第一話 私は魔女だから


「よっす水瀬、今日の放課後はバスケ部の見学にいこうぜー」


 朝からテンションが高いのは何も担任に限らない。

 俺の友人もまた、毎朝こんな調子で席でゆっくりする俺をうんざりさせてくれる。


「かわいい子を見に行くだけだろ。一人で行けよ」

「えー、だって水瀬が来てくれたら女の子が寄ってくるじゃんか」

「おこぼれを狙うな。男はビシッと愛を伝えろ」

「うわー、今どき愛とかいう高校生いないぞ」


 高峰敦也たかみねあつや、こいつは入学してすぐに仲良くなったクラスメイトだけど裏表のない性格で、俺はうざいうざいとあしらいながらもなんだかんだ仲良くやってる。

 中学まではバレー部のエースだったそうで。

 足の怪我でやめたそうだけど運動神経は抜群、背も高く顔もいいので結構モテる。俺ほどじゃないけど。


「ていうか今日は放課後用事があるんだよ」

「もしかして、篠崎さん?」

「な、なんでだよ」

「あ、図星か。いや、だって今朝も一緒に学校来てただろ。水瀬が、ゆゆから転校生に乗り換えたってもっぱらの噂だぜ」

「随分と失礼な噂だなそれは」


 噂ってのはほんと恐ろしい。

 俺がゆゆと付き合ってるって話はなぜかみんなの周知の事実みたいになってるし。

 それに、他の女の子に誘われてカラオケに行ったりしたら翌日には水瀬が浮気したと全校中に広まってたりもする。

 まあ、ゆゆは噂に対して寛容で、「付き合ってもないのに笑えるよね」と流してくれるから助かってはいるが。


「ま、とにかくだ。俺は忙しいから今日は付き合えないぞ」

「へいへい。お、噂をしたら篠崎さんだ」


 マナが遅れて教室にやってきた。

 先に行ったはずなのにどこで油を売ってたかは知らないが、静かに教室に入ってくると空気が一変する。

 騒いでいた生徒たちも皆、その美麗な姿を目に焼き付けようと、黙って彼女を見る。

 あまりに大量の視線を浴びたせいか、それに気づいたマナはちょっと恥ずかしそうに照れる。

 そしてみんなの顔が、デレる。


「うわっ、今照れたぞ。かわいいなあおい」

「俺、篠崎さんのファンクラブつくるわ。もう恋なんてしない!」

「おんなじ高校生に見えねえよな、彼女。あかぬけてるっていうかさー」


 ファンクラブの設立やモブが恋するかしないかはどうでもいいとして、彼女が高校生なのにあかぬけてるのは当然だ。

 なにせ、俺たちは一度二十年ほど生きてきたわけで。

 しかもその間、世界を滅ぼす側と世界を救う側として、命を懸けて己の責務を全うしていて。


 平々凡々と生きてきた高校生諸君とは経験が違う。

 まあ、今は俺も彼女も平凡なただの高校生だけど。


「んじゃ、またな」

 

 高峰が席に戻った後、入れ替わるように俺の隣にはマナが。

 そして、


「おはよ」


 と、挨拶してくれた。

 そっけない感じだけど、無視されるよりはいい。


「おはよう。てか、どこ行ってたんだ?」

「なに、あんたってメンヘラ?」

「なんでだよ。別にどこでもいいけど、あんまフラフラすんなよ」

「なんでそんなこと言われなきゃならないのよ」

「お前、方向音痴だろ。来たばっかの学校なんて、迷子になるんじゃないか」

「……なったわよ、もう」

「あ、だから遅れたのか」

「うっさいわね、悪い?」

「いや。でも、明日からは俺と一緒に教室までこいよ」

「……考えとくわ」


 方向音痴をいじられたせいか、プイッと彼女はそっぽを向いた。

 その後すぐ、チャイムが鳴って担任が教室に来て静かになり。


 今日も退屈な一日が始まった。



「水瀬君、お客さんだよー」


 休み時間、クラスの女子の一人が俺を呼ぶ。

 見ると、教室の入り口のところで、別のクラスの女の子が恥ずかしそうに下を向いて待っていた。


 まあ、この状況を見ればこの後何が起こるかは予想できる。

 俺に告白しに、やってきたんだろう。

 こうやって、昼休みや放課後に女の子がやってきて呼ばれることは珍しい話じゃない。

 もちろん、俺はその告白に対していい返事をすることはできないけど。

 ちゃんと聞いて、ちゃんと感謝を伝えて、ちゃんと断る。

 せっかく俺を好きになってくれた子に対して、それくらいしか俺には出来ない。


「……水瀬君、私と付き合ってくれませんか?」


 廊下に出ると、すぐに女の子から告白を受けた。

 ゆゆとの噂はあくまで噂、そうじゃないと信じて玉砕覚悟でこうして告白を受けることはまだ多い。

 でも、


「ありがとう。でも、ごめんね」

 

 あれこれは語らず、事実だけを端的に。

 言い訳っぽくなるのもいやだし。

 

「そ、そっか……やっぱり、ゆゆちゃんと付き合ってるの?」

「うーん、そんなんじゃないんだけど」

「そっか。うん、わざわざありがと」


 ちょっと目に涙を浮かべる女の子の姿は、何度見ても心が痛む。

 でも、俺も勇者の前に一人の人間だ。

 好きな子と、結ばれたい。

 その気持ちは変わらない。

 だからごめんなさいとしか、言えない。


「ふう」

「おつかれさん、水瀬君」


 告白を断ることに神経を使って廊下の窓で黄昏れていると、ゆゆがきた。


「ああ、ちょっと疲れた。悪いことしたなって」

「いつものことじゃん。てか、好きな子がいるって言えばいいのに」

「いや、話がややこしくなるだろ。俺とお前ができてるって思ってるやつ多いし」

「私を虫よけがわりに使ってるなあ? 罪なやつだー」

「すまんすまん、でもまあ、助かってるけど」

「ま、私はいいけど。そん代わり、私に彼氏できたらちゃんとみんなに説明してよね」

「はいはい、わかってるって」


 俺が軽く返事すると、ゆゆは笑いながら教室に戻っていった。

 ゆゆの理解力ってのは結構助けになっている。

 だから俺もつい甘えてしまってるんだけど、ほんと俺のせいで男が寄ってこないってんなら申し訳なくなる。

 まあ、そんな心配しなくてもあいつはモテるから大丈夫かなと、早速男子たちに絡まれているゆゆを見ながら俺も教室に戻る。


 そんなことよりまずは自分の心配だ。

 俺はやっと、好きな相手と巡り会えたんだ。

 身分も立場も何もかも捨てていいと、そう思わされるほど恋焦がれた相手。

 そいつが今、隣の席にいるんだ。


「……何?」


 でも、この態度だ。

 大して見てるわけでもないのに、俺の方を向いて鬱陶しそうにするマナ。

 早く振り向いてくれねえかなあ。


「あのさ、放課後のことなんだけど」

「まだ考え中」

「もう昼休み終わるぞ。俺と一緒に帰ったらまずいのか?」

「彼女いる人と一緒に帰るのはさすがにまずいかなー」

「だから、そういうんじゃないって言ったろ。なんだよ、嫉妬か?」

「ば、ばか言わないでよ。だって、すごくいい感じに見えたし、あの子と」

「付き合いが長いだけだよ。男女の友情ってのもあるだろ」

「……知らない」


 マナは反対側を向いてしまって、そのまま。

 やがて昼休みは終わってしまい、授業が始まって。


 その間、マナは真面目に板書をしながら、授業を聞いていた。

 考えるって、やっぱり便利な言葉だな。

 いつまでとも、なにをとも言わずにただ考えておくとだけ。

 待たされる側としてはこれ以上もどかしいものもないけど。

 俺が勝手に訊いてるだけだから強くは言えないか。



「水瀬君、またね」

「また明日、水瀬君」


 放課後、女子の数人が俺に手を振りながら教室を出て行くのを見送る。

 皆、部活動で忙しいのだ。

 青春してるなあって、体育館やグラウンド、部室とかで汗水を垂らすみんなを見るとそう思う。

 ま、俺には似合わないか。


「またね篠崎さん」

「今度、みんなでカラオケ行こうね」


 マナもマナで、転校してきてすぐってのもあるが部活には所属しておらず、足早に出て行く生徒たちに声をかけられながら、その姿を見送っていた。


 やがて、教室は静かになる。

 気づけば俺とマナの二人っきりだ。


「……さて、帰ろっかな」


 わざとらしくそう口にして席を立つと、隣の席からマナがじろっと俺を見る。


「なによ、一緒に帰ってほしいならそう言えば?」

「だから朝も言っただろ。一緒に帰ろうぜ、マナ」

「……まあ、いいけど」


 なんだかんだ、押したもん勝ち。

 なるほど、女子は押しに弱いって教えも、まんざら嘘じゃない。

 ……誰の教えだったっけなあ。


「んじゃ、せっかくだしどっか寄ってく?」


 教室を出て廊下を歩きながら、さりげなく誘ってみる。

 しかしマナは、


「一緒に帰るとはいったけど、寄り道するとは言ってない」


 つんけんしていた。

 ちょっとイライラしている様子だ。

 時々こうやってイラつくことあるけど、そういう日ってやつなのかな?


「なんだよ、別についでだろ」

「別に。寄り道したいならしてくれる子を誘えばいいじゃん。例えばゆゆちゃんとか」

「あいつは部活で忙しいだろ」

「じゃあ今日告白してきた子でもいいじゃん。ほら、誰でもいるでしょ」

「あのさあ、俺はお前がいいって言ってるだろ。他の奴と遊びにいくのも楽しいけど、それとは違うんだって」

「知らない、わかんない、私魔女だし」


 魔女だし、っていうのそれこそよくわからんけど。

 ま、行きたくないのを無理に誘うのはよくないか。

 百回告白断られてる俺が言うセリフでもないが。


「じゃあ、真っすぐ帰るか」

「別に、どうしても行きたいって言うなら付き合ってあげなくもないけど」

「いや、気を遣わすのは悪いからいいよ。帰るぞ」

「……バカたれ」

「ん?」

「なんでもない、早く行くわよ」


 また、マナがそっぽを向く。

 ちょっとしつこく誘いすぎたかなと反省しながらも、そういう拗ねたところも可愛いのでつい「そういうとこも好きだよ」と言って、また怒られて。


 ギャーギャー言われながら二人で帰路についた。


 

 


 

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