第六話 勇者と魔女は

「レイ、お昼ご飯とかはどうしてるの?」


 休み時間。

 幼女のアイリ(もう、この女をアイリス様と呼ぶのはやめた。当然だ。)が話しかけてくる。


 ちなみにマナはさっさと席を離れてどっかに行ってしまった。


「あのですね、いい加減にしないと俺も怒りますよ?」

「なによ、普通のこと聞いただけじゃない」

「いちいちマナにまで聞こえるように言わなくていいでしょ。どうして俺の邪魔するんですか」

「え、愚問ね。ライバルは早いうちにご退場願いたいのが恋愛では普通のことでしょ?」

「でも、そうすればするほど俺はあなたのことが嫌いになりますけど」

「じゃあなに、あの魔女との恋を黙って私が見てたらチャンスが回ってくるとでも?」

「いや、それはありえませんけど」

「だったら指を咥えて待ってるなんて無理よ。私、ほしいものは全部手に入れたいタイプなの」

「こんな強欲が世界を収めてたとは信じたくないな……」


 ただ、以前の世界からその兆候はあった。

 急に呼びつけておいて「早く来なさい」と一分おきにお告げを発動させてきたり、女魔法使いを仲間に加えると言ったら「パーティは男だけで組みなさい」とか指示してきたり、しまいにはある村の女性店員から装備を買おうとしてただけで「その店で買うのはやめて隣のおじさんの店にしなさい」と空から口をはさんできたり。

 

 当時は、めんどくさい大精霊だなってくらいにしか思ってなかったけど。

 今考えたらただのメンヘラだ。

 ほんと、世界平和のために俺が戦っている時にもこいつは公私混同しまくってたんだな。


「ねえレイ、そんなことよりお昼ご飯だけど」

「勝手に食べてください。あと、俺以外の知り合いも作ってくださいよ。俺だって友人もいるんだし、あんたにだけ構ってられませんから」

「わかったわよ。でも、絶対に逃がす気はないから、それだけは覚悟しておいてね」

「覚悟、ねえ」


 なぜか、そういわれて思い出したのは前世でのこと。

 何回目だったかは忘れたが、マナにいつものように告白をした時に俺は似たようなことを言った気がした。


「俺は絶対にあきらめないから、覚悟しておけよ」


 今考えたら顔を両手で隠したくなるくらい痛い発言だ。

 で、実際言ってることがこのメンヘラと変わらない。

 と、すればだ。

 俺は好きと言い続ければいずれマナにわかってもらえると思っていたけど、実はあいつにとって迷惑だったんじゃないかと。

 再会した時も嬉しくて好きだ好きだと言い続けてきたけど、よく考えたら好きでもない相手に何度もそう言われたら迷惑、だよな。


 ……いうのはちょっと控えよう。


「ちょっと聞いてるレイ?」

「あ、ああすみません。でも、とにかく俺はあいつへの気持ちは変わらないので」

「頑固ね。何十回も告白してフラれ続けたらいい加減あきらめるでしょ」

「その言葉、そっくりそのままあんたに返したいですけどね。諦めてください」

「まだそんなに言ってないもの、私は」

「何回言われても気持ちは変わりません」

「その言葉、自分に置き換えてみたら結構辛くならない?」

「ぐっ……と、とにかく俺はあいつと仲良くしたいんで。じゃあ」


 席を外して廊下へ。

 すると、どこかに行っていたマナがちょうど戻ってくるところと鉢合わせした。


「あ」

「なによ、人の顔見て驚かないで」

「い、いや。もう、怒ってないのか?」

「なんで怒らないといけないのよ。私、別にあの幼女とあなたが付き合ったって……いえ、さすがにあの人は幼すぎて犯罪臭がすごいからやめてほしいけど」

「たとえあいつが大人だったとしてもねえよ。ま、俺だって迷惑してるんだからわかってくれよ」

「ま、見てたらわかるし」

「ならいいんだけど。ま、そういうことだから」


 なんとかマナの機嫌が回復したのを確認してからトイレに向かおうとすると、「ちょっと」と呼び止められる。


「なんだ、まだなにかあるのか?」

「……今朝はごめん。私、ちょっとイライラしてたから」

「あ、ああそのことか。いや、俺も無神経だった。すまん」

「……それだけ?」

「ん?」

「いえ、なんでもない。じゃあ、授業遅れないようにね」


 マナは何か言いたそうだったが、そのまま教室へ戻っていった。



 なんだろう、もやもやする。

 てっきり、いつもみたくお前だけが好きだからあんなのとは付き合わないとか、言ってくれるんじゃないかって思ってたせいかな。


 ……何期待してるんだろ、私。

 気持ちに応える覚悟も、答えも何も用意できてないってのに。


 はあ……でも、後ろの幼女って本当にあの大精霊アイリスなの?

 胸ぺったんこだし、どう見ても小学生にしか見えないけど。


「おい魔女、誰がぺったんこだ」

「え?」


 心を読まれたように、幼女が斜め後ろの席から話しかけてくる。


「大精霊を舐めないで。こんな姿になっても心の内を読むくらい造作もない。で、うじうじ悩んでるけど、レイのこと、好きなの?」

「……知らないわよそんなの。それに、あなたに答える理由もないし」

「ま、それはそうかもね。ただ、あんたのせいで彼は死んだの。それを私は許さないし、その事実はいつかあんたたちのほころびにも繋がるわ。勇者と魔女なんて、住む世界が変わったところで所詮は水と油よ」

「……余計なお世話よ」


 また、色々と考え込んでしまいそうなことを言われて悩みそうになったが、じっと私を見る幼女にまた心を読まれてはかなわないと、心を落ち着かせる。


 ただ、言っていることの意味はよくわかった。

 私のせいでレイは英雄から罪人になって、処刑された。

 その事実は消えない。

 いくら前の世界での話だとしても、彼が勝手に私を好きになったのだとしても。

 ううん、勝手に好きになったなんて、それも違う。


 昔っから私が弱くていじめられてて、いつもレイに甘えてたからこうなったんだ。

 私がもっと強くて、憎らしいほど屈強な魔女を最初っから演じることができていたら……。


 やっぱり私のせい、なのかな。

 また、気まずくなるじゃんか……。


 

 

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