第15話
レイモンドは伯爵夫人から話を聞くと、自分の情けなさにため息を吐いた。
なぜすぐにこの地へ足を運ばなかったのだろう。確かに職務は大切であり、国や王家を守ることに誇りを持っている。しかし、今の守るべき筆頭はそれではないはずなのにと、自分の考えの甘さを痛感していた。
しかし、一つだけ疑問がある。アーサーの動きが余りにも的を得過ぎており、しかも行動が早すぎるのだ。
「一つよろしいでしょうか? アーサー殿下の使いの者は、どのくらい前にこちらに?」
「そうねぇ、三週間くらい前だったかしら? それから大体一週間くらいをかけて帰国の準備をして、アリシアがここを発ったのが二週間くらい前だから。何事もなければ、あちらについてすでに一週間くらいはたつかしらね」
「三週間……」
「それがなにか?」
「いえ、アーサー殿下の執拗な行動は予期できたことです。それを見誤ったのは、私の失態です。しかし、それにしても、あまりに行動が早すぎて不思議で仕方ないのです」
「それはアリシアも話していましたわ。やはり、ずっと行動を付けられているのではないかと」
レイモンドは考えたが、頭に靄がかかったように上手く回らない感じがしていた。
何か引っかかっている物があるようで、でも答えはすぐに見つからなかった。
すでに領地に戻り一週間が経過しているかもしれない現状。こんなところで時間を食っているわけにはいかない。急ぎバトラン王国に戻ることにした。
せめて一晩泊まるように夫人に言われるも、心はすでにバルジット家領地に飛んでいる。
「一刻も早くアリシア様の姿を見るまでは、どうにも生きた心地がしないのです」
レイモンドはせっかくの申し出を断ることに心苦しさを感じつつも、この方ならわかってもらえるはず。とも感じていた。
「老婆心ながら、ひとこと助言をさせてくださいましね。
今度アリシアに会う時には、何も言わずに抱きしめておあげなさい。それだけで兄の勘違いも、あなたの自信の無さも、全て消えてなくなるはずよ」
「いや、しかし。それは、あまりにも……」
「しかしは無いの! 男は四の五の言わずに行動に移しなさい。おわかり?!」
「は、はいっ!」
「よろしい。それでこそ兄が認めた男だわ。レイモンド様。姪を、アリシアを頼みましたよ」
「お任せください。命に代えても、アリシア様をお守りいたします」
馬に飛び乗ると、急ぎパメル伯爵家を後にした。
レイモンドは馬上で、またしてもアリシアを頼まれてしまったと、苦笑いを浮かべた。
視察団と別れバトラン王国に入国してから三日が経過している。
このまま来た時と同じように二日をかけて国境を抜けバトラン王国に入国し、その足でバルジット家領地に向かう事にした。まだ、休暇に余裕はある。
以前と同じように騎士隊で馬を変えながら、寝ずに馬を走らせた。
国境を越えてから三日目の朝、やっとバルジット家領地近くまで着いた。
以前と同じように近くの騎士隊で身支度を整え、眠気を抑えつつバルジット家へと向かった。
朝早くにもかかわらず、依然と同じ執事頭が出迎えてくれた。
レイモンドの疲れ切った顔を見るなり察したのか、お茶と軽食を用意してくれた。
それを見て、食事も満足に取っていなかったと思い出し、ありがたくいただいた。
頃合いを見て執事頭が口を開いた。
「アリシアお嬢様は、一旦こちらにお戻りになりました。しかし、すぐに王宮からの使いで王都にお戻りになり、今はこちらにはいらっしゃいません」
「では、王都の侯爵家にいられるのですか?」
「この地は王都から些かはなれております。情報も新鮮ではありません。向こうからの連絡も毎回様変わりするものばかりで、今現在の正確な情報は私にも分からないのが正直なところです」
「そうですか、では王都に戻り確認をした方がよさそうですね」
「それが一番よろしい方法かと思います。しかし二日前の文では、お嬢様はもう王都にはいらっしゃらないようでございます」
「え? いない? どういうことですか?」
「私にも詳しいことはわかりませんが、しばらく領地内に不穏な動きが起こるかもしれないから警戒するようにとの、旦那様からの便りでございました」
ここに文が着く時差を考えても、アリシアが帰国してすぐの動きだったはず。
王都で何が起こっているのか。その相手はもちろんアーサーだろう。
しかし、いくら王家とは言え元婚約者の行動を管理、制限する権利など持たぬはず。
大事にならなければ良いがと願う他なかった。
レイモンドは急ぎ馬を飛ばし、王都に向かった。ほとんど休まずの旅路である。騎士として鍛え上げられているとは言え流石に疲れきっていた。一旦、自宅に戻り少し休もうと考えていた。
やっと着いた別邸。これで一休みできると腰を下ろす間もなく、執事が慌てた様子で駆け寄り、
「レイモンド様。バルジット家のアリシア様が大変なことになっております」
レイモンドは思わず執事の肩を掴み「何があった!」と凄んでしまっていた。
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