第6話「護衛、新たな術を試す」

『────グルル』


 数メートル先に、親玉の魔獣がいる。

 熊みたいなサイズの狼だ。色は黒。身体のあちこちに、赤黒い傷跡がある。


 頭には3本の角。動きの速い狼にとっては強力な武器だ。

 奴はぶっといあしで地面を踏みしめて、俺をにらみつけている。

 すぐに攻撃してこないのはボスだからか。さすがに落ち着いてるな。


「……肉体労働って大変だよなぁ」


 本当なら、このまま逃げたい。

 ザコは倒したし、成果としては十分だ。


 でも、ここは紫州の鬼門の近くだ。

 こいつを逃すと、鬼門の村にちょっかいを出されるかもしれない。

 それで被害が出たら杏樹さまの責任になる。回り回って俺の老後に影響が出る。恩給の額とか、頭脳労働の職種とかに。


 だから、ここで倒すしかない。


「──かかってこい」


 とりあえず、魔獣を挑発ちょうはつしてみた。


「俺の流派は『虚炉流うつろりゅう』。祖父は『正当なる手合わせをもって強さを測るを心情とする』英雄 (自称)だ。どちらが強いか決めようじゃねぇか!」

『グォウウウウウオオオオオオオアアアアアアアア!!』


 効いた。


 親玉魔獣が絶叫を上げて、地面を蹴る。

 巨体がまっすぐ、こっちに向かって来る──と思ったら、奴の角が動いた。

 触手のようにうねりながら伸びてくる。まるで自在に動く槍のよう。


『魔獣の姿に惑わされるな』──そう言ったのは父さんだったっけ。

 父さんが最後の仕事で戦った魔獣も、異形だった。

 予想もつかないところから攻撃してきた。


 だから、対策は考えてある。

 街道を走ってたとき、銃声が聞こえてたからな。

 そのために、俺は一度、商隊のところに戻ったんだ。


「『虚炉流うつろりゅう邪道じゃどう』!」


 俺は魔獣めがけて、隠し持っていた袋を投げつけた。


『グォォアアアアア!』


 親玉魔獣が不快そうに首を振る。

 袋の中にあるもののにおいに気づいたんだろう。


 だけど、もう遅い。


 俺は棒手裏剣にくくりつけたそれを、袋に向かって投げる。

 くくりつけたのは、杏樹さまからもらった、発火の符。

 霊力を注ぐと炎を上げるやつだ。


 袋の中身は、衛士からもらった黒色火薬たまぐすり

 火縄銃に使われている、火薬だ。

 そのふたつがぶつかった結果──



 どぉん!



 魔獣の目の前で、黒色火薬たまぐすりが爆発した。


『グゥオオオオオオオオオオアアアアア!』


 親玉魔獣が絶叫する。

 爆音と衝撃、そして霊力混じりの炎を浴びて、不快そうに首を振る。

 でも、これでは魔獣は倒せない。

 濃密な黒い霧──『邪気衣じゃきえ』は爆発の衝撃さえも受け止める。

 霊力混じりの炎も、魔獣の体毛を焦がしただけ。

 致命傷どころか、傷ひとつ与えてない。


 だけど、目くらましにはなった。

 火縄銃を恐れない魔獣でも、目の前での爆発には、一瞬、感覚が飛ぶ。



『グォ?』



 だから奴は、俺がすぐ近くにいることに気づかなかった。

 俺が──忍びっぽく気配を消して、奴の首に太刀を振り下ろしていることにも。


「『虚炉流うつろりゅう邪道じゃどう』。名付けて『微塵隠みじんがくれ』」

『────ガァッ』



 ざくり。



 霊力を込めた太刀が、『邪気衣じゃきえ』を切り裂いた。

 そのまま親玉魔獣の首を、落とす。


 巨大な【オオクロヨウカミ】は、がくり、と膝を折り──そのまま、絶命した。


微塵隠みじんがくれ』は、さっき思いついた技だ。

 衛士さんが火縄銃を持ってたから、黒色火薬を分けてもらった。

 それに『発火の符』を組み合わせて、魔獣の目の前で爆発させてみたんだ。


 前世で忍者が使ってた『微塵隠みじんがくれれ』とは違うけど、魔獣を驚かすには十分だった。

 やっぱり、俺はこういうやり方の方が向いてる。


 今の俺は健康だけど、この健康がいつまで続くかわからない。

 いきなり、元の病弱な状態に戻ってしまう可能性もある。

 だから、できるだけ無理はしないようにしよう。


 祖父の『虚炉流は正々堂々とした戦いを旨とする!』という方針なんか知ったこっちゃない。

 そもそも、なんで忍者が源流なのに、正面きって戦おうとしてるんだよ。 

 あいつは『わしは先帝の護衛を務めたほどのものだ。そのワシの流派で、姑息こそくなことは許さん』とか言ってたからな。意味わからん。


 まぁ、もう関係ないけど。

 祖父には祖父の戦いが、俺には恩給をもらうまでの戦いがあるだけだな。うん。


 そんなことを考えながら、俺は商隊のところに戻った。


「終わりました。みなさん、ご無事ですか」

「……あ、ああ」


 隊長の柏木さんが、呆然ぼうぜんとした顔で俺を見ていた。


「オレたちが手こずった魔獣たちを、すべて瞬殺。これが、白鞘の人間の力なのか」

「いえ、みなさんが黒色火薬たまぐすりを分けてくれたからです」

「魔獣の目の前で爆発させるとは思わねぇよ!」

「それは杏樹さまが『発火の呪符』をくれたからです」

「それだけじゃねぇだろう……?」


 柏木さんは震える声で、


「あれは、魔獣の動きと、邪気の流れを完全に読み切ってなければできないはずだ」

「いえ、魔獣の動きって、だいたい邪気の動きでわかりますよね?」

「わからねぇよ。邪気が濃いか弱いかはわかるが、流れまでは……」


 あれ?

 いや、だって邪気の流れがわからないと『影縫い』できないじゃないか。

 あれは邪気の動きを読んで、そこに棒手裏剣を打ち込むんだから。


 いや、でも父さんはあの技、成功したことがなかったな。

『勘で打ち込むとうまくいかない』と言ってたけど……うーん。

 まぁいいか。


「とにかく、ご無事でよかったです。それで、魔獣の処理ですけど……」


 魔獣の遺体は素材になる。

 特に、体内に入っている『魔獣核まじゅうかく』は、高い値段で取り引きされている。

 流水で浄化すると霊力の塊になるからだ。

 儀式や、術の素材なんかによく使われてる。


「親玉の魔獣核だけ、もらってもいいですか?」

「そ、それでいいのか?」

「俺は、杏樹さまの命令で皆さんの支援に来たんです。仕事です。あれこれ要求するわけにはいきません。親玉の魔獣核をもらうのは……単純な興味ですね」


 親玉の【クロヨウカミ】は、巨大な変異種だった。

 それがどんな魔獣核を持っているのか、個人的に興味がある。

 まぁ、興味を満たしたら売るつもりだけど。


「構わない。オレたちでは親玉は倒せなかった。持って行ってくれ」

「ありがとうございます」

「……それにしても、強いな。君は」


 柏木さんはそう言って、苦笑いした。


「オレは『朱鞘』の衛士だから、それなりに強いと思っていた。だが、君は桁違いだ。もしかしたら君こそが、『虚炉流』の『無双剣』なのではないか?」

「やめてください」


 ……久しぶりに嫌な言葉を聞いたな。

『無双剣』は『虚炉流』の中で最強の使い手を指す言葉だ。


 代々1名が、その名前を継承する。

 これまでは祖父が、俺が村を出る前には別の奴が『無双剣』になっていたはずだ。


 現『無双剣』のあいつ……苦手なんだよなぁ。

 できれば、会いたくないんだけど。


「俺は『無双剣』ではありません。というか『虚炉流』を追放された身です。流派を名乗るのは禁止されてませんので使ってますけど……まぎらわしいなら変えますよ」

「い、いや、それはいい。とにかく、助かった。君は命の恩人だ」

「「「感謝する!」」」


 柏木さんと衛士さんたちが、一斉に頭を下げた。


「それにしても……奇妙なこともあるものだな」

「なにがですか?」

「オレはこの仕事を始めて長いのだが、これほど大量の魔獣に襲われたのは初めてだ。それに、邪気が強すぎる。『白砂流』の連撃が鈍るほどの『邪気衣じゃきえ』なんてはじめてだ」

「そうなんですか……」


 なるほど。

 鬼門の近くだから魔獣が多いと思っていたけど、そうでもないのか。


「よければそのお話を、杏樹さまの側近の方に伝えてもらえますか?」


 俺はふと思いついて、言ってみた。

 これから杏樹さまは鬼州の代官になる。

 異常事態が起きているなら、情報は共有した方がいいだろう。


「支援部隊が来ましたから、その人たちと話をしてください」


 街道の方から、兵士たちがやってくる。

 杏樹さまが派遣した支援部隊だ。

 俺は柏木さんを連れて、支援部隊に状況を伝えた。


 話を聞いた兵士さんは、本隊に伝令を飛ばした。

 さらに半刻が経ち、杏樹さまの馬車がやってくる。


 俺たちを見つけると、杏樹さまはすぐに馬車を降りて、


「なにがあったのか教えてください。零さま、商隊の皆さま」


 話を聞くために、俺たちの元へやってきたのだった。

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