第十一話 知っているって悪いことじゃない

「レイ、お昼食べましょ」


 昼休みにアイリが嬉しそうに声をかけてきたのが心底腹立たしかった。

 マナと一緒に過ごすはずだったのに。

 さっきの話のせいで、マナは授業が終わると黙ってどこかに行ってしまって。


 その原因は間違いなくアイリだというのに、何食わぬ顔で俺のところに来るのが本当にムカつく。


「……あなたのこと、嫌いです」

「ふーん、そんなにあの魔女とのことを邪魔されて怒ってるんだ」

「結局何が言いたいんですか? 過去も今も、マナは何も悪くないでしょ」

「悪くない、ねえ。レイ、それ本気で言ってる?」


 少し嫌悪感を出しながらアイリは大きな目を細くしながら俺を見る。

 そして、答えようとする間もなく、続ける。


「なあんてね。レイの心は読めるから聞かなくてもわかるわよ」

「だったらもういいでしょ。俺、アイリと飯なんか食わないから」


 これ以上、この人と話はしたくない。

 何かワーワー言ってたが、俺は無視して教室から出た。


 今日、マナと買ったドーナッツを一つもって校舎をさまよう。


 もちろん、マナの姿を探してもいたがそれは会いたいというより今は会いたくなくて。


 結局、アイリのせいで俺まで気まずくなってしまった。

 せっかく巡り合えて、もう一度彼女と関係を築いていけるかもしれなかったこの世界で、向こうの住人というのはほんと邪魔だ。


 思えば、勇者時代にいいことなんてそうなかった。

 ちやほやされて、うまい飯や酒をたらふくごちそうになったりしたこともあったけど。


 大半は命を削りながらの闘い、死にそうなほど厳しい鍛錬。

 そして、好きな人と相対する絶望。


 そんなすべてを乗り越えろと強要されて、俺なりの方法で世界を救った結末が処刑。


 忘れられない。

 なかったことになんか、なってない。


 アイリの言ってることは、正しい。

 だけど……消せなくても、乗り越えられるものだ。

 過去に負けて、今を辛く生きるなんて冗談じゃない。


 あんなクソみたいな世界の記憶、さっさと超えてやるさ。


「……はあ」


 とか息巻いてみてもなんとなく元気が出ず。


 屋上へフラフラと上がってみる。

 外の風にでもあたって、気を落ち着かせようなんて考えるほどに落ち込んでるのはいつぶりだろうか。


「……あ」


 屋上の扉を開けた時、人がいた。

 風に長い髪をなびかせて、フェンス越しに見える街並みを見下ろしながらサンドイッチを食べるきれいな女子。


「マナ……」

「なによ、一人にしてって言ったじゃん」


 むすっとした様子でこっちを見るが、怒っているわけではなさそうだ。

 むしろ悲しそうに見えるのは、俺の気分が暗いせいだろうか。


「すまん、いると思わなくて」

「そ。あのちっこいのに散々言われて、センチメンタルになってる感じ?」

「そういうお前はどうなんだよ。こんなとこで一人なんて」

「私はいつだって一人だったじゃない」


 マナはフェンスにもたれながら座って、うつむく。


「そんなことないだろ。学校の連中や村の人だって」

「そういう人をみんな裏切ったのが私。結局、親に逆らうのが怖くて大事なもの、全部失くしちゃったバカなやつよ」

「……誰も、マナのことを悪いなんて思ってなかったよ」

「そういう気休め、いいから」

「気休めじゃない。みんなわかってた。マナが自分の意志でそうしてるわけじゃないって。ただ、そんなことを言えば、マナを助けようなんてしてるのがばれたら、王様に何をされるかわからないから言えなかったんだ。悪いのは、あの国王さ」

「……そっか。みんな優しかったもんね。でも、結果として裏切った事実は変わんないから。世界を闇で覆って、大切な畑をぼろぼろにして、みんなの希望を奪った。ずっと一人で、真っ暗な部屋の中でずっと、ね」


 マナも、向こうの世界でいい思い出なんて何もなかったんだろう。

 俺と再会しなければ、もしかしたらいつか前世のことなんて忘れて平和なこの世界で平凡に暮らして、何ものでもない誰かと結ばれて幸せになっていたかもしれない。


 そう思うほど、ここにいるのが申し訳なくなる。

 結局、過去は消えないというアイリの嫌味が重くのしかかってくる。


「……でも、俺は嬉しかったよ。ほら、マナが俺の好物、覚えててくれただろ」

「あれは……だって、あんたって昔っからドーナッツしか食べなかったし」

「でも、昔を知ってくれてる人がいるって、覚えてくれてるって悪いことばっかじゃないだろ。過去に振り回されるのも事実だけど、思い出に救われることだってある。実際、俺は喜んでるんだし」

「そ、それはあんたが単純なだけでしょ」

「はは、それはそうかも」

「な、なによそれ……バカ」


 食べかけのサンドイッチを手に持ったまま、フェンスにもたれて座るマナのそばにいって、隣に座る。


 で、見るとサンドイッチの中にはトマトが。


「……昔っから、トマトみたいな酸っぱい食べ物嫌いだったな」

「うん、よく見ないで買ったから。最悪」

「俺のドーナッツ食べるか? まだ口付けてないし」

「うん。だけど、私のは食べかけだからあげないわよ」

「いいって。そこまで変態みたいなこと言うかよ」

「(私の食べかけを食べたいくらい、言えっての)」

「なんかいったか?」

「なんでもない。じゃ、もらうから」


 黙って俺のドーナッツを奪って食べ始めるマナを、俺は隣で静かに見守っていた。


 ほんと、生まれ変わっても何一つ変わってない。

 素直じゃないし、わがままなくせに気を遣う性格だし。


 でも、果たして前世で俺たちが背負った業は、たった数年の短い学生生活の間に払拭なんてできるのだろうか。

 乗り越えて、前に進むことがこの短い人生の間に可能なんだろうか。


 静かに食事をするマナの暗い横顔を見ながら、不安になっていく。

 どうすることが、マナのためなのか。


 それがわかるまでには、もう少し時間がかかりそうだ。

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