第五話 この気持ちに名前はあるのだろうか
♥
「なによ、私のこと好きって言ってたくせに」
感じたことのないイライラを覚えながら、私はレイを置いてさっさと学校に向かう。
なんだろう、この気持ち。
レイが誰と何してようと、私には関係ないはずなのに。
なのに、どこか胸が苦しい。
嫉妬、してるのかな私って。
ううん、そんないいものじゃない。
それに、私がレイのことで嫉妬する権利なんてない。
ずっと、手を差し伸べてくれてたあいつの気持ちに私は一度も答えたことなんてないんだから。
私は魔女だから。
彼は勇者だから。
そんな理由で、自分の気持ちなんて考えもせずに何度もレイをフって。
それでいざ他の女の子が現れたら嫉妬するなんて、わがままどころか最低だってわかってる。
……でも、やっぱりモヤモヤする。
一生好きだって、勇者に二言はないって言ってたくせにって、思っちゃう。
はあ……どうしたらいいんだろ、私。
♠
「やほー水瀬君」
「ああ、ゆゆか。おはよ」
「元気ないじゃんどうしたの? あの彼女さんとケンカー?」
「はは、彼女じゃねえよ。でも、喧嘩は当たってるかな」
学校の手前で、ゆゆが後ろから声をかけてきて足を止める。
相変わらず、ゆゆはなんの悩みもなさそうなニコニコした笑顔。
なのに俺というやつは、マナに逃げられただけで随分と傷心気味だ。
「ふーん、水瀬君でもけんかとかするんだ」
「まあ、俺は怒られるばっかだけど」
「なにそれ、尻に敷かれた夫みたいだね」
「だといいけど。はあ……なに期待してるんだろな、俺」
マナと再会するまでは、色々あきらめがついているところもあった。
でも、目の前に好きな人がいて、しかもクラスメイトになって昔の記憶も共有してたら、どこか期待してしまう。
期待させられて、現実を突きつけられてがっかりする。
マナは昔っからそういうやつだ。
案外、魔性なのかもなあいつって。
「ふーん、よっぽど篠崎さんのことが好きなんだ。ね、今日の放課後は水瀬君空いてる?」
「別にこれといった用事はないけど?」
「じゃあさ、久々にご飯でも行こうよ。今日は私、放課後は部活休みだから愚痴っちゃいなって」
「ああ、そういうのめっちゃ助かる。じゃあ放課後は駅前でも行くか」
「だね。じゃ、私朝練あるから」
「おう、さんきゅー」
いつものようにゆゆが先に走っていく。
なんだろう、あいつの背中を見送る時はなんとも思わないのに、マナの遠ざかる背中を見ていると本当に胸が苦しかった。
……こんなにメンタル弱かったっけな、俺って。
◇
教室に着くと、マナは女子に囲まれて笑顔で会話をしていた。
ちらっとその様子を見たが、特に目が合うこともなく、俺はゆっくりとその隣に座る。
やっぱりマナは、俺のことなんてなんとも思ってないのかも。
腐れ縁ってだけで話してくれてるだけで。
なんならマナも生まれ変わって今まで生きてきた中で、誰か好きな人とかいたのかもしれないし。
今だって、好きな人とかいないとは限らないし。
とか、ずいぶんと今朝はセンチな気分になる。
平和な世の中で生きてきたせいか、脆くなったもんだよ俺も。
「おい、今日は転校生がまた来るってよ」
窓の外を見ながらため息をついていると、誰かのそんな会話が聞こえた。
で、思い出した。
家に置いてきた大精霊の存在を。
「おーい、みんな席につきなさい。今日は転校生を紹介するよ」
すぐに担任の先生がやってきて皆が席に座る。
転校生という響きにクラスの雰囲気は色めきだっている。
ただ、俺一人を除いて。
「はじめまして、智内アイリって言います。アイリって呼んでね」
堂々と教室に入ってきて、教壇の前に立ってふんぞり返る幼女は、プラチナブロンドの髪をなびかせて少しセクシーなポーズに切り替える。
しかし、ざわざわしていたクラスの時が止まったかのように鎮まりかえる。
で、すぐに。
「うおー、金髪合法ロリキター!」
「めっちゃかわいい! 同級生とかマジ!?」
「キャー、なんかお人形さんみたい!」
「アイリちゃーん」
幼いながらも、やはり飛びぬけた容姿の彼女に皆が魅了される。
まあ、アイリス様は昔から人を魅了する不思議なおっぱ……ではなくオーラがあった。
大精霊ともなれば、見えない力の一つ二つは持ち合わせてるだろうし。
でも、ロリっ子に喜んでる諸君に言いたい。
この人、数年後は爆乳になるからな。
「はい、みんな静かに。では智内さんは水瀬の後ろに席を用意したのでそこに座ってもらおうかしら」
先生がそう言って、振り返ると確かに後ろに席が増えていた。
そしてそこに向かって幼女が歩いてくる。
当然俺の横を通りすぎるのだが何も言わず。
学校ではおとなしくしてくれるのかと少しほっとしたところで、後ろからささやくような声が聞こえる。
「レイ、絶対逃がさないからね」
やっぱり最悪だ。
俺は当然聞こえないふりで無視したが、何が最悪かって、アイリス様は俺だけじゃなくマナにまで聞こえるようにそう呟いていたのだ。
一瞬、隣のマナが体をぴくっと動かして反応した。
で、すぐに俺の方をじろっと見てから反対を向く。
最悪だな、ほんと。
「ちょっとレイ、無視しないでよ」
「……」
「レイ、教科書見せて」
「……」
「あー、そういう態度取るんだ。帰ったらのぞみに言いつけてやる」
「あーもう、わかりましたよ。はい、教科書どうぞ」
「ふふっ、素直じゃないわね。あと、今日の夕食はパスタだから早く帰りなさいよ」
「……」
「あ、また無視するんだ。ふーん」
「……」
当てつけのようにべらべらとアイリス様がしゃべるたびに、横の席の空気が重くなっていくのがわかる。
マジで胃が痛い。
早くどっか行ってくれ、このヤンデレ精霊め。
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