第四話 馬鹿正直は嫌われる?

『がたっ、がたがたっ、がたがたがたっ』


 朝。

 扉を必死にこじ開けようとする音で目が覚めた。


 そして扉の向こうからアイリス様の声がする。


「な、なんで部屋に鍵かかってるのよ!」


 昨日の夜はずいぶんとおとなしかったので少し不思議だったが、用心して部屋に鍵を作っておいてよかった。


 ダンジョン攻略のスキルとして持ち合わせていた解錠の技を応用して、鍵を作るなんてことは朝飯前。

 俺は魔法ではなく特技習得の方が多かったから、転生した今もそのスキルはいくつか使えるものがあってよかった。


「アイリス様、ドアノブが傷むのでやめてください」

「あ、レイ起きたの? ちっ、せっかくおはようのキスで目覚めさせてあげようとおもったのに」

「余計なお世話です。準備したら下に降りるので待っててください」


 ドアの向こうから再び「ちぇっ」とつまらなさそうな声が聞こえて、やがて足音は遠くなっていった。


 まったく、変な女神さまに住み着かれてしまったもんだ。

 これがマナとの関係の足かせにならなければいいんだけど。


 制服に袖を通して部屋を出て一階に降りると、リビングにはのぞみとアイリス様が座っていた。


「おはようのぞみ」

「……」

「お、おい無視するなよ」

「うっさい鬼畜。変態は話しかけないで」

「……」


 朝からのぞみは怒りマックスだ。

 ただの反抗期か、それとも昨晩幼女に変なことを吹き込まれたのか、その両方か。


 ま、なんにせよアイリス様がうちにやってきて俺に嬉しいことなど何ひとつない。

 早く出て行ってもらう算段を立てよう。


「おはようございます、アイリス様」

「おはようレイ。言っておくけど、私を追い出そうなんて無駄よ」

「心を読まないでください。ほんと、めんどくさい人だなあ」

「ふん。今日は学校であんたとマナのこと、いっぱい邪魔してやるんだからね」

「はいはい好きにしてくださ……学校? いや、学校に勝手に忍び込むのはさすがに」

「誰が忍び込むのよ。私も、あの学校に通うのよ」

「……は?」


 どう見ても小学生か、相当頑張っても中学生くらいにしか見えない幼女が高校に通うと言い出した。

 いや、無理だろさすがに。


「いや、無理だろさすがに」

「二回も繰り返すな。ふふん、ちゃんと入学手続きも完了してるから問題ないわよ」

「マジですか?」

「マジです。ほら、制服もちゃんとあるでしょ」


 上着を脱ぐと、幼女が高校の制服に袖を通していた。

 

「……いや、似合わねえ」

「ふん、そんなこと言っていられるのも今のうちよ。そのうち、成長してこの制服の胸のボタンがはちきれるくらいになったら、レイなんて一発で悩殺できるんだから」

「ちなみにそうなるまでに何年かかるんですか」

「そうねえ、ざっと五年くらい?」

「卒業してるだろ……」


 大精霊にとっては、五年なんて人間の一時間くらいの感覚なんだろうけど。

 五年後か。そのころにまだ片思いだったらさすがにへこむよな……。


「とにかく、今日から私と一緒に学校に行くんだから」

「はあ? 嫌ですよそんなの」

「なによ、それじゃあの魔女と一緒に登校したいっていうの?」

「そういえば……なるほど、誘ってみるか」

「こら、私の話聞いてる?」

「ごめんアイリス様、俺先に行くから」

「あ、ちょっと待ちなさい!」


 言われて気づいたけど、家も近いし方向も一緒なんだから朝からマナを誘ってみればよかった。

 断られる可能性は大いにあるが、そんなことでいちいちへこむ俺じゃないし。

 早速マナに電話をかけてみた。


「……もしもし、何よ朝から」

「おはようマナ。よかったら学校一緒に行かないか?」

「……なんで?」

「なんでって、お前と一緒に行きたいからだよ。ダメか?」

「……ダメじゃないけど」

「じゃあ迎えにいくから。マンションの下で待ってる」

「はいはい。じゃあね」


 寝起きのせいか、電話の向こうのマナはずいぶんと不愛想だったが、一応約束は取れた。

 好きな相手とはできるだけ一緒にいたい。

 それは普通の気持ちだし、あれだけ馬鹿正直に好き好き言い続けてるんだから今更遠慮も何もないだろう。


 待たせないようにと、早足でマナの住むマンションへ。

 すると、マンションの前に人影が見えた。


「……遅い。何よ、待たせないでよね」


 腕を組んで仁王立ちするマナがいた。


「え、早くないか?」

「なによ、いけないの?」

「い、いや。うん、おはようマナ」

「おはよ。で、急にどうしたのよ」

「別に。早くマナの顔が見たかったから」

「も、もう……そういうのいいから」


 照れるマナの顔は、朝から最高にかわいい。

 ずっと見ていたいくらいだが、すぐにマナは咳払いして表情を引き締める。


「で、何かあったの?」

「え? 何がって、何が?」

「とぼけないで。あんたがしつこい性格なのは知ってるけど、朝から急に誘ってくるってことは何かあったんでしょ」

「……いや、まあ」

「はっきり言いなさいよ。昔っからそうよねあんたって。王様の報酬が少ないとか、仲間が裏切ったとか、そういう時にいつも私のとこに来てた」

「別にそれはたまたま……いや、悩んでる時にマナを見たら心が晴れるんだよ」

「なんで?」

「だって、かわいいし」

「も、もう……いきなしそういうの言うな……」


 また照れるマナを見ながら、やっぱり俺はこいつがいいなと再確認。

 家に突然押し掛けてきたメンヘラ気味の幼女大精霊はマジでごめんだ。

 うん、やっぱりちゃんと話しておこう。


「あのさマナ、今俺の家に大精霊アイリス様が来てるんだよ」

「はあ? 何の話よ急に。第一、どうしてこの世界に精霊がいるのよ」

「勝手に転生してきたとかって。で、押し掛けてきやがった」

「なにそれ、追い出したらいいじゃん」

「だけど、どういうからくりかうちの家族に取り入って居候してるんだよ。それで困って先に家を飛び出してきたんだけど」

「ふーん。なら、あの巨乳大精霊と一つ屋根の下なんだ」

「今はちっこくなってたけどな」

「でも、美人じゃんあの人」

「まあ、それはそうかもだけど」

「あ、そ。ふーん、そっか、一緒に住んでるんだ」


 少しだけ、マナの歩くスピードが速くなる。


「お、おい待てよ。なんか勘違いしてないか?」

「なにが? 別にあんたが誰と一緒に暮らそうと、私には関係ないもの」

「じゃあなんで怒ってるんだよ」

「怒ってないもん。今日は早く学校に行きたいってだけ」

「お、おい待てって」

「ふん、知らない」


 怒った様子で、マナはそっぽを向いてしまう。

 そしてさらにスピードを上げて、俺を振り払うようにさっさと行ってしまう。


 あーあ、早速やってしまった。

 まあ、怒るのは当然だよな。あれだけマナのことを好きだといっておいて、他所の女が家にいるなんて聞かされたらそりゃ怒るよ。


 ……やっぱりあの幼女は、ろくなことにならない。

 

 どうやって追い出そうか。

 いっそのこと、俺が出ていくまで考えておかないと。


 遠くなっていくマナの背中を見ながらため息をつく。

 せっかくいい朝になると思ったのになあ……。

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