第7話「護衛、異常事態を知る」

「父さん!」

「ああ、あかね……無事でよかった」


 商人の須月さんは、再会した娘さんを抱きしめた。


『柏木隊』の人たちは、茜さんを逃がすために送り出したそうだ。

 そのために必死で、魔獣の囲みを破ったらしい。すごいな。


「いや、すごいのは君の方だ」


 衛士の隊長、柏木さんは言った。


「魔獣の動きをあっという間に封じて、止めを刺していた。衛士の俺たちには手の届かない技だ。さすがは『虚炉うつろ流』といったところか」

「いえいえ、俺の技は『虚炉流』の邪道ですから」

「それは関係ない。助けてもらったことに代わりはないのだからな」

「柏木さんたちこそ、大変でしたね」

「ああ……怪我人も出た。オレも、この有様だ」


 柏木さんの右腕と両足には、包帯が巻かれていた。

【クロヨウカミ】の群れに斬り込んで、反撃を食らったからだ。


「命があっただけ幸いだがな。しかしこのザマだ。当分、仕事はできそうにない」


 柏木さんはため息をついた。


「力不足を実感するよ。霊獣れいじゅうがいれば、もう少し有利に戦えたんだろうが」

「霊獣ですか……」


 確かに、霊獣は衛士えじや兵士にとってあこがれだからなぁ。

 霊獣と契約した衛士は強くなる。

 前世の言葉で言えば、覚醒かくせいしてパワーアップする。


 ただ、霊獣や霊鳥は基本的に、州の霊域で管理されている。

 霊域にいる霊獣と契約できるのは、巫女姫に認められた者だけだ。

 紫州で霊獣をもらえるのは、最上位の近衛兵くらいだろう。


 野良の霊獣と契約することもできるけれど……野良の霊獣は気難しい。

 出会うことも滅多にない。いたとしても、なかなか人を近づけない。

 その上、相性の問題もあるそうだ。


 だから、兵士や衛士にとって、霊獣は永遠のあこがれなんだ。


「とにかく、君には世話になった。この恩は忘れない」


 柏木さんはそう言って、かちん、と、太刀を鳴らした。


「『柏木隊』の隊長、柏木は君の味方だ。力が必要なときは言ってくれ。もっとも、オレの身体が治ってからになるがな」

「ありがとうございます。その時は、お願いします」

「あたしも、お礼を言わせてください!」


 声がした。

 振り返ると、商人の娘の須月茜が、こっちを見ていた。


「あたしと父さんを助けてくれて、ありがとうございました」

「いえいえ」

「弟子にしてください!」


 いきなりだった。

 須月茜は俺の前で、土下座した。


「お茶くみから洗濯まで、なんでもします。どうか、弟子にしてください!」

「え?」

「あ、あたし、自分の武術がまだまだだって知りました。だから、もっと強い人の弟子になりたいんです。弟子にしてくれたらなんでもします。魔獣との戦闘時は、盾にしてくださっても……お、お父さん。今、師匠とお話をしているの。どうして引っ張るの──」

「申し訳ありません。月潟さま、忘れてください」


 少女は父親に口を押さえられ、荷馬車の方に引っ張られて行ったのだった。




 その後、杏樹さまと商隊との間で話し合いが行われた。


 杏樹さまは、即座に次の村に向かうことを決めた。

 血のにおいにかれて、他の魔獣が現れるかもしれないからだ。


 商隊は、俺たちと同行することになった。


 ここからだと鬼門方面の村まで2時間、州都方面の町までは半日。

 護衛である『柏木隊』が十分に働けない状態の今は、俺たちと一緒の方が安全だ。

 それに荷馬車をいていた馬が、魔獣にやられてしまった。

 このままでは進めない。だから──


「わたくしたちは換え馬を用意しています。それをお貸ししましょう」


 杏樹さまの申し出に、商人の須月さんはひざまづいて感謝した。

 衛士の柏木さんたちに延長料金を払うことになるけど、それは仕方ない。


「我々は何度も、鬼門の村と州都を往復しております」


 商人の須月さんは青ざめた顔で、そんなことを言った。


「ですが、ここまで強力な魔獣に襲われたことは、いまだかつてありません。それに、魔獣はこちらの護衛を恐れていませんでした。こんなことは初めてです」

「あなた方は鬼門の村からいらしたのですよね?」


 杏樹さまは訊ねた。


「出発前に気づいたことはありませんでしたか?」

「……鬼門では、兵を引き上げているようです」

「鬼門の兵をですか?」

「だから、私どもは商売を途中で切り上げたのです」


 商人の須月さんは言った。


「鬼門に通じる街道には、魔獣を防ぐための砦と関所がございます。それは山の魔獣を討伐するためと、鬼門周辺の魔獣を外に出さないという目的で作られているとうかがっております」

「存じております」

「私どもも、通るたびに兵士の皆さまにはお礼を差し上げております。ですが……今回は、兵士の方々は、2、3名しかいらっしゃらなかったのです」

「普段はどうなのですか?」

「十数名の方が見送ってくださいます」

「……それは、おかしいですね」


 杏樹さまは顎に手を当てて、考え込むようだった。

 詳しい話は後、ということにして、俺たちは街道を北東に移動しはじめた。


 杏樹さまは馬車の中。俺は桔梗や杖也老とともに、馬車の隣を歩き出す。

 馬車の後ろを、商人さんの荷馬車がついてくる。

 大所帯だった。

 でも、これだけ人数がいれば、魔獣に襲われる可能性は低いだろう。

 たぶん、だけど。


 商人さんの荷馬車には、商人さんと家族、それに柏木さんが乗っている。

 足に包帯を巻いた柏木さんは、複雑そうな顔をしている。

 守る役目の者が荷馬車に乗るのは、気が引ける、と、さっき言っていたっけ。


 商人さんは杏樹さまに感謝していた。

 あの人や『柏木隊』が、杏樹さまの味方になってくれるといいんだけどな。


「でも……異常事態、か」


 鬼門は、ただでさえ魔獣が多い場所だ。

 そこでの異常事態となると……正直、想像がつかない。

 関所の兵が減っていたというのも気になる。何事もなければいいんだけど。


 そんなことを考えながら、俺は次の村へと向かうのだった。

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