プロローグ2 生まれ変わっても私のことが好きな君


「……バカ、なんなのよあいつ」


 篠崎真奈。

 前世は魔女だった、なんて言えば頭のおかしい奴だと思われるかもしれないけど、本当のことなんだから仕方がない。


 私は魔王の娘として、絶大な魔力を駆使して世界征服の為に勇者と呼ばれる男と、日々死闘を繰り広げていた。


 でも、勇者は私のことが好きと言った。


「マナ、俺と一緒に逃げよう」

「マナの為なら死んでもいい。俺は勇者なんてやめる」

「マナがいてくれない世界なんて、救う理由がない」


 色々、言ってくれたっけ。

 最初はちょっとしつこいとも思った。

 私を口説いて、倒す手間を省こうとしてるだけだとも疑ってた。

 でも、違った。

 本気だった。


 私と闘う時、いつも彼は手を抜いていたし。

 アルトリア国の人間が私を闇討ちしようとした時、こっそりその情報を流してくれたのが彼だってことも知ってたし。


 私たちは、いわゆる幼馴染でもある。

 人間側の情報を得るために、身分を隠してアルトリア国の学校に通っていた私は、幼い頃の彼と出会って。

 

 いつも優しい彼は、体の弱い私をいじめっ子から庇ってくれてた。

 あの頃から、レイは勇者だったなあ。

 でも、私はずっと後ろめたかった。

 本当は魔女で、あなたの敵で、世界の敵。

 初めてその事実を伝えた十五歳の春、彼は心底絶望した顔をしてたっけ。


 でも、私に対して絶望はしなかった。

 どころか、ずっと私を信じてくれていた。

 

 だというのに私は……父や母に言われるまま、魔女として世界の敵になって。

 そんな私と一緒になったりなんかしたら、彼はきっと酷い目に遭う。

 せっかく勇者として生まれたんだから、彼は日の当たる場所で真っ当な人生を送ってほしいって。

 そう思って心を鬼にして、いや、魔女にして彼の告白を何度も退けた。


 退け、すぎた。

 そのせいか、なんでか彼を見るとツンケンしてしまうようになって。

 本心では嬉しいのに、そっけなくして。

 今日だって、彼が教室にいた時、心の中では飛び跳ねるほど興奮してたってのに。

 

 ほんと、素直じゃない。

 前の世界で肉体が滅んだあと、この世界で普通の女の子に転生してからも、あいつの顔だけは忘れたことがなかったっていうのに。

 こういうの、ツンデレっていうんだっけ? 

 ううん、デレないとただの嫌なやつか。

  

 ……また、好きって言われちゃった。

 それに、今は魔女でも勇者でもない、か。


 ……考える、ねえ。



「ただいまー」

「おかえり兄ちゃん」


 暗くなってから家に帰ると、妹が出迎えてくれる。


 水瀬のぞみ。

 中学三年生の彼女は俺の一つ年下の、しっかりものだ。


「遅くまで何してたの? また女の子とブラブラしてたんでしょ」

「いや、今日はそんなんじゃない」

「今日”は”?」

「いや、すんません。てか、腹減った」

「カレーあるから、自分で食べれば」

「あ」


 そっけなく部屋に戻ってしまった。

 妹は多感な時期だ、反抗期ってほどではないが、俺が女子にチヤホヤされているのを不安視している。

 兄がチャラ男ってのも、妹からしたら嫌なのだろう。

 もっとも、俺はチャラくなどないんだけど。


「マナ……」


 そういえば、マナと飯を食ったことって数えるほどしかなかったっけ。

 小さい頃は、家が厳しいからと言って学校以外では会えなかったし。

 で、十五歳の春にあいつが魔女だとわかってからは、会いにいくのも一苦労で。

 たどり着くまでに何度死にかけたか。

 おかげで俺のレベルだけがぐんぐん上がって、最後の方は魔物が誰も寄ってこなくなったけど。


「考えとく、か」


 すっかり冷えたカレーを温め直しながら、独り言ちる。

 今までは一度だって、前向きな返事をくれたことがなかった。

 だから、考えとくなんて言われただけで俺は浮足立ってしかたない。


 ま、考えるだけだけどね、とか。

 そんなこと言われて適当にあしらわれるかもしれないけど。


「……明日、もう一回告白しよっかな」

 

 女は押しに弱いから、か。

 それ、誰の教えだったっけな。



「おは、水瀬君」


 朝、一人で登校しているとゆゆがいつものように追いかけてきた。


「おはよう、ゆゆ。今日も元気だな」

「まあね。ていうか水瀬君、篠崎さんと知り合いなの?」

「え、なんで?」

「だって、なんか二人でこそこそ喋ってたし。初めて話したって雰囲気でもなかったから」

「まあ、昔の知り合いといえばそうかな」

「へー。もしかして、水瀬君がずっと好きな子って、篠崎さん?」


 にやっとしながら、からかうように俺に問う。

 でも、隠すほどのことでもない。

 

「ま、そういうことだ。運命の再会ってやつ、かな」


 こうやってかっこつけたことを言うのは自分の悪い癖だ。

 顔がいいから許されるだけで、普通にやってたらキモいと思われるであろう自覚はある。


 勇者たるもの、常に自信を持て。

 なんて言われてエラそうにしてたら自然とこうなったってだけだけど。

 ……誰の教えだったっけ?


「そ、そっか。へえ、ふーん」

「なんだよ、いいだろ別に」

「ま、まあいいんだけど。そっか、うん、じゃあ頑張ってね」

「あ、おい」

 

 ゆゆは、俺のかっこつけた返事になんのリアクションもとらずさっさと行ってしまった。

 慌ただしい奴だ。

 まあ、上級生が引退して色々と大変みたいだし。

 今度応援くらい行ってやるかな。


「へえ、あれがあんたの彼女なんだ」


 遠くに消えていくゆゆの後姿を見ていると、落ち着いた声が後ろから。

 振り向くとそこには、


「マナ!?」

「なによ、人の顔見て驚かないでくれる?」


 少し不機嫌そうなマナがいた。


「す、すまんびっくりして。で、今なんて言った?」

「だから、あれがあんたの彼女なんでしょ?」

「は? んなわけあるか。あれは中学からの友達だよ」

「でも、あんたのこと話してる女子たちがみんな、バスケ部の子と付き合ってるって言ってたし」

「噂だよ。ていうか、なんでお前がそんな話知ってんだ?」

「か、勝手に話してきたからよ。別にあんたが誰と付き合おうと興味ない。私は魔女、あなたは」

「元、だろ。で、考えてくれたの?」

「……まだ」


 声を荒げてみたり、急におとなしくなったり。

 忙しいやつだ。でも、魔女の頃となんら変わらない。


 そういや、一度マナが不機嫌だった時、本気で消滅魔法をぶっ放してきた時は死を覚悟したっけ。

 なんであんなに機嫌悪かったんだろ……って、覚えてるわけないか。


「ほんと、昔から騒がしいよなお前って」

「お前って言うな。変な噂されるでしょ」

「あんたっていう呼び方もどうかと思うけどな」

「ふん、名前なんかで呼んでやるもんか」


 私は魔女の誇りを捨てたわけじゃないから。

 そう言って、彼女はそっぽを向く。

 

「まあいいや。でも、そういうとこも好きだよ」

「ちょっ、な、なにどさくさに紛れて告白してんのよ」

「なんだよ、好きっていうくらいタダだろ」

「そういう問題じゃない! ていうか告白するならシチュエーション考えろバカ」

「ロマンティックな場所で言われたいのか?」

「そ、そういうわけじゃなくて……ああ、もう」


 頭をがりがりとかいて。

 うまく言葉が出てこない様子のマナは、俺の方を大きな目でギロっと睨みながら「スケベ勇者め」と。


「何がスケベなんだよ」

「うるさい女たらし。どうせ学校中のかわいい子にそんなこと言ってるんでしょ」

「言ってない。告白は今までで二百回以上受けたけど全部断ってる」

「な、なんでよ」

「お前が好きだからだよ、それ以外あるか?」

「……なんなのよ、ほんと」


 マナが、ちょっと顔を赤くする。

 こうやって、好きと言ってたら彼女はすぐ照れる。それも昔から一緒だ。

 ただ、だからこそいけそうと思わされるのだけど、最後は結局ギャーギャー言ってうやむやにされて転移魔法で家に帰される。

 今はさすがに魔法、使えないよな?


「ま、そういうことだから。お前が首を縦に振るまで言い続けてやるよ」

「迷惑行為で訴えるわよ」

「訴訟中に愛を叫んでやる」

「なによその変人行為は。なんで、そこまで」

「小さい頃の約束、覚えてないのか?」

「約束?」


 まだ八歳の頃だったけど。

 いじめを受けていたマナを庇ったあと、俺は泣きながら俺にしがみつくマナにむかって、子供らしからぬことを言った。

 

「一生、マナを守るから」


 今考えたら、俺のナルシストは先天的なものなんだろう。

 生まれつきのかっこつけ、生まれついての勇者気質。

 それが俺。


 で、マナは泣き腫らした目を細めて、


「約束だよ?」って言って、また泣いた。


 その時の約束は、俺の中ではまだ有効だ。

 相手との約束は必ず守る……っていいたいけど、多分マナの為なら約束なんてすぐ破る。

 好きな相手との約束だから全力で守る。

 それは勇者だからとか関係なく。

 でも、覚えてるわけないよな。


「いや、いい。ま、とりあえず今日からは一緒に帰ろうぜ」

「なんでサラッとナンパしてんのよ」

「いいだろ別に」

「……考えとくわ」


 また、考えとくと。

 はぐらかして彼女は今度は先に早足で行ってしまった。


 その背中を見ながら、俺も少し考える。

 もしかして、考えとくって言葉って答えをはぐらかすための方便なんじゃないかと。


 ……柄にもなく、不安になってるな俺。

 ま、好きな子が相手なら、勇者の力なんて無力ってわけだ。



「な、なんなのよ朝から……」


 レイから逃げるように学校に来て。

 少し息を切らしながら校舎の裏で一人呟く。


 あんなに好き好き言われたら、誰だって意識するってわかるでしょ!

 ほんと、昔から変わってない。

 躊躇なく、場所も考えずに好き好き言ってくるあの感じ、ほんと……。


 ほんと……私のこと好きなんだな、あいつ。

 毒の沼でも、魔王城の牢屋でも、ギロチンの前でだって私に告白してきて。

 約束……覚えててくれたんだ。

 バカみたいだけど、言われるのを毎回期待してる自分もほんとバカがうつってる。


 考えるって、何をどう考えたらいいのよ……。

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