第三話 当然ながら厄介なことになる

 そもそもあっちの世界での大精霊の存在っていうのは、勇者を導く存在っていうよりも世界の秩序を守るものって位置づけだった。


 でも、その秩序をマナの父親が壊して。

 世界に仇なす存在を倒すためにってことで、アイリス様は人間界に姿を現してくれて俺の力になってくれたりしたんだけど。


「……お嫁さん?」

「ええ。だってレイったら勝手に死んで勝手にどっかの世界に転生しちゃうんだもの。だから追いかけてきたの」

「ま、待ってください。なんで大精霊様が俺のお嫁さんに?」

「そんなの、好きだからに決まってるじゃん」

「……好き? 俺を、ですか?」

「うん。大好き」

「……」


 大好きって言われた。

 夜道で、幼女に。

 

「誰が幼女よ」

「あ、すみません」

「まあいいわ。今はちょっとだけ、ほんのちょっとだけお胸が小さくなったけど、大人になった私の姿は知ってるでしょ?」

「ま、まあ。あれはなかなか忘れられないというか」

「だから大人になったらいくらでもあの胸で甘えていいのよ? ま、今のままの私でも十分魅力的だと思うけど」


 なんかグラビアみたいなポーズをとったがそこはノーコメント。

 ていうか、俺のことが好きって……。


「え、好き!?」

「い、今驚くの?」

「いや、あんまり唐突すぎて情報が追い付かないんですって」

「ま、そうよね。でも、冗談じゃないから」


 アイリス様の目つきが鋭くなる。

 そして、その青い目ににらまれると、魔法とかではないはずなのになぜか、動けない。


「……いや、俺は」

「知ってる。あの魔女が好きなんでしょ」

「……はい。俺はマナのことが」

「でも、まだうまくいってないと」

「そ、それは」

「ふふん、やっぱり私の一歩リードね。ま、いいわ。今日は帰りましょう」


 そう言って、幼女はてくてくと夜道を行く。

 なんかこのままおさらばってわけにもいかず俺もついていく。


 というより、帰り道が一緒だ。

 もうすぐ俺の家だけど、彼女の住むところも近いのか?


「あの、アイリス様の家ってこの辺ですか?」

「あら、あなたの家ってこの辺でしょ?」

「そ、そうですけどそれがなにか?」

「あ、着いた」


 ピタッと足が止まる。

 俺の家の前で。

 幼女が、そのまま俺の家に入ろうとする。


「ま、待ってくださいって。ここは俺の家ですけど」

「知ってるわよそんなこと。私は全知全能の大精霊よ」

「いや、だけどさすがにこの時間に来客っていうのは」

「来客? おかしなこという人ね」

「?」


 俺がまた首をかしげていると、さっさと玄関を開けてしまう。

 そして、奥から足音がして。

 妹が出迎えにやってくる。


「おかえり兄ちゃん……って、その人」

「あ、いや違うんだ。この人は」

「もしかしてアイリちゃん? わー、お人形さんみたい!」

「あい、り?」


 妹ののぞみは嬉しそうに幼女に抱き着く。

 どういうことだ?


「あはは、のぞみちゃんだよね? はじめまして、アイリです」

「かわいいー。ハーフの人ってなんでこんなに可愛いのー?」


 はしゃぐ妹。 

 それを当たり前のように受け止める幼女。

 当然、戸惑う俺。


「え、何がどうなってんの?」

「兄ちゃんも聞いてたでしょ? お父さんの友人の子供がホームステイでうちにくるって」

「ほーむ、すてい?」

「兄ちゃん英語弱い人? 今日から一緒にうちに住むのよ」

「……なんだと?」


 幼女に頬ずりしながらデレデレする妹がとんでもないことを言った。

 俺は一瞬で、状況を頭の中で整理する。


 ……いや、どうもこうもない。

 この目の前の幼女の仕業だな。


「あの、アイリス様」

「様なんてかしこまらなくていいわよレイ。アイリ♥ ってかわいく呼んで」

「……」

「ねえアイリちゃん、アイリちゃんの部屋も用意してあるの。案内するから一緒に来て」

「うん、ありがとねのぞみちゃん」


 いつもと違うハイテンションな妹に引っ張られて二階に上がる幼女は、しかし妹には見えないように、こっちをむいてニヤリと。

 してやったりの醜悪な笑みを向けてきた。

 ……やりやがったなあのクソ大精霊。

 なんかいっつもやりたい放題だった記憶があるけど、まさか人様の家に住み着くとは。

 どうせ記憶操作の術でも使ったんだろ。

 でも、本気で俺のことが好きなのか?


 ……なんで?



「一目ぼれだったのよ」


 部屋を案内されたのち、のぞみが風呂に入っている間にリビングでアイリ様と二人っきりになったとき、俺は聞いてみた。

 なんで俺のことが好きなのかと。

 で、返ってきた答えがそれだ。


「……仮にも世界を陰で見守る大精霊でしょ? たかが一人の人間に一目惚れってそんな」

「だって、見た瞬間に『やー、タイプ!』ってなったんだもん」

「その辺のギャルかあんたは」

「とにかく、そういうことだから。私、狙った獲物は逃がさないから」

「勝手に獲物にしないでください」

「つれないわねえ。そんなにあの魔女がいいの?」


 少し高いソファに座り、足が届かずぶらぶらさせる幼女もといアイリ様は少し表情を曇らせる。


「まあ、それはそうですよ」

「なんで? あんないけ好かない魔女のどこがいいのよ。胸だって私よりないし」

「今のアイリ様よりはありそうですけどね。まあ、人を好きになる理由なんてそれぞれですよ。俺はマナが好きです。だからその気持ちは」

「でも、私との契約は覚えてる?」

「え?」


 幼女は、どこからか紙切れを取り出してきた。

 

「契約書、結んだでしょ?」

「……そういえば、大地の加護を得るために大精霊と契約するってことで書いた覚えがありますが」

「これの中のここ、よーく読んでみて。なんて書いてある?」

「……」


 指さされたところの文章に目を通す。

 するとそこには『力を貸す代わりに大精霊アイリスの旦那になること』と、他の文章よりも明らかに小さな文字で書かれていた。


「……いや、せこくないですかこれ」

「何がよ。書いてるものは書いてるもん。それに、ちゃんとあなたのサインだって」

「サイン?」

「ええ、そうよ。ほら、ここに。レイ・アクアリムって書いてるじゃない」

「レイ……ああ、なるほど」


 確かにサインが書いてあった。

 直筆だ。俺が不死鳥の羽で作られたペンを借りて書いたものだ。


 しかしこれは、


「無効ですねこれは」

「え、なんで?」

「だって、今の俺はレイ・アクアリムなんて名前じゃないし」

「そ、それは……」

「それに、転生して筆跡も変わってるんですよ。骨格とかも微妙に違うからでしょうけど」

「じゃ、じゃあこの契約書は」

「意味ないですね」

「がーん」


 うなだれる幼女は、そのまま契約書をひらりと落とす。


「ま、そういうことなんで。俺はちゃんとこの世界でマナを口説きます」

「むう……し、しかし私はあきらめんぞ。同棲しているという強みを存分に活かしてやる」


 悔しそうに俺を涙目でにらむアイリス様。

 そして俺に何か言いたそうにしていたところで、のぞみが風呂から出てきた。


「あー、アイリちゃん泣いてる? どうしたの、お兄ちゃんに変なことされたの?」

「あ、のぞみちゃん! えーん、聞いてよー、レイが私をいじめるのー!」

「お、おい」

「……鬼畜、変態、死ね!」

「……」


 アイリス様はのぞみに泣きついて、のぞみはそんな様子を見て俺をにらみつけて罵ってから彼女を連れて部屋に戻っていった。


 あの幼女、妹を味方につける気か。

 ……とりあえず部屋には鍵をつけておこう。

 

 ああ、面倒なことになってしまった。

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