第十二話 呼ばれてやってきた

「ごちそうさま。あのさ、あんたは何も食べなくていいの?」


 食事を終えたマナは前を向いたまま、話しかけてくる。


「まあ、昼くらい食べなくてもいいよ」

「なんか私が気遣ってもらってばっかじゃんそれだと」

「じゃあ、持ちつ持たれつってやつで。今日は一緒に帰ろうぜ」

「……いいけど、あの幼女は大丈夫?」

「知らないよあんな人。言い分はわかるけど、マナのことを悪く言うやつは嫌いだ」

「……そうやっていつも私を庇ってくれてたよね」

「昔の話だろ」

「でも、それも私の中ではなくならない事実よ」

「……そう、だな」


 マナなりに気を遣ってくれたんだってわかると、それ以上言葉は続かなかった。

 照れくさかったってのもある。

 過去の記憶は辛いことの方が多いけど。

 でも、こうして俺とマナを繋ぐ思い出も確かにある。


 だからあの日々がなかったことになればいいなんて、俺は思わないし。

 

 やっぱりアイリの言ってることは間違ってる。


 はっきりと、そう言ってやる。


 あの辛い過去があるからこそ、今の俺は。

 水瀬玲は篠崎真奈のことが好きであれるんだって。


「あ、チャイムなったね」

「そろそろ戻らないとな。先、行くよ」

「別に一緒でもいいでしょ。待ちなさいよ」

「ああ、それじゃ一緒に戻ろう」

「うん」


 来た時より、少し気分が軽くなった。

 それに、マナの顔を少しだけど晴れているように見えた。


 ただ、現実は小説よりも奇なりという。


 教室に戻ると、クラスメイト達が騒がしい。


「おい、聞いたかまた転校生だってよ」

「うん、聞いた聞いた。なんか背の高いイケメンだったって。楽しみねー」


 昼休み明けからやってくるという転校生の存在に皆の目の色が変わっていた。

 いや、何がなんでも転校生多すぎだろって言いたくなるが、それがただの偶然ではないことに気づくまで時間はかからなかった。


「はーいみんな、突然だけどまた転校生よ。入ってきてー」


 午後のホームルームの頭に。

 担任の先生が元気よく呼ぶと、廊下から一人の男子が姿を見せる。


 背は百九十センチくらいある大柄の、そしてとても均整の取れた体つき。

 顔はきりっとした男前。

 短髪がよく似合う……嘘だろ。


魚成六郎うおなしろくろうと言います。皆々様、どうぞよろしく」


 何ものにも屈さないといった覚悟の決まった目つきでまっすぐ前を見るその態度。

 妙に礼儀正しく、お辞儀をするときに決まって右足を少し後ろに引く癖。

 見覚えがある、なんていったら怒られてしまうほどに彼のことを俺は知っている。


 ロック・ウォーレス。

 かつて俺と共に旅をした親友がなぜか今目の前にいる。


「では、魚成くんは智内さんの隣に座ってね」

「はい、ありがとうございます先生」


 姿勢よく、そのまま前に進み俺たちの席の方へ向かう魚成。

 その姿を見ながら女子たちは小声で「男前だわあ」と。


 まあ、それは昔からそうだったけど今はそんな話どころではない。

 なぜ、世界の中心であるアルトリア国の兵団長だった男がここにいるんだ?


「久しぶりだな、レイ」


 ぼそっと、俺の隣を過ぎる時にそう呟いた。

 で、俺が何か答える前にマナの後ろの席に座ってしまう。


「では魚成君は、智内さんに教科書見せてもらってねー」


 このあと、何事もなかったかのように授業が始まった。


 マナは、あまり面識がなかったせいかロックのことを見ても表情を変えることはなく。

 後ろの席のアイリも特に動きはない。

 それはかえって不気味だったが。


 とりあえず放課後になって、またよからぬことが起こらなければいいんだけど、と。

 心配するだけ無駄だろうな。

 もうすでに、よからぬことが起こってるのだから。



「レイ、ロックが来てくれたわよ」


 放課後。

 マナと一緒に帰る約束をしていた俺は帰り自宅をしていると、後ろからアイリが当たり前のようにそう言った。


 ちなみにマナは一緒に教室を出るのが気まずかったのか、入口のあたりで友人と話しながらこっちをちらちら見てきている。


 ったく、なんでこんなタイミングで。

 でも、スルーはできないよな、さすがに。


「……まるでアイリが呼んだみたいな言い方ですね」

「え、私が呼んだんだけど」

「……は?」

「ね、ロック。私のためになら何でもするのよねえ」

「はっ、アイリス様のためであればたとえ火の中水の中、それに別世界であろうとはせ参じます」


 少し懐かしい、かたっ苦しい物言いで頭を下げる大男に、俺は唖然とする。


「……それじゃ、アイリに呼ばれたからわざわざ転生してきたっていうのか?」

「そうだ、アイリス様のご用命なら当然だろ」

「……」


 そう、こいつはあろうことか大精霊に恋をしていたのだ。

 そして、もちろん叶わぬ恋ではあったんだけど、ロックの気持ちを知ってか知らずか、昔からこいつはアイリの駒でもあった。


「しかしレイ、昔から変わってない様子で少しほっとしたぞ。改めて、久しぶりだな」

「……でも、なんでお前が呼ばれたんだよ」

「愚問だな。貴様が災厄の魔女にまだ入れ込んでいると聞いて、止めに来たのだ」

「……お前にはもう関係ない話だろ」

「大いにある。その任務を達成すれば、今度こそアイリス様は俺とのことを考えてくださると、そう言っておられるのだ」

「……」


 アイリはいつも、ロックに無茶なお願いをする時に「このミッションが達成できた暁にはそなたとの仲を考えてやってもよいぞ」なんて言ってたな。


 そんで踊らされてロックは必死になって頑張って。

 やっとこさ任務を達成したら、「もうちょっとだけ考えてもいいかな?」とか言われてはぐらかされて。


 ただ、基本的に脳筋バカのロックは「これでまた一歩彼女に近づいた」とか言ってたっけ。

 変わんねえなあ、相も変らぬバカだ。


「まあ、好きにしろよ。ただ、本気で邪魔するならただじゃおかねえからな」

「よかろう。では早速だが」

「あー、待て待て。今日は約束があるから明日な」

「お、おい十数年ぶりの再会にしてはあっさりしすぎてはいないか?」

「最近旧知がやってきすぎて新鮮さもなんもねえんだよ。んじゃ」


 俺はこれ以上マナを待たせたくないから、ロックをさっさとあしらって席を離れた。


 そのあとちらっと振り返ると、「なにやってんのよこの役立たず」と、幼女が大男を罵倒していた。

 で、その大男は「すみません、なんかあいつの目、怖いんですよ」と言いながら小さく丸くなっていた。


 ほんと、バカばっかだと呆れながらマナの方へ。


「すまん、待たせたなマナ」

「別に、待ってないけど」

「はいはい。で、今日は買い物とかして帰らないのか?」

「そうねえ、買い物もだけど、今日はちょっと寄りたいとこあるの。いい?」

「もちろん」


 地の果てだって、地獄にだってついていくよ。

 そんなつもりだけど、もちろんそういう言葉は控えた。

 前は平気な顔で言ってたけど、そういうのって案外逆効果なんじゃないかって、最近アイリにしつこく言い寄られて嫌だったので、そう感じるようになったってわけ。


 好きな気持ちに変わりはないけど、ちょっと押してだめなら引いてみるくらいしないと、な。


「じゃあちょっと遠いけど、駅の方まで行くわよ」


 そのままマナと校舎を出る。


 そして正門をくぐったところでマナが、「ねえ、今日の転校生ってあんたの仲間だったやつじゃない?」と。


「ああ、よく覚えてたな。ロックだよ、王宮兵士の」

「だよね。あいつ何回かしか見たことなかったけど嫌いなのよね。いちいち前口上が長いし鬱陶しいでしょ」

「まあ、そういうやつだからな。俺も、こっちではあいつと仲良くやれそうにはないよ」

「どうして?」

「どうもアイリの使い魔としてやってきたらしい。俺の邪魔するなら、いくら前世で親友だったって敵だよ」

「……それも、私のせい?」


 ピタッとマナの足が止まる。

 また、余計なことを言ってしまったみたいだ。

 ほんと、学習しないな俺も。


「違う、って言ってもお前は気にするんだよな」

「だって、そうじゃない。私がいなかったら親友との再会を手放しに喜べたわけでしょ?」

「お前がいなかったらそもそもあいつはここに呼ばれてない。だから再会できたのはマナのおかげだ」

「だ、だけど」

「俺が誰を一番に想うかなんて、俺の勝手だろ?」

「……そりゃそうだけど」

「だから気にすんな。それに、あいつと意見が食い違うのなんて今に始まった話じゃねえよ」

「……うん、わかった」


 小さくつぶやいたマナは、ゆっくりと駅の方へ向かう。

 俺も空気を読んで静かに彼女についていく。


 すると、駅の手前でマナの足が再び止まる。


「……ここ、行かない?」

「ここって、カラオケじゃんか」

「なによ、どこでもいいって言ったじゃん」

「言ったけど……俺と?」

「一人で歌えって言うの? 誰か聞いてくれる相手がいないと歌いにくいでしょ」

「まあ、そうだけど」

「たまには付き合いなさいよ。それとも、誰かに見られたら困る?」

「……困らねえよ。うん、それじゃ入ろうか」


 どういうつもりか、いきなりマナが俺をカラオケに誘ってくれて少し戸惑ったけど。

 

 どういうつもりであっても、やっぱり嬉しくて俺は淡々と中に入っていくマナについていった。


 

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