第二話 ライバルは突然に?
「そういや、お前んちってどの辺なんだ?」
「駅前。マンションあるでしょ、あそこ」
「ふーん、いいとこ住んでるな。でもまあ、近いから送ってくよ」
かつての彼女の実家は、死の谷と呼ばれる峡谷のさらに奥深くにある魔王城。
一度行ったら二度と帰れないと言われた、この世の地獄とも称されるあの場所に俺は毎晩毎晩足しげく通ってたっけ。
ていうか、最後の方はマナの転移魔法をあてにしてたな。
あれないと、マジで帰れなくなるからな。
「そいや、魔法ってまだ使えるのか?」
「んー、全然。使おうとしたこともないけど、魔力は感じないし。そっちは?」
「俺も。それでも身体能力とかはやっぱり普通の人よりはとびぬけてるな」
「肉体派の勇者だったもんね。魔法、からっきしだったし」
「まあな。懐かしいよ、あの頃が。あっちの世界に戻りたいとは思わないけど」
何せ、俺は向こうでは大罪人だ。
魔女に魂を売った、勇者の皮を被った悪魔だと言われて。
散々守ってやった連中に銃を向けられて。
痛かったなあ、あれは。
「ねえ、私が死んでからすぐに死んだって言ってたけど、その理由ってなに? 言いなさいよ」
「んー、死刑にされた」
「……え? なんで? なんで死刑になるのよ勇者が」
「いや、だから、なんて言えばいいのかな。冤罪ともいえるし、そうじゃないともいえるしって感じだよ」
「……なにそれ、泥棒でもしたの?」
「さすがに向こうでも盗みくらいで死刑はないって」
「じゃあなんでなのよ。教えなさいよ、気になるから」
「……魔女に魂を売った裏切り者だって、そう言われてだよ」
こんな話はしたくはなかったけどなあ。
でも、言わないなら言わないで、またギャーギャーうるさいしなあ。
「……それって、私のことを好きになったから?」
「そうじゃない。俺がコソコソ会いに行ってたのがバレただけだ。ま、表向きはそういう理由だけど、結局英雄に気を遣うのがめんどくさいから始末しただけだろ」
多分それはほんとだ。
アルトリア国王は、最初の方こそ娘と結婚させるとか言ってくれてたけど、俺が国民から支持を受ける度に自分の地位が脅かされるんじゃないかと怯えてたし。
保身ってやつだろう。
むこうもこっちも、大人の考えることは大体一緒だ。
「……バカな勇者ね、あんたって」
「そ、バカなんだよ。まあおかげさまでマナに会えたから結果オーライだけど」
「死んで結果オーライなんて話ないでしょ」
「ここにあるじゃん。隣にお前がいてくれるから、死んでラッキーって気分だよ今は」
「……ほんとバカ」
なんて言ってると、マナの住む部屋があるというマンションが見えた。
楽しい時間はあっという間。
好きな相手と話してると、どうしてこうも時間が経つのが早いんだろうな。
「ここだろ、お前の家」
「うん、そうだけど」
「んじゃ、俺も帰るわ。明日また、学校で」
あんまりしつこく立ち話もなんだからと、さっさと帰ろうとすると制服の襟をがっと掴まれて。
首が閉まる。
「んげっ」
「ま、待ちなさいよ。何勝手に帰ろうとしてるのよ」
「げほっ……呼び止めるなら口で言え口で」
「だって、あんた歩くの早いし」
「あ、そ。で、なんだよ」
「……買い物」
「は?」
「買い物、付き合いなさいよ。私、夕食の買い出し忘れてたから、荷物持ちでついてきなさい」
「え、今から?」
「なによ、嫌なの?」
「……全然。お前がいうなら地獄でもついていくよ」
「またそうやって……い、いいからついてきなさい」
早足で先に行ってしまうマナに慌ててついていく。
無言のまま、ズカズカと歩いていくマナが向かった先は近所のスーパー。
そして振り返ることもなく店に入っていくので思わず彼女の手を掴む。
「お、おい待てって。ついてこいって言う割にそれはないだろ」
「別に、荷物持ってくれたらそれでいいの」
「せっかく一緒に買い物するんだから、そんな態度とるなよ」
「……ふん」
俺の手を振りほどきながらマナはそっぽを向く。
そのあと、買い物かごを俺に渡すと「力だけが取り柄なんでしょ」なんて言って、そのまま先に中へ行ってしまった。
やれやれ、楽しいデートなんて夢のまた夢か。
まあ、こうして一緒に買い物できるだけで俺は夢のように幸せなんだけど。
「ちょっと、早く来てよ」
「はいはい、わかったって。で、今日は何作るんだ?」
「シチューとサラダ、あとは明日のお弁当のおかずも」
「マナ、自炊は全部やってんのか? 親は?」
「二人とも海外出張中。おかげさまでいい家に産んでもらったから、不自由なく生活させてもらってるわ」
「ふーん。お嬢様なのはこっちでも変わらずか」
「お嬢様なんかじゃないわよ……ただの魔女だから」
少し冷たくそう言ってから、マナは野菜をかごに放り込む。
そのあともちょっと不機嫌そうに買い物を続けて、レジをしてから袋に詰めた商品を俺がまた持って。
外に出た時に小さな声でマナが言う。
「……ありがと、荷物」
「別にいいよ。俺も好きでやってるし」
「だって、私全然愛想ないのに」
「そんなの昔っからだろ。そんなお前も好きなんだって」
「ま、また……簡単に好きとか言わないでよね」
言いながらマナの顔は赤い。
単純に照れくさいだけなのだろうけど、そういう顔をされるたびに期待する俺も俺だ。
かわいいんだよなあ、マナは。
「なあ、一人暮らしで大変なことあったら何でも言えよ」
「どうせ断ってもおせっかいするんでしょ?」
「よくわかってるじゃないか。弱きを助けるのが勇者の使命だからな」
「弱き、か。そうね、私は非力だから。荷物持ちはお願いしようかな」
なんて言ってるとマンションの前につく。
「ここでいいわ。今日は付き合わせてごめんね」
「むしろ感謝だ。マナと一緒に買い物できてうれしかったよ」
「バカ……じゃあ、また明日」
「う、うんまた」
ちょっとだけ、マナが笑ってくれた?
買い物袋を渡して両手がふさがっていたから手を振ったりもなかったけど。
ほんのりと笑うマナの笑顔が印象的で、俺はしばし彼女のマンションの前で立ち呆けたまま。
少しして、その余韻に浸りながら薄暗い夜道を歩く。
なんかツンデレだよなあいつって。
いや、デレないからツンツン魔女ってとこか?
ま、あれだけ待った上に二度と会えないと諦めてた相手とこうして買い物ができるだけ幸せだと思うか。
勇者たるもの、何事も前向きにとらえるべし。
……誰の教えだったっけ?
「それは私の教えでしょ」
もうすぐ家に着こうかって時に。
後ろから声がした。
いや、直接脳に話しかけられたような、そんな感じだ。
「……ん?」
振り返ると、そこには少し小さな女の子がいた。
中学生くらいか?
顔はきりっとした、まるでハーフみたいな金髪に青い目の美人さんだけど、背も小さいしなんか小学生みたいな体つきだし。
「誰?」
「いや、誰はないでしょ。私よ、私」
「……おれおれ詐欺か?」
「本人出てくるパターン聞いたことあるんかい! え、わかんない?」
「んー……」
なんか口調の荒い子だけど、こんなロリっ子、俺は知らんぞ。
でも、どっかで聞いたことあるような声だ。
「でもやっぱわからん。誰?」
「むー。あなたに大地の加護を授けた恩を忘れるとは、このクズ勇者め」
「え……まさかアイリス様!?」
「うむ、そうそう私は大精霊アイリスだお」
「だお……」
なんかところどころキャラが定まってない話し方をする幼女は、しかしよく見ると確かに大精霊アイリス様に瓜二つだ。
最も、向こうの世界で会った彼女は俺よりずいぶんと大人な印象で、特におっぱいが大きくてびっくりした印象だったけど。
あの抜群のスタイルは、聖母って呼び方がピッタリだったのに、今のこのツルペタ具合はどうしたんだ?
「おい、私は心の声が読めるんだぞ」
「あ、すみません」
「ふむ。実に十数年ぶりの再会だというのに、なんか締まらんなあ。レイ、私に会えてうれしくないの?」
「い、いや、なんというか……そもそもアイリス様って要所要所でしか出てこなかったし、見た目も全然違うからまだ半信半疑なとこもあって」
「私はずーっとレイのことだけ見てたのに」
「そ、それはどうも」
「加護、とかじゃなくてだよ? 二十四時間、ずっと天界からレイを見てたのに」
「え、ちょっと怖いんですけど」
「むー。この浮気者」
「う、浮気?」
「まあ、私はあんな小娘と比べて大人だから、そういうのにも寛容だけど」
「はあ」
まあ、話し方とかこのちょっとふざけた感じとか、多分アイリス様で間違いないのだろうけど。
でも、なんでここに?
「まさかアイリス様も」
「死んでないわ。私は自分の意志でここに転生したの」
ふふんと、なぜか手を腰に当ててふんぞり返る。
もちろんだけど、胸は全くない。
「……胸見るな変態」
「あ、すみません」
「まったく。でも、ちょっとした手違いで生まれ変わる時に年齢設定が狂ったのよ」
「なるほど、じゃあ今は小学生バージョンのアイリス様ですか」
「失礼ね、あなたと同じ高校生よ」
「……え?」
いや、それで高校生?
ちょっと無理があるんじゃないかな……。
「うん、無理ですよ」
「なんか生まれ変わって余計に失礼になったわね。でも、私は十六の時ってこんなもんだったから。伸びしろえぐいのよ」
へへん、と。
ない胸をまた反らしてからアイリス様は威張る。
「で、でもどうして転生なんか? ていうかあの世界に精霊がいなくなったら」
「あんなクソみたいな世界の心配しなくていいのよ。勇者をぶっ殺す奴が王様やってるような国、亡んじゃえばいいの」
「ま、まあそうですけど……」
「それに、私はちゃんと目的をもってここに来たから。あなたを見つけるのにずいぶんと時間がかかったけど」
「俺を、探してた?」
不思議そうに首をかしげると、またしてもふふんと笑ってからアイリス様は俺にびしっと指さして。
こう言った。
「私、レイのお嫁さんになるために人間になったんだから」
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