第九話 昔の思い出

「もしもし」


 アイリの言葉を気にしてか、せっかく早起きしたのに何もする気になれずリビングでぼーっとしているとマナから電話がかかってきた。


「ああ、おはようマナ」

「なに、寝起き? 元気ないけど」

「いや、朝は誰でもこんなもんだよ。で、どうした?」

「今日、一緒に学校いくんでしょ? それならさ、朝コンビニも寄りたいからちょっと早めに出れない?」

「そういうことか。じゃあ今から準備してすぐ出るよ」

「はいはい。早く来てよね」


 すぐに電話が切れると、俺は反射的に立ち上がって部屋に戻っていた。

 で、すぐに着替えると部屋に戻ったアイリと、朝食の準備をするのぞみに声をかけることもなくそのまま家を飛び出す。


 単純なもんだ。

 あんなにやる気を失っていたのに、マナの声を聴いた途端に体が軽い。

 

 やっぱり、俺はどうあってもあきらめるなんてことはできないのかもしれない。

 それがマナのためと言われても、結局自分の気持ちを捨てることなんてないのだろう。


 ま、自分が死ぬとわかってても貫き通した気持ちだ。

 そう簡単に消えるもんじゃないよな。


「あ、マナ」

「もう、遅いわよ」


 電話のあと、かなり急いだつもりだったがまた昨日のようにマナが先にマンションの下で待っていた。


「悪い悪い、急いだんだけど」

「……またあの幼女精霊に絡まれてたの?」

「いや、今日は大丈夫だった。それより、コンビニ行くんだろ?」

「そうだった。早く行かなきゃ」


 同じ方向へ、今日は足並みをそろえて踏み出す。


「で、朝飯でも買うのか?」

「お昼ご飯。今日はお弁当作る気にならなかったのよ」

「ふーん。マナでもそんな日があるんだ」

「なによ、知った風な言い方ね」

「だって、いつも全力だったじゃんかマナは。あんまり手を抜いてるイメージがないというか」


 まじめなんだよな、根本的に。

 村の学校に通ってた頃は勉強を必死に頑張ってて、常にトップを競う成績だったし、苦手な運動だって夜に走ったり練習したり。

 で、魔女になってもくそ真面目というか。

 とにかく自分が今やるべきことを全うしようと必死だった。

 そんなところも俺は好きだった。

 いや、今も好きだけど。


「手を抜けないってだけよ。あんたと違って」

「なんでそこで俺なんだよ」

「だって……いつも手、抜いてたじゃん」

「いや、それはだな」

「そういう人を見下したようなとこ、ちょっと腹立たしかった。その気になればいつだって私を倒せるんだって言われてるみたいで、悔しかった……」


 マナは足を緩めると、その場に立ち尽くしてしまう。

 

「マナ……別にあれは手を抜いてたわけじゃないんだ」

「言い訳なんていい。ていうか昔の話だし、今更どうこう言ってもしょうがないわよね。結果としてあんたは私を倒せなかったわけだし、私はその事実にだけプライドを持ってるから」

「倒せなかった、か。そうだな、マナを倒すなんて無理だ」

「どっちの意味よそれ」

「さあな」


 そんなふうにごまかしたところで、マナはつまらなさそうにしながら再び足を進める。

 そして角を曲がったところにあるコンビニへ。


「さてと、お昼はサンドイッチにでもしようかしら」

「俺もついでだしなんか買っていこうかな」

「なによ、あの幼女がお弁当作ってもってくるんじゃないの?」

「たとえ勝手にそんなことをされても俺は全力で突き返す。あんな奴の弁当なんて何入れられてるかわからんだろ」

「ふふっ、確かにそうね。でも、絶対しつこいわよ」

「わかってるけど、どうしたらいいもんか悩ましいとこだよ」

「ゆゆちゃんに助けてもらったら?」

「あいつに頼りっぱなしはよくないからな。たまには自分でなんとかしないと」

「……さいよ」

「え?」

「たまには、た、頼りなさいって言ったのよ」


 レジ近くのパンコーナーの前で、マナは髪を指でくるくるしながらもどかしそうに声を振り絞る。

 少し顔が赤いわりに、照れてるというよりはどこか悔しそうに。

 

「マナ、それって」

「か、勘違いしないでよ。別にお昼一緒に食べたいとかじゃなくて……ええと、一応昔馴染みというか、あんたには昔の借りもあるというか、えっと、そうじゃなくって……あーもう、最悪……」


 その場にしゃがみこんで、深くため息をつくマナは目線の先にあったドーナッツを一つ手に取って、俺の方を見ずに渡してくる。


「ん……ドーナッツ、好きだったよね」

「覚えてたのかそんなこと」

「記憶力はいいほう、だから。あと、どうしてもあの幼女とお昼食べたくないっていうなら、付き合ってやらなくもないけど」

「……ありがとな。うん、一緒に食べようぜ」

「(なんで今好きって言わないのよ……)」

「え、なんか言ったか?」

「な、なんでもない。バーカ、早くレジ行くわよ」


 立ち上がって、自分用のサンドイッチを手に取ると、マナはさっさとレジに行ってしまった。


 すぐに追いかけて、マナの分と一緒にレジを済ませる。

 なんか気分がよかったので、金は俺が出した。


 すると、


「なんか、奢ってもらいたくて連れてきたみたいじゃんか」


 なんて言いながらマナは財布を取り出したまま手をこまねいていた。


「いいって、安いんだし」

「……じゃあ、甘えとく」

「昼、どこで食べる? 教室はさすがに、周りがうるさそうだし」

「任せる。でも、あの幼女につかまらないようにね」

「だな。うまくやるよ」

「……ほんと、バカ」

「え?」

「なんでもない、早く行くわよ」


 どこか晴れない表情のマナを見ていると、やっぱり気を遣わせてるのかなとか、不安にはなる。

 ただ、俺をこうして誘ってくれているうちは、素直にその好意に甘えてもいいだろうって。

 ひねくれて、自分からマナを遠ざけるような真似だけはしたくない。


 あの時のように。


 マナを自らの手で世界から消滅させた、あの時のように……。

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