第12話「州都の陰謀(後編)」

 ──紫州の屋敷で──




「州候代理も、なかなか思い通りに動いてはくれないものだな」


 ここは紫州の州都にある屋敷。

 州候代理が『自由にお使いください』といって貸してくれたものだ。

 蒼錬将呉そうれんしょうごは、ここを紫州ししゅう常宿じょうしゅくにしていた。


 屋敷にいるのは、腹心の部下と、その部下がやとった者たちだ。

 ここでの話が外に漏れる心配はない。

 たとえ相手が、紫州候代理であっても。


「こちらを警戒しての策か、自然な反応か。どちらにしても、楽はできないな」


 蒼錬将呉は、困ったような顔で、


「紫州の歴史について調べたかったのだがな。蔵書ぞうしょを読もうとしたら断られた。やり方がまずかったようだ。策士には向かないな、私は」

「ですが州候代理しゅうこうだいりは紫堂杏樹を、鬼門へと追放したのでしょう?」


 側に控えていた少女が訊ねる。

 着ているのは執事服しつじふくだ。

 手にしているのは紙の束。

 将呉が紫州と関わるようになってからのことを、すべて記録しているらしい。


 そんな部下を見ながら、将呉は、


「ああ。予定通り……というよりも、沙緒里どのの望み通りにな。州候代理どのは、娘に頭が上がらないらしい」

「事がうまく進めば、将呉しょうごさまはいずれ、紫堂杏樹と会うことになります」

「そうだな。沙緒里どのを利用するかたちになってしまうが」


 将呉は参謀の少女から視線を逸らし、腕組みをした。


「沙緒里どのには悪いことをしている。わかってはいるのだ。だが、利用できるものはする。機会を逃すのは愚か者──これが、代々の錬州候れんしゅうこうの方針だからな」

「はい」

「父は杏樹どのの父君を警戒していた。あの方は優秀だ。その上、紫州には謎が多い。隣の州の主としては、傀儡かいらいが州候になってくれた方が有り難い」

「そして追放された紫堂杏樹を、錬州こちらの側に取り込むのでしょう?」

「取り込みたいものだな。彼女なら、紫州の歴史を知っているかもしれぬ」

「失われた州について、ですね」

「そうだ。その手がかりは、この紫州にある」


 この国には、8つの州と、8人の州候が存在している。

 その中心にあるのが、皇帝の住む煌都こうとだ。


 だが、一説によれば、元々は9つの州があったらしい。

 その州は強力な霊獣を所有していたが、いつの間にか消えてしまった。

 おそらく、他州に併合されたのだろう。


 その記録を将呉の父が見つけたのは、2年前。

 とある村に立ち寄って、古文書を見つけたのがきっかけだった。


 将呉の父は『初代皇帝も恐れた霊獣』という文章に興味を持った。


 皇帝と、皇帝が従える霊獣は、国内最強と言われる。

 また、皇帝の部下たちも強力な者がそろっている。


 さらに呪術を操る陰陽師おんみょうじ巫女衆みこしゅう。陰謀を操る軍師たち。

 すべてが皇帝のためにある。


 もちろん、将呉の父も皇帝に逆らうつもりはない。

 しかし、対抗手段は手にしておきたい。


 皇帝と煌都こうとが持つ力が、いつ錬州に向けられるかわからないからだ。

 特に恐ろしいのは、煌都から来る絡め手だ。


「州候代理は、煌都の巫女衆から、妻をめとったのでしたね」


 ふと気づいたように、参謀の少女は言った。


「奥方はすでに亡くなられているようですが、煌都こうととの繋がりは保っているようです」

「それにしても、煌都の巫女衆を妻にするとは勇気のある方だ。私にはとても無理だな」

「普通に考えれば、名誉なことでしょう」

「……どうだろうな」


 少女の言葉に、将呉は苦笑いを返す。


「いずれにせよ、沙緒里どのは巫女衆の血を引いている。人脈もある。行動力にも長けている。なにごともなければ、州候代理の良い後継者になるだろうよ」

「なにごともなければ、ですね」

「嫌な言い方をするなよ。わが参謀、師乃葉しのは

「失礼いたしました」


 師乃葉と呼ばれた少女は、一礼した。

 彼女だけは、州候や将呉しょうごへの立礼りつれいが許されている。

 椅子に座った将呉を見下ろすことになっても、とがめられることはない。


 それは将呉しょうご錬州候れんしゅうこうだけが知る、彼女の出自によるものだ。


「今回の件について、将呉さまが責任を感じることはございません」


 参謀、師乃葉は胸に手を当てて、宣言した。


「沙緒里さまに呪術書じゅじゅつしょを渡すことをおすすめしたのは、わたしです。すべての責任はわたしにあります」

「そうすると決めたのは私だ。背負うな。師乃葉よ」


 将呉は肩をすくめてみせた。


「で、沙緒里どのは実行したと思うか。あの呪術を」

「あの方の性格からすれば、間違いなく」

「ならば、良い結果を待つとしよう」


 そう言って将呉は、師乃葉の手を取った。


「……この地には慣れたか? 紫州は気温が低い。温かくしておけ」

「初夏です。なんともありませんよ」

「お前がいてくれなければ困る。師乃葉」


 将呉は、優しい声で、


錬州候れんしゅうこうの一族は、利益優先りえきゆうせんで動くように教育されている。お前がいなかったら……私は、利益のために部下を犠牲にするようになっていただろう。お前を部下にできたことを幸運に思うよ。師乃葉」

「もったいないお言葉です」

「……副堂の沙緒里どのには、悪いことをしている」


 将呉は、ぼんやりとつぶやいた。


「あの方をめとることはない。父もおそらく、そう考えているだろう」

「ご主君の意図は錬州れんしゅうの序列を上げることと、煌都への対抗策を得ることでしょう」

「ああ。父は・・そうだろうな・・・・・・

「……将呉さま」

「私にはわからぬよ。副堂勇作どのと沙緒里どのの気持ちが。なぜ州候のような不自由な立場を望まれるのだろう。むしろ、追放された杏樹どのがうらやましいよ」

「ですが紫堂杏樹は、こちら側に取り込まねばなりません」

「ああ。だから、これは個人的な感情だよ。安心しろ。お前にしか話さぬ」


 将呉は苦笑した。

 それから師乃葉の手を引き、自分の隣に座らせる。

 すぐ側にいる参謀の顔を見ながら、彼は、


「私はまだ州候ではない。父の意思には従うさ。誰もが認める錬州候れんしゅうこう嫡子ちゃくしとして、今のところはな」


 皮肉っぽい口調で、そんなことをつぶやいたのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る