第12話


 白地に、バルジット家の家紋に記されている白百合の花が描かれた封筒。

 中には封筒と対になっているのであろう、白百合の花が描かれた白い便箋に、アリシアが書いたと思われる美しい字が綴られてあった。

領地に行くと嘘をついた事の謝罪と、そのようにしなければならなかった理由が書かれていた。




~~~


 第二王子のアーサーと婚約が結ばれてからすぐに、彼が使わせた従者が彼女の元に送られてきたという。

 アーサーはアリシアに対して辛辣な言動をする反面、常に自分のそばに彼女を置きたがっていた。アーサーから送りつけられた従者は、何かあればすぐに連絡をとれるようにし、又報告も上がるようになっていた。

 アーサーとの接見が無い時に何をしていたのか、どこで誰に会っていたのかなど、逐一報告が上がる。

 そしてアーサーの行動に常に合わせるようにすることを望むため、アリシアの行動に制限がかかり交友関係は次第に狭まっていった。

 目立つことを喜ばず、人の目に、特に異性からの目につくような行動や服装には注文が入る。息の詰まるような生活。貴族令嬢らしい、華やかで年齢相応の生活など皆無であった。


 最初から厳しかったわけではない。いつの頃からか、気が付いた時には愛されてはいないのだと思えるほどの対応をされるようになっていた。

それでも家の為、国の為に尽くす覚悟で婚約者として側にいると決めた。

 しかし、それにも限度がある。いつも、どんな時も、彼はアリシアを罵り時には罵倒する。

 彼女がどんなに完璧に振る舞ったとしても、それは変わることがなかった。

 そのうちアリシア自身の気持ちが沈み始め、次第に笑顔が消えていった。

 未来の王子妃として体面は取り繕いながら、耐え忍ぶ生活。

 そんな時に起きた婚約破棄宣言であった。この機会を逃せば、アーサーから離れることは出来ないと家族と相談の上、半ば無理やりに婚約の解消をもぎ取ったのだ。

 

 この計画を実行するに際し、アリシアは最初から修道院に入るつもりでいた。

 訳ありの貴族令嬢が一時的に入るそれとは違い、アリシアは覚悟を持って修道女になるつもりでいたのだ。

 その身を国と民のために捧げ、奉仕する人生を選択した。そして家族も決して心からではないにしろ、彼女の意思を尊重してくれた。

 それなのに、その修道院入りも止められてしまい、気がつけば自分の身には常に監視の目が未だあることを知る。

 アリシア本人も、家族もまた、アーサーの狂気的な執着に恐れを感じた。

 彼の手から逃れるためには、すべてを内密に行動するしかない。このままでは関係のない人にまで迷惑をかけることになるかもしれないから、と。


 アリシアの美しい文字で綴られた便箋何枚にも渡る長さで、それなのに文字のずれも歪みもない、彼女の意思の強さと気高さを感じさせた。

 

『あの日レイモンド様にお会いし、女性として生まれた幸せを感じることができました。

 その想いがあれば、これから生きていくことができます。』


 文末に書かれた一文に、彼女の想いの強さを感じざるを得なかった。

 そして最後に、『これをお読みの頃には、叔母を頼りに隣国へ渡っていることと思います』

 彼女の居場所に関することは、これだけだった。



 読み終わったレイモンドは「ふぅ」と、小さく息を吐いた。

 気が付くと目の前に座る執事頭の存在を忘れるほどに、夢中で手紙を読んでいた。

 最後の1枚を抜き取ると、

「これを燃やしていただきたいのですが」

 その言葉に執事頭は小さく頷くと、予見していたかのように用意されていた蠟燭で手紙に火を付け、そのまま暖炉に放り投げた。

 一枚の紙が燃えきるまで、彼らはその火を眺めていた。


「ここにもあの方の手は届いているのですか?」

 小さな声で、何とはなしに口にした言葉のつもりだったのだが、執事頭は反射的に反応したのだろう、ピクリと肩が揺れたのをレイモンドは見逃さなかった。


「ここに来る前、領地内の食堂で『変なのがいる』と聞いたものですから」


 敢えて視線を暖炉からずらさずに問いかければ、執事頭は小さく頷いた。


「お嬢様が領地に戻って来られるとの話が出たころからでしょうか? 貴族風の男や騎士のような男たちが、領地内の旅館に何日も泊まるようになったようです。

 羽振りの良い者のようで、特に問題を起こすような事は無かったようですが、この領地内を調べるように様々な所に顔を出し、バルジット家やお嬢様の事を聞いて回っていたようなのです」

「そんな、大袈裟に分かりやすい行動をとっては意味がないのでは?」


「いえ、きっとそれが目的なのでしょう。どこにいても監視の目はあるのだと、それを知らしめる為の行動ではないかと?」

「ああ、なるほど。あの方ならやりそうなことだ」

「結果、お嬢様はいつまで経っても来ないことに業を煮やしたのか、今は人数も減ったようですが、しかし、どこにいるかもわかりません。警戒は続けております」


「アリシア様は、ここには一度も?」

「はい。例の一件以来一度もいらしてはおりません。その手紙は、旦那様専任の従者が直々に持って来たものです。もう、お嬢様はここにお戻りになることはないかもしれません。残念ではありますが」


 レイモンドはその言葉に、唇をかみしめながら無言で聞いていた。


「何のお役に立てませんで、申し訳ありませんでした」

「いえ、この手紙を貰えただけでどれほど嬉しかったか。ありがとうございます」


 アリシアの想いは確認できた。後は王都に戻り、これからどう動くかを考えよう。そう思いながら、バルジット家の領地を発とうと思った時、

「家譜を、ご覧ください」

 執事頭の言葉に(なるほど、叔母上を調べろということか?)納得し、

「ありがとうございます」と告げると、礼もそこそこに、急ぎ王都へ向かって馬を走らせた。


「お嬢様をよろしくお願いします」と、ここでも彼女の未来を託されたレイモンドの心には、もはや迷いのような曇りは残ってはいなかった。



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