第13話


 予定よりも早く王都に戻ったレイモンドはすぐに王宮図書館に行き、バルジット侯爵家の系図を見始めた。

 バルジット家から隣国に嫁いだ令嬢は数名いるが、アリシアが叔母と呼び身を預けるにふさわしい令嬢となると一人だけ。父親であるバルジット侯爵の妹に当たる方が隣国に嫁いでいる。

 バトラン王国には接する国は三か国。

 レイモンドはオーサー辺境伯家の次男であるが、バトラン王国の東に位置するこの地の隣国ではなく、南の地に面した『グリニッド王国』に嫁いだのがこの叔母にあたる方であろうと理解した。

 グリニッド王国のパメル伯爵家に嫁いだと記されている。

 それらを簡単に手帳に記すと、図書館を後にした。




 当初バルジット侯爵を頼ろうかとも考えたが、アーサーがあそこまで調べている様子から見て、自分一人での単独行動をすることに決めた。

 どこで見られているかもわからない。いや、きっとアリシアの周りをウロチョロしている危険人物と判断されているに違いない。

 万が一自分の身に何かあった時、関係しているとわかった時には必ずやバルジット侯爵家にもその刃が向くはずである。

 それは彼の本意ではない。ただ、ただ、アリシアを守り抜きたい。その一心だった。



 レイモンドは休みを半分ほど残し、騎士隊本部に出社をした。

 隊長のデリックは「どうした?何かあったか?」と、驚いた顔でレイモンドに問いかけた。


「隊長、まとまった休みをもらいたいのですが」レイモンドは真剣な顔でデリックを見た。

「ふぅん。その顔から見て、うまく行かなかったか。で?次はどう動くつもりなんだ?」


「それは言えません」

「言えない?」


「はい。侯爵家に迷惑がかかるかもしれませんから、これからは単独で動くつもりです」

「なるほどね。まあ、単独もいいけど、お前の場合どこにいるかの把握ができないと、隊としても面倒なことになるかもしれんからなぁ。別に止めるつもりも、邪魔をするつもりもないから、どこで何をするかくらいは教えてくれ。そうじゃないと、こっちも安心して休ませられないだろ」


「そう言われればそうかもしれません。でも、詳細は教えられませんが、どこに行くかは隊長にだけお教えするべきですね。わかりました、実は……」


 レイモンドは、バルジット家の領地で聞いた話をかいつまんでデリックに教えて聞かせた。まとまった休みを取ったら隣国へ行くつもりだと。

 しかし、アリシアからの手紙については話さなかった。これはふたりの、ふたりだけの秘密にしておきたかったから。


「なるほどね、叔母上を頼りに隣国へねえ。それはまた大胆な行動に出たねえ。

 しかし、まとまった休みって言ってもなあ。どの国に行くかで日数も変わってくるだろう?目星はついてるのか?」

「……それは、まあ。大体は」


「へえ、お前にしては準備がいいじゃんか。で?どこだ?」

「グリニッド王国です。そこに、侯爵の妹殿が嫁いでおられます。しかし、他にも侯爵家の親類で隣国へ嫁いだ令嬢はおりますから、外れの可能性もあります。とりあえずは、そこに行ってみようかと」


「……、お前なら往復で一週間くらいか?どうせお前のことだ、元気な様子が見られれば長居するつもりもないんだろう? 余裕を持って三週間やりたいところだが、こっちも厳しいからなぁ。二週間でどうだ? もし、少し遅くなってもそこはなんとかするさ」

「ありがとうございます。十分です」


「じゃあ、一ヶ月後に辺境地周辺の視察団を出す。その後別行動で抜ければいい」

「気を遣っていただいて、すみません。ありがとうございます」


「その分働いてくれればいいさ。後輩たちも順当に伸びてきてる。いいか!女にうつつを抜かしている間に出し抜かれるぞ。今のこの地位は決して安泰じゃない。それをしっかり覚えておけ」

「はい。心して職務に励むと誓います」


 レイモンドはデリックに頭を下げると、すぐに訓練場へと足を進めた。後輩たちの剣の指南のために。後輩が育ってくれることは彼にとって何よりも嬉しいことだった。



 レイモンドは辺境伯家に生まれ、その生を受けた時から騎士になることが決められていた。周りの願い通り剣の技に磨きを掛け、成長と共にその頭角を現し始めた。

 レイモンドは次男であり辺境伯家を継げるわけではないが、元より彼にはその志がなかった。剣を握り領地を、国を守ることこそが自分の使命と思い、領地経営など分不相応だと考えていたからだ。

 騎士隊に入ったのも国を、王族を守りたいとの純粋な思いからだった。

 だが、ゆくゆくは辺境地に戻り兄を支え生きていくと考えていたので、最年少で副隊長に就任の命を受けた時には、誰よりも自分自身が驚いてしまった。

 しかし、周りからの説得と国王からの命を断ることはできずに結果、今の地位にいる。

 もし自分よりもその思いが、力が強い物が現れれば、いつでもその地位を譲るつもりでいたのだ。



 一か月後、アリシアを求めて隣国へと旅立つ。

逸る思いを抑え、騎士としての誇りを胸に職務に励むのだった。




 そして、視察団を率い辺境の地での任務を終えたレイモンドは一人、視察団と離れアリシアがいると信じ、隣国グリニッド王国へと馬を走らせた。


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