第八話 いい夢を見るはずが


「じゃあね篠崎さん」

「またね真奈ちゃん」

「うん、みんなまた明日ね」


 今日は友達に誘われて、放課後にみんなでカラオケに行ってその帰り。


 少し薄暗くなった帰り道で、私はゆゆと一緒に帰るレイの後ろ姿を見かけた。


 なんだ、やっぱり仲良いんだ。 

 邪魔したら悪いし、見つからないようにちょっと遠回りしよっか。


 二人から逃げるように路地を曲がり、すこしまわり道をして家を目指す。


 でも、だんだんと暗くなる空のように、私の気持ちも暗くなる。

 なんでだろう、レイが他の女の子と仲良くしてるとこみると、イライラする。


 やっぱり嫉妬してるのかな。

 私のことだけをずっと好きでいてくれるんじゃないかって、そんな期待を勝手にして。


 ほんと、最低だな。

 考えたくなんて言っておいて、実際なにもこっちから答えようともしないし。


 ……今度好きって言われたら、ちゃんと答えてあげないとな。

 私だって、レイのことは……。



「お兄ちゃん、またアイリちゃんのこと邪険に扱ったんだって? 最低、鬼畜、死ね」


 風呂上がりの妹に罵倒される。

 かつて勇者だった俺も、反抗期の妹にはなす術もない。


「べ、別に邪険になんて」

「帰ってすぐにアイリちゃんが言ってたわよ。さっさと帰れって追い返されたとか。まだこっちに来て間もないんだから家まで送るくらいしなさいよ」

「俺も忙しいんだよ。それに、そこまで言うならお前が面倒見ろよ。俺は関わる気なんてないからな」

「忙しいって、どうせまた女の子でしょ。ほんと最低、ヤリチン、燃えろ」


 バタンと強めに扉を閉めてのぞみはキッチンから出て行った。

 よほどアイリにご執心なようだ。

 いや、まじで兄の立場ねえな。


「ふふっ、実の妹にこけおろされる気分はどうかしら、元勇者さん」

 

 のぞみと入れ替わるように今度はアイリがキッチンへ。

 してやったりのドヤ顔がマジでむかつく。


「別に、あいつは反抗期だし。それに、妹の機嫌を取るために付き合う相手を選んだりなんかしませんよ」

「ま、ジリジリ効いてくるわよ。それより、ゆゆって子とは随分仲良いのね」

「まあ、こっちでは結構長い間仲良くしてますから。それがなにか?」

「レイって、ほんと女泣かせよね」

「は? のぞみに何聞いたか知りませんけど、俺は一途ですからね」

「そうやって公言してるのに何でモテるのかねえ。やっぱり顔かしら」


 向かい側に座って、頬杖をついてつまらなさそうにするアイリ。

 足をぶらぶらさせながら俺をじろじろ見て、そのあとため息をつく。


「はあ」

「人の顔見てため息とか失礼ですよ」

「でもねえ、レイってかっこいいのよねえ」

「な、なんですか急に」

「あー、好き。大好き、好きがあふれてくるわ。ねえ、一緒に寝ない?」

「寝ません」

「それって私がまだ幼女スタイルだから? でも、先行投資だと思って」

「それを先行投資だと言い出したら世の中の性犯罪が激増するからやめてください。あと、俺は別に見た目だけで人を判断してませんよ」

「じゃあ、なんであの魔女がいいの?」

「……色々あるんですよ」


 どうもマナのことを聞きたがるアイリだが、俺はあまり彼女のことを他人にベラベラ話したくない。

 特に目の前の幼女には。

 

「じゃあ、俺は部屋で休みますので」

「えー、もうちょっとおしゃべりしてよー」

「結構です。それでは」


 なのでさっさと部屋の戻る。

 でも、部屋に戻ると退屈なんだよな。

 テレビないし、狭いし、動画見て寝るだけだから。


 あーあ、今は両親が長期出張でいないからリビング使い放題なのに。

 なんでこんな肩身の狭い思いをしなきゃならないんだよ。


「……ん、電話?」


 こんな時間に電話なんて珍しい。

 誰からだと、ふとスマホを手に取ると。


「マナ?」


 まさかの相手からだ。

 慌てて電話をとる。


「もしもし?」

「あ、レイ? 起きてたんだ。ごめんね夜遅くに」

「それはいいけど。どうしたんだこんな時間に?」

「別に。今日は朝、私の方も大人気なかったし、明日一緒に学校行かないかなって」

「え、俺と?」

「あんた以外誰がいるってのよ。なに、嫌なの?」

「嫌なもんか。じゃあ今日と同じ時間に迎えにいくよ」

「うん。用件はそれだけだから。おやすみ」


 こっちがおやすみと返す間もなく電話が切れる。

 スマホを置くと、そのままベッドに横になる。


「……まじか」


 こうやって、マナの方から誘ってくれたことなんて、多分一度もなかった気がする。

 もちろん、以前は魔女だったので勇者をデートに誘うなんてことはありえない話だけど、こうして転生して再会した今だって、俺から誘ってばかりだったし。


 なんか、嬉しいな。

 気を遣ってくれてるだけかもしれなくても、好きな子から誘ってもらえるのはやっぱり嬉しいもんだ。


「ん、いい夢見れそうだ」


 もう、明日が楽しみすぎて他のことが手に着かず。


 そのまま明かりを消して眠ることにした。



「勇者レイ・アクアリムよ。今一度問うが、あの魔女への忠誠は変わらぬというのだな」


 懐かしい声がする。

 でも、これは夢だ。

 これは俺が処刑される前日の牢屋で、かつて親友だった男と話してる場面だ。


 こうして時々、前世の場面を夢に見る。


「忠誠なんかじゃない。俺はマナが好きなだけだよ」

「魔女の虜にされているとはつまり、魔の者の手先になったと同義ぞ。弁明はもう、するつもりがないのだな」

「堅苦しい言葉を使うなよロック。明日俺は死ぬんだから、最後くらい普段の調子で頼むぜ」

「……レイ、どうしてお前はそう頑固なんだ。今からでも遅くはない、あの魔女への気持ちを否定しろ。それだけでお前は救われるんだぞ」

「そうしたくないってのもあるけど。俺がマナのことを嫌いになったら、あいつは無事に生まれ変わることができないだろ」

「転生の術、か。勇者にのみ与えられた秘術と聞くが、それをあの魔女にかけたこともまた、王はお怒りなのだぞ」

「知ってるよ。でも、誰も殺してない、望んでそうなったわけでもないマナが、この世界から抹消されるだけなんてのは、理不尽なんて言葉じゃ済まされない。あいつはどこかの世界で幸せになってほしい。それだけが俺の願いなんだよ」

「……お前のそういうところが、俺も好きだった。だからこそ生きてほしい、散った他の仲間も皆、そう思っているはずだ」

「ありがとうロック。でも、もういいんだ。俺には、あいつのいない世界で生きるなんて考えられないから」

「……決意は固いんだな」

「ああ」

「……どうか、勇敢なる君に大地の精霊の加護があらんことを」


 これが、俺が親友と最後に交わした会話だった。


 ロック・ウォーレス。

 アルトリア王国の全兵団をまとめる兵団長にして、俺の右腕だった男。


 元気にやってるのかな。

 そういや、ロックはアイリス教の熱狂的信者だったっけ。


 ……今のアイリス様を見たらショック受けるだろうな。

 

 どうか、知らぬまま余生を過ごされますように。




「……ん、朝か」


 だんだんと旧友の顔がぼんやりしてきたところで、目が覚める。

 昔の夢を見た後は、少し気分が重くなる。


「……まだ朝早いけど、コーヒーでも飲むか」


 部屋を出ようと、扉を開ける。

 すると、


「おはようレイ」

「わっ……アイリか、びっくりした。なんですか、朝から」


 部屋の前にアイリが腕を組んで立っていた。

 

「なんかうなされてたみたいだから。変な夢でも見たの?」

「まあ、昔の夢ですよ。時々見るんです」

「……レイは英雄よ。決して、あんな最後を迎えるべきじゃなかったわ」

「まあ、終わったことですから。もう気にしてなんて」

「嘘。ずっと後悔してるから、今でもあの世界のことを夢に見るんだわ」

「それは……」

「やっぱりあの魔女のせいよ。レイ、あなたが死んだのはあいつのせいなの。過去を水に流したつもりでも、その事実はずっと残るわ。互いに引け目を感じながら、遠慮しながら、気を遣い合いながら一生を過ごすつもり? うまくいくはずがない」

「……俺は何も後悔なんてしてませんから。それに、一生叶わない恋でもいいですよ。いつかあいつに相手ができたら諦めるかもしれませんけど」

「そ。なら今日からはあの魔女にイケメンを充てがうようにしようかしらね」

「好きにしてください。俺、下にいきますよ」

「……バカ」


 眉間にシワを寄せたアイリを置いて、俺はさっさと階段を降りる。


 まったく、本当に余計なお世話だ。

 でも、的確な意見でもある。


 俺がいる限り、マナはこの先俺にずっと引け目を感じながら生きていくことになるかもしれない。


 そんなこと、わかっていたはずなのに知らないふりを決め込んでいた。


 俺が気にしてないんだからいいじゃないか、なんて。

 そんなことは俺の都合でしかない。


 ……俺は、マナと結ばれない運命なのかな。


 そう思うと、やっぱり胸が苦しくて。

 

 コーヒーなんて飲む気分にもなれなかった。


 


 

 

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