第11話
「隊長、休みを下さい。ずっと休まず働き詰めだったんです。ここらでまとまった休みを貰っても良いでしょう? 一ヶ月。いや、十日でも良い。休みをください!」
レイモンドは騎士隊執務室にあるデリックの執務机の両手を『バンッ!』と付き、その顔を見据え唸るように願い出た。
「休みねえ。くれてやりたいのはやまやまなんだけどさあ。ほら色々あるし、急だしさあ。そんなに長くはやれんけど、とりあえず一週間でどうだ?その後は、追々調整してまた休むってことで手を打つとかはどう?」
デリックは上目遣いでレイモンドの様子を伺う。
レイモンドは少し考えたあと、こくりと頷き、
「良いでしょう。では、明日から一週間で」そう言って仕事にとりかかった。
「え?ちょっと待って。明日から?それはまずいだろ。せめて今ある仕事を片してからにしてくんない?」
「言われなくてもそのつもりです。明日の朝までには処理しておきます」
机に向かい山積みなっている書類の山を、ドンドンと捌いていく。
「あれ全部、今晩中にやるつもり?大丈夫か?」そんなデリックの心配をよそに黙々と仕事をするレイモンド。心はすでにアリシアの元へと飛んでいるのかもしれない。
なんとか仕事を終えた頃にはすでに、執務室の窓からは朝日が降り注いでいた。
「汗を流した後、すぐに出発しよう」レイモンドは一旦別邸に戻り、バルジット侯爵家の領地へと馬を飛ばした。
領地の本邸にはいないと執事からは聞いている。侯爵からも修道院に身を寄せていると聞かされた。それでも一度現地を確認し、ひょっとしたら領地近くの修道院にいるかもしれないと、確認の意味も込めて向かうことに決めた。
騎士隊副隊長の権限を十二分に活用し、途中騎士隊支部で馬を変えながらの移動。
朝早くに出発し、夜にはバルジット侯爵家の領地のそばにある騎士隊支部まで来ることができた。今夜は近くの支部で仮眠をし、明日身支度を整えて領地へと足を運ぶことにした。
日の出とともに起きたレイモンドは、身体を清めた後私服に着替えを済ますと馬に乗り、バルジット家の領地へと入った。
王都から離れているとはいえ、さすが侯爵家の領地。道路も綺麗に整備されており、町もそれなりに賑わいを見せていた。飯屋も旅館も数は十分にあり、今日はこの町で宿を取ろうと決めた。
馬止めに馬を預けると、歩いて商店街に向かう。
まずは目についた飯屋に入ると、店の者に侯爵邸の場所を聞きだす。
「あんた、ここは初めてかい? この商店街を出て丘に向かって真っすぐ走れば自然に目に入るよ。領主様の家紋は白百合なんだ。その白百合のように真っ白でそれは美しいお屋敷だ。すぐにわかるさ」
「白百合……姫」
「ああ、領主様のお嬢様アリシア様だな。それは、それは美しい方でな。まるで本物の白百合のような方だ。それなのに、まったく。ああ、忌々しい」
「な、なにかあったのか?」
「あんた、王都から来たんじゃないのかい?アリシア様の婚約が破談になったんだとさ。そっちでは噂になってないのか?」
「ああ、俺は流れながら仕事をしているから、そう言った噂が耳に入るのは遅いんだ。そうか、婚約が破談に。それはまた、なんとも……。」
「この国の二番目の王子と婚約してたのに、それを破談にしたんだとさ。何を考えてるんだか知らんけど」
「ああ、第二王子と婚約されているのは知っている。それが破談に?なぜ?」
「お嬢様がお体を悪くされたらしい。それで破談なんだと。少しくらい調子を悪くするくらい、人間なら誰でもあるだろう?それをあの王子はお嬢様を大事にしないばかりか、こんなバカみたいなことを。ま、二番目だからな。この国の王になるわけじゃなし。そんな馬鹿な男なんか早めに手が切れて良かったんだ」
「ちょっと、あんた!誰が聞いてるかわかんないんだから、あんまり変な事言うもんじゃないよ。酒屋の爺さんが言ってただろ。変なのがいるって。気を付けなよ。
お客さん、すいませんねえ。気にしないでくださいね」
(夫婦でやっている店のようだ。亭主の口の悪さに女房が止めに入ったか。それよりも変な人間が気になるな)
レイモンドは店を出ると、言われた通り丘に向かい馬を走らせた。
するとすぐに白い屋敷が見えてきた。『あれが侯爵邸?確かに白く美しい。白百合御殿と言ったところか』と、妙に納得した。
商店街を歩きながら観察してみても怪しい人物は見受けられない。このまま侯爵邸まで行こうかと思った時。外れにある宿屋の脇に黒塗りの立派な馬車が止まってあった。
商人の物ではない。貴族の、それも高位の者の代物だ。こんな町の宿屋にこれほどの馬車に乗るような人物が泊まるとは思えない。一体だれだろう?と考える。「まさか?」と思ったが、すぐに頭を振り考えを止めた。あり得ないことだと。
馬を走らせ侯爵邸に着いたが、先触れもなしに訪れて入れてくれるとは思えない。それに今は私服で騎士服を着ていない。怪しまれるかもしれないが、何もせずに帰るわけにはいかないと、門前払いを食う覚悟でバルジット侯爵邸まで馬を走らせた。
門番に名前と身分を告げると少し待たされた後、邸の中へと案内されてしまった。
まさか、まだ中に?と、はやる気持ちを抑えつつ応接室に通されると、本邸での執事頭と名乗る者が現れ目の前のテーブルに封筒を一通差し出してきた。
「アリシアお嬢様からお預かりしておりました。騎士隊副隊長殿がお見えになったら、お渡しするようにと」
「私に? アリシア様から?」
「はい。自分の思い違いでなければ、そう遠くないうちにきっとお見えになるだろうからと。
その時には必ず、私の手から渡すようにと言付かりました」
「厳重にしろということですね」
レイモンドが小声でつぶやくと、執事頭はこくりとひとつ頷いた。
「失礼します」
そう言って、レイモンドはアリシアからの手紙を読み始めた。
初めてもらうアリシアからの手紙の字は美しく、なめらかに流れるような字体は彼女の人となりを現しているようだった。
そして、読み進めるうちにレイモンドの顔は険しく、眉間のしわも深くなっていった。
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