前世で100回フラれた魔女に転生先で奇跡の再会を果たしたので、元勇者の俺は彼女に101回目の告白をします

天江龍(旧ペンネーム明石龍之介)

プロローグ1 生まれ変わっても君のことが好き

「最後に言い残すことはあるか」


 民を救い、国を救い、世界を救った勇者の末路。

 それがまさか国家反逆罪による処刑なんて。

 呆れて言い残すこともない。



「なにも。さっさとやれ」

「最後まで勇ましきものだ。さすがは大精霊アイリス様の寵愛と加護を受けたものだと、その精神を称賛しよう。しかし同時に魔女に魅了された裏切り者め。己が罪、死をもって償うがよい」


 かつては俺に頭のあがらなかった、アルトリア国の王。

 五百年以上の歴史があるこの国の象徴。


 彼の住むアルトリア城がよく見える高台で数十人の兵士を引き連れて、十字架に縛りつけられる俺を見て少しニヤリと笑う。


 昔から長いものに巻かれる性格で、身の保身ばかり考えてるようないけ好かないじじいだと思ってたけど。

 って……今更何を言っても無駄、か。


 


「撃てー!」


 柱に縛られた俺は、無数の弾丸を受けた。

 痛いのは一瞬だった。

 すぐに意識が朦朧としていき、龍の炎ですら耐えられるまでに鍛えた肉体もやがて穴だらけになっていき。


 俺は死んだ。

 かつて世界の希望と崇められ、世に平和をもたらした勇者、レイ・アクアリムはその短い生涯を全うした。



「おっはよー、水瀬くん」

「おはよ、水瀬君」

「水瀬君、やっほー」


 爽やかな朝の通学路に、黄色い声が飛び交う。

 それは全て俺に向けられてのもの。

 道行く男子たちからの妬ましい視線を感じつつも、俺は彼女たちに手を振って微笑む。


 かつて俺は、別世界で勇者だった。

 なんて言えば頭がおかしい奴だと思われるかもしれないが実際そうなのだからそうとしか言いようがない。


 勇者、レイ・アクアリム。

 これが俺の前世での名前。

 まあ、色々あって最後は処刑されるという不名誉な勇者になってしまったが、死後に俺は転生した。


 日本という国で、普通の家庭に生まれた。

 水瀬玲みなせれい、それが今の俺の名前だ。


 幼少期から前世の記憶と力を強く宿していた俺は神童としてあがめられ、小学校の時には世の中の漢字を全てマスターし、中学の頃に誘われて無理やりやらされた野球では投げるたびに完全試合を達成し、テレビの特集まで来たほど。


 末は博士か大臣か……ってこれはもう死語に近いか。

 とにかく何をやっても優秀で、呑み込みが早く、どこに行っても注目の的ってわけ。

 あと、イケメンなんだとか。

 まあ、かっこいいと言われることは気分が悪いものでもないし、別に謙遜する理由もないので俺はイケメンだ、とでも言っておこう。


 ただ、注目を浴びるのは疲れたので高校では何の部活にも入らずにプラプラしてる俺だけど。

 それでも人気は相変わらず。

 朝から、通学路で俺に声をかけてくる女子生徒は後を絶たない。


「水瀬君、おは」

「ああ、おはようゆゆ」

「今日も相変わらずモテモテだねー。なんで彼女作んないの?」

「別に。今は楽しいからそれでいいって」

「できる男はいうことが違うねえ」


 ゆゆ、と俺が呼ぶ彼女は湯浅優奈ゆあさゆうな

 ショートヘアが良く似合うスポーツ少女の彼女とは家が近所なこともあって中学の頃からこうして学校に一緒にいくこともしばしば。

 バスケ部のホープと呼ばれ、愛くるしい笑顔と、笑った時の八重歯が特徴的な彼女は学校三大美女の一人なんて言われるほどの人気者。

 で、俺は俺でこのへんでは知らないやつはいない有名人だから、勝手に俺たちのことを付き合ってると噂してるやつもいる。


 ま、それはないんだが。

 俺には、好きな人がいるから。

 それはこいつにも言ってある。


「ねえ、今日転校生が来るって聞いた?」

「転校生? いや、知らんけど」

「なんか超美人だって噂。この前学校見学に来てた時に見た子が言ってた」

「ふーん。美人ねえ」


 そりゃ美人がくるって訊いたら期待しないでもないけど。

 でもまあ、俺には関係のない話だ。


 俺には心に決めた人がいて。

 その子の為には命すら惜しくなくて。

 でも、会うことは一生叶わない。


 だから恋なんてすることはもうない。

 せっかく生まれ変わったんだからと言われるかもしれないけど、俺は元勇者として自分ができることを探しながら、産んでくれた親に孝行して。

 やがてその寿命を全うできればそれでいい。

 

「じゃあ水瀬君、朝練行ってくるから」

「おう、頑張れよ」


 先に走っていくゆゆに手を振っていると、俺たちの姿を見て「アオハルー」と騒ぐ女子たちがいた。

 アオハル。青春、ねえ。


 まあ、もし俺の心を揺り動かすほどの出会いでもあれば、俺も青春なるものを全うするのかもしれないけど。

 ない、かな。 

 俺の中で、あいつを超える女に出会うことなんて。



「今日は転校生がきますよー」


 朝のホームルームが始まると、無駄にテンションの高い担任の女教師が開口一番、そう言った。


 苦手なんだよな、あの感じ。

 今年で三十歳、独身でハイテンション。

 絶対酒の席で鬱陶しい女だろうなあれ。


「じゃあ、入ってきてー」


 入り口の方を手で指すと、ガラガラと教室の引き戸があく。


 そして、ゆっくりと歩を進めて中に入ってきたのは女の子。

 ゆゆの話通り、随分と綺麗な……。


「え?」


 思わず声が出てしまったが、俺のことなど気にすることもなく、みんな彼女に夢中な様子。

 それもそのはず、目の前に現れた女子は、到底この世のものと思えないほどの美人だったから。


 長い髪を高く括ったポニーテイルが良く似合う、力強い目つきの凛々しい顔立ち。

 鼻筋は綺麗に通っていて、きゅっと閉じられた口元は有無を言わせぬ迫力すらある。

 可愛い、綺麗、だけどかっこいい。

 そんなすべての要素を持ち合わせたような彼女に、皆が魅了されている。


 そして俺も。


「……マナ?」


 かつて俺が愛した女。 

 前世で、俺が死ぬ間際まで頭に思い浮かべたその顔がそこにある。


「初めまして、篠崎真奈しのざきまなです」


 その自己紹介を聞いた時、俺にビビッと電気が走る。

 あれは間違いなく、マナだ。

 かつてアルトリア国を恐怖のどん底に陥れたとされる、災厄の魔女。

 そして、俺が唯一愛した女。


「やばっ、可愛すぎねえかあの子」

「まじかよ、美人なんて騒ぎじゃねえぞ。連絡先きこっかな」

「相手されるかよ。でも見てるだけで癒されるわあ」


 クラスの連中も、彼女のあまりに整った容姿に動揺を隠し切れない様子。

 先生が数分なだめて、その後で「篠崎さんは水瀬君の隣ね」と。


 そして俺の右隣に、彼女はやってくる。

 俺は、その一挙手一投足を見逃さない。

 俺より少し低い背。

 歩くときにかつかつと音を立てる足音。

 座る時に右の肘をつきながら頬杖をつく仕草。


 ……髪色こそ、輝く銀髪ではなく黒いけど。

 間違いない、マナだ。

 でも、どうして?

 彼女はあの時、死んだはず。

 俺の目の前で……いや、そうか。

 彼女もまた、俺と同じく転生したのか。

 でも、まさか転生先が同じなんてそんな偶然があるのか?

 それに、前世の記憶が俺みたいにあるとは限らない。


 確かめてみるか。

 ……落ち着いて、冷静にだ。

 胸の高鳴りを悟られないように。


「初めまして、篠崎さん。俺、水瀬です。よろしく」


 とりあえず声をかけてみた。

 普通の女子ならそれだけでワーキャー騒ぐのだけど、冷静な態度を崩さない彼女は頬杖をついたまま。

 ゆっくり俺の方を見ると、目を丸くした。


「……なにやってんの、あんた?」

「え?」

「いや、レイじゃん。なんであんた、転生してんの?」

「え、いや、それは……あれ、わかる?」

「そりゃあ。あんだけ殺し合った仲だし、あんたの顔、忘れるわけないでしょ」

「そ、そっか」


 なんとまあ、記憶もしっかり残っていた。

 気怠そうに俺のことをあんたと呼ぶその感じ、間違いなくマナだ。


「あ、あの」

「はい、水瀬君私語は禁止よー」

「あ」


 ここが教室だってことすら忘れて前のめりになる俺を先生が止めて。

 少し教室で笑いが起きてから授業が始まった。


 もちろん俺は隣にいる彼女のことばかり横目でみていて。

 一方で静かに教科書を読むマナは、俺の方など見向きもしなかった。



「ねえ、篠崎さんってどこの出身?」

「篠崎さん、シャンプー何使ってるの?」

「ねえ篠崎さん」


 休み時間、すぐに転校生の元へ女子が群がっていた。

 以前なら俺のところにやってきてた連中も、今日ばかりは彼女に夢中だ。


 やれやれと、皆に囲まれてあたふたしながら対応する彼女を見て、しかしちょっと和む。

 生きてたんだ。

 それに、今はもう魔女じゃないみたいだし。

 平和に過ごしてるんだと思うと、少し泣けてきそうだった。


 で、そんな彼女は終日解放されることはなく。

 ようやく一人になったのは放課後になってから。


 閑散とした教室で、何も言わずに帰ろうとするマナを、俺は呼び留めた。


「おい、マナ」

「なに? 今日は疲れたから手短にお願いね」


 と、手厳しい。

 かつて勇者と魔女という立場で争った関係の相手が、転生先で奇跡の再会を果たしたというのに彼女はそっけないというか興味のない様子。

 一方で俺はガッチガチに意識して、いつものように振る舞えない。

 なにせ、好きな相手と十数年ぶりに再会したのだ。

 当然である。


「ひ、久しぶりだな」

「そうね、十六年ぶり? ま、私が死んだあと、あんたが何年向こうで過ごしたか知らないけど」

「ま、まあ、色々あったっていうか」

「ふーん。じゃあ私が死んだあと、ちゃんと英雄扱い受けてちやほやされて、天寿を全うして今ってわけ?」

「……すぐ死んだよ」


 俺は、魔女を倒したあとすぐに死んだ。

 表向きは彼女と闘いながらも、彼女に惚れていた俺はことあるごとにお忍びで会いにいって、好きだと何度も何度もアプローチして。

 まあ、もちろん全敗。

 一度も首を縦に振ってくれることはなく、彼女は魔女としての責務を全うしていた。

 で、そんなことをやってたのがバレて。

 処刑された。

 マヌケな話だ、全く。


「……すぐ、死んだ? 病気?」

「まあ、話せば長くなる。帰りながら話さないか?」

「別にいいけど。あんた、人気者らしいじゃん。私なんかと帰ってていいの?」

「いい。お前、俺の気持ち知ってるだろ」

「……まだ、好きなの?」


 照れるというより呆れた表情で。

 彼女はそう言ったあと、ため息をつく。


「はあ……何回も言ってるでしょ。私とあんたは魔女と勇者。結ばれることなんて、あり得ないの」

「……今は違うだろ」

「そ、そりゃあそうだけど。でも」

「好きだ。マナ、俺と付き合ってくれ」


 こんなセリフ、百回は言った。

 その度にいつも、「バカじゃないの」と一蹴されて、その後彼女の転移魔法で自宅まで強制送還されて。

 そんなバカを百回やったけど。

 百一回目でも俺はめげはしない。


「……なんで」

「好きだからって言ってるじゃんか」

「だから、なんでまだ好きなのよ」

「それこそ話せばキリがない。とにかく、好きなものは好きなんだよ」

「……ふーん」


 放課後の教室で、彼女は一度席に座り直すとまた頬杖をつく。

 夕陽が窓から差し込むと、彼女の白い肌が赤く染まる。

 そして、少し目を細めながら彼女は俺に向かって、


「考えとく」

 

 そう言った。

 今まで、一度だって言われたことのないセリフだった。


「え?」

「とにかく、今日は疲れたから。また明日ね、レイ」

「あ、ああ」


 頭が真っ白になって茫然とする俺をよそに、彼女はさっさと教室を出て行った。

 俺は、カラスの鳴き声を聞きながらしばらくその場を動けず。


 やがて、夕陽が沈んで教室が真っ暗になったところで我に返って。

 一人寂しく校舎を出た。




 

 

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