第22話「副堂沙緒里、禁断の儀式について語る」
──その頃、
「杏樹姉さまがいけないのです。私は、ここまでするつもりはなかったのに」
そこには高貴な者のみが知るという
術の名前は『
『
『
人によってはこれを『
だが、構わない。
沙緒里が杏樹に勝つ方法は、これしかなかったのだから。
「杏樹姉さまが
杏樹の名前を口にするたび、沙緒里の身体は震える。
それが
ずっと付き合ってきたその感情は、沙緒里の一部になってしまっている。
小さいときのことを覚えている。
杏樹が、
霊獣とは、霊力で押さえつけて、支配するものだ。
沙緒里もそうしてきた。
力が足りないときは、
なのに杏樹は自然と霊獣を従わせていた。
契約をすることもなく、まるで、彼らの長年の友達であるかのように。
その時の沙緒里は純粋に『うらやましい』と思った。
自分にできないことをする杏樹を、無邪気に尊敬することができた。
その気持ちが
5年前、杏樹とその父が襲撃された事件に、
ただ、『いい気味』だと思った。
これで杏樹も、変わるだろう。心が折れてしまうだろう、と。
巫女姫の地位など投げ捨てて、ただの少女になっていたかもしれない。
けれど、再会した杏樹は、さらに成長していた。
(…………どうして沙緒里が、こんな敗北感を味わわなければいけないの)
そんなことは、ありえないはずだった。
沙緒里の母は、
その一人が、沙緒里の母だった。
その選考は、おそろしく
能力、性格、血筋さえも調べられ、高倍率の試験を受けなければならない。
それだけの関門を通り、さらに陛下と高官たちが認めた者だけが、巫女衆と陰陽寮に所属できる。首都である
父が
結婚したとき、父は天にものぼる心地だったそうだ。
『──
『──なんと光栄なことだろう』
『──兄の暦一に、この気持ちはわかるまい。あの方は庶民の娘を嫁にしたのだからな。なんとまぁ、人を見る目がない人だ』
当時の父はそんな言葉を繰り返していたと、沙緒里は、側近の者から聞いたことがある。
父の気持ちは、よくわかる。
沙緒里も父と同じくらい、亡き母を
『──沙緒里。あなたには力があるはず』
だから──沙緒里は母の言葉を、ひとつ残らず覚えている。
『わたしの血を引いているのですもの。こんな小さな町の代官の娘で終わるはずがないの』
『わたしの血を引いているのですもの。もっと、霊力は強いはず』
『わたしの血を引いているのですもの──絶対──に──逆らうことは──』
「…………大丈夫です。お母さまの願いは、叶います」
母は、杏樹に対する
小さなころの沙緒里は、どうかしていたのだろう。
杏樹を尊敬して、あこがれるなんて……そんなこと、あってはいけないのに。
あやまちは、正さなければいけない。
自分は──沙緒里は、杏樹より上でなければいけない。
父はいつまでも、紫州候の配下であってはいけない。
それは父にも、わかっていたのだろう。
杏樹の父、
以前より交流があった
杏樹たちは必死に紫堂暦一を逃がしたようだが、そのせいで対応が遅れた。
沙緒里の父と、
そうして杏樹は沙緒里のもくろみ通り、鬼門へと追放された。
「でも、杏樹姉さまには、この
沙緒里は
「杏樹姉さまには生きて、
1ヶ月と少し前、沙緒里は少数の部下を連れて、鬼門に向かった。
その
それは鬼門にたまった邪気を利用し、【
その【鬼】に杏樹を襲わせるための儀式だった。
儀式の日、沙緒里はすべての霊力を使って、【鬼】を
声は、届いた。
【鬼】はゆっくりと、時間をかけて、この世界へと出現する。
杏樹が鬼門に着くのと、時を同じくして、あの土地には強力な【鬼】が出現するはずだ。
儀式で
杏樹を喰らい、取り殺そうとする。
その名は【ヨミクラノヤミオニ】。
それは、死後の世界に棲まう鬼だ。
生者をうらやみ、死へと引きずり込みたがる習性があるため、狙った獲物を追い続ける。
そうすれば周囲の者は、杏樹こそが被害をもたらすものだと知るはずだ。
そうして杏樹自身も『
そうなったら沙緒里は兵を出し、【鬼】と杏樹を紫州から追い払う。
『【鬼】に取り憑かれた杏樹は、それだけの邪気と、罪を背負っている。巫女姫である副堂沙緒里の手によって、紫州より追放されなければいけない』
──沙緒里自身が、そう宣言することで。
それで『
(なんとすばらしいことでしょう)
ずっと
紫州は名実ともに、副堂親子の者となる。
そうして、
そうして沙緒里は──母の願い通りに──杏樹を超える。
その上、沙緒里の子は
亡き母もきっと、
沙緒里の未来は輝いている。目がくらみそうになるほど──
「…………あら?」
不意に、沙緒里は
座卓に手を突き、倒れそうになる身体を支える。
「少し……疲れているようね」
『
あれは難しい儀式だった。
神官たちが補助してくれなければ、沙緒里が霊鳥【
助けてくれたのは、
父が呼んだのだろう。亡き母の知り合いだと聞いている。
話術が
だから沙緒里は、杏樹を追い払うことについても相談した。
(そうしたらあの人たちは……【鬼】では不足だと…………【ヨミクラノヤミオニ】では足りないと)
沙緒里の母の気持ちを、もっと尊重するべきだと──
杏樹を消したいのならば、もっと強力なものを呼び出すべきだと──言って。
ぱさり。
沙緒里の手が滑り、書物が
畳の上で広がった書物には、ところどころに書き込みがあった。
朱筆で、術のやり方が書き換えられている。これは、最初からあったものだろうか。
不思議に思って手を伸ばすと、書物に
【ヨミクラノヤミオニ】──と。
「この
ならば、これは鬼門に置いてくるものだったはず。
(それが……どうしてここに?)
奇妙だった。
鬼門で儀式を行ったときのことが、よく、思い出せない。
儀式の最中、すぐそこに神官たちがいたことは覚えている。
鬼門の社に、呪符を置いてきたことも。
けれど、思い出せるのはそれだけ。
だとすると──
(……でしたら、将呉さまは、予備の呪符を下さったのでしょう)
沙緒里はそう考えて、うなずく。
きっとそうだ。
だって、
彼らは『二重追儺の儀』に協力し、『
『霊鳥継承の儀』は正しく成功している。
だったら、『二重追儺の儀』も、うまくいっているはずだ。
間違えるはずなんて、ない。
もしも間違えたとしたら、一体、沙緒里は、なにを呼び出したというのだろう?
儀式は成立している。
鬼門の異常事態についての、情報も入ってきている。
そうして、沙緒里はもう、自分が呼び出したものの名前を覚えていない。
「そうです。
『二重追儺』の儀式は、将呉が教えてくれたものだ。
彼なら、きっと謎を解いてくれるはず。
──どうして、沙緒里の身体から疲労感が消えないのか。
──どうして、こんなに不安なのか。
──どうして、『二重追儺』の儀式のときの記憶が消えているのか。
将呉なら、教えてくれるはずだ。
「……『愛しい将呉さま。沙緒里は、いつもあなたのことだけを
沙緒里は、手紙を書き始める。
──杏樹はもう、鬼門の関所を
──『ヨミクラノヤミオニ』と出会っただろうか。
──沙緒里の方が、杏樹より優秀なのだと、わかってくれただろうか。
そんな
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