。


「これは副隊長殿。よく起こしくださいました」

「侯爵殿。前触れも無しにいつも申し訳ありません。実は隣国から戻り、バルジット家の領地にも寄らせていただきました。何の相談もせずに勝手をして、本当に申し訳なく思っております」


「いえいえ、謝罪には及びません。あなた様の行動は全て私にも報告が上がっております。

それも全て娘アリシアを想ってのことでございましょう? 私どもこそ何の報告もしないばかりに、あなた様には大変な思いをさせてしまっている。どうかお許しいただきたい」


 侯爵と夫人は並んで頭を下げた。レイモンドは慌ててそれを止め、

「どうかそのような真似はおやめください。私の方こそアリシア様の許可も取らずに勝手をしている身です。こんなことがアリシア様に知れたら気持ち悪がられるに決まっています」

「副隊長様。アリシアはあなた様に感謝をしておりましたのよ。最後にお会いできて良かったと。心残りはないとね」

「心残り?」


 レイモンドが夫人を見つめ、ことばの意味を問うた。


「副隊長殿。いや、オーサー辺境伯爵家令息レイモンド様。

我が娘アリシアは修道院に入りました。最初に本人が望んだとおり、その身を神に捧ることで心を守ることがやっとできるのです。あなた様の存在があったからこそ、あの子は耐えられた。本当に感謝いたします」


 侯爵の言葉がうまく呑み込めず、しばし呆然とするレイモンド。

 侯爵も夫人も何故か安堵の表情を浮かべている。なぜ?なぜだ?


「あなた様が隣国から我が領地に行っている間に、アーサー殿下の命で王宮に参りました。そこで、婚約解消の段階で領地での病気療養の約束が違っていると、その責を問われた次第です。しかし、こうなることは想定の範囲内です。

 アリシアは当初の望み通り、修道院に入ると宣言し今にいたります。

 もちろん国王も王太子殿下も同席のこと。娘の固い決意を組んでいただき、無事修道院に入ることができました。これでやっと安寧を迎えられます」

「そんな。それでは、アリシア様があまりにも……。侯爵はそれでよいのですか?大事なお嬢様を、そんな修道院になどと」


「こうなる前に手を打てれば良かったとの思いはあります。それはもちろんです。親として守れなかったことを悔やまない時はない。しかしここまで拗れてしまえば、もはやあのアーサー殿下から身を守る事こそが大事。今は守り切ることが出来たと、安堵しております」

「このまま一生、その身を神に?」


「時間が経てばわかりません。アーサー殿下が婚姻を果たし、アリシアへの執着が止めばあるいは? しかし、その時にはもう娘としての適齢期も過ぎ身の置き所がないかもしれません。私どもが健在のうちはまだしも、嫡男が代替わりした際にはそれもわかりません」


「私の責任です。私があんなふざけたことを思いつかなければ、こんなことには」

「いいえ、それは違います。むしろあなた様は巻き込まれた被害者かもしれない。

アリシアは途中からこの婚約を望んではおりませんでした。もちろん私どもも。

貴族の家に生まれ、政略的な婚姻から逃れられないとは言え、それでも信頼できる相手をと親としては願っておりました。

 しかし、あの方を信頼することはついに出来ませんでした。アリシアも国の為と腹はくくっても心の内はそうで無かったのです。

 できるならこの婚約をないものとし、将来を誓わずにいられればと考えておったようです。そこにきての、あの騒ぎ。あの方から逃れることが出来て良かったと思っているのでしょう」


「そうであれば。私が少しでも役に立ったのであれば、良いのですが」


 レイモンドが掠れた声で苦し気につぶやいた。

 その声を聞き、夫人が言葉を紡ぐ


「レイモンド様。アリシアは本当にあなた様を大事に想っておりましたのよ。あなた様に迷惑がかからぬよう、いつもその身を案じておりました。それだけは、どうかわかってやってくださいまし」


 夫人の言葉を聞き、レイモンドは拳を握りしめながら肩を震わせた。

 守りたいと、守ると誓った相手の手を二度と取ることが出来ないかもしれないのだ。

 騎士として許されざる姿と咎める者もいるかもしれない、しかしこの場にはそんな人間はいない。侯爵夫妻も、奥にいる執事も皆、思いは同じだから。


 そんな姿を見て、侯爵が声をかける


「レイモンド様。アリシアは北の地にある修道院に向かいました。真冬になれば極寒の地です。あそこならば、あの方も簡単には赴くことも叶わないでしょう。

 王都からなら優に一週間以上はかかる地です。あの子は病気療養となっておりますから、行程は穏やかなものになるかと。今頃はどの辺りでしょうか?まだ半分も進んでいないかもしれませんね」


 侯爵は穏やかな口調で語ると、隣にいる夫人と顔を見合わせ、笑みを浮かべた。

 レイモンドはその笑みを見て、大きく頷くと挨拶もそこそこに飛び出していた。


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