第5話「到着した護衛、戦局をひっくり返す」
──数分後、魔獣に襲われている商隊で──
「魔獣を近づけるな──っ!!」
商隊を
鬼門からの戻り荷だった。
食料や娯楽品を運び、帰りに鉱石を運ぶのが、須月商会の仕事。
それを護衛するのが、衛士部隊の役目だ。
鬼門へは何度も往復している。
須月商会も、彼らにとってはお得意様だ。金払いはいいし、民間の衛士に対しても敬意を払ってくれる。これは魔獣が多く、民間の衛士の力に頼らざるを得ない紫州の特徴でもあるが、仕事をする衛士としては有り難い。
州によっては、兵士が衛士を見下すこともあるからだ。
だから、紫州では誇りをもって仕事をすることができる。
今回もそのつもりだった。
衛士の部隊は、鬼門まで、商隊の護衛をやり遂げた。
あとは、州都に戻るだけだった。
事態が変わったのは、鬼門周辺の兵が、妙に減っていることに気づいてからだ。
関所を守る兵、砦を守る兵、村を守る兵。
それらの数が、いつの間にか減っていた。州候が代替わりしたらしいから、その影響かもしれない。だが、急すぎた。
不穏を感じた衛士の隊長は、帰還を早めることを進言した。
商人の須月も、それに応じた。
関所は無事に通過できた。
だから、問題なく州都まで戻れると思っていたのだが──
まさか街道で、大量の魔獣に囲まれるなど、予想もしていなかった。
「なんだこれは。どうして、こんなに魔獣が活性化している……?」
『グォオオオオアアアアアアッ!!』
巨大な魔獣たちが叫んだ。
魔獣の名前は【クロヨウカミ】。
狼の姿をしているが、体長は熊よりも大きい。
不気味なのは、体表に無数の眼球があることだ。
しかも、身体が黒い霧のようなものに
だが、これほど濃密な『
邪気が濃すぎて、魔獣の姿が良く見えない。
黒い霧の向こうで、狼に似た姿がゆらゆらと揺らめいている。
それがさらに、衛士や商人たちをおびえさせる。
「……こちらの兵力は8人。魔獣は、20体か」
衛士の隊長、柏木はつぶやいた。
鬼州からの戻り道で、これほどの数に遭遇したのは初めてだ。
異常なことが起こっているのはわかる。
けれど、今は考えている場合ではない。
「オレたちは商人の須月氏のご息女を脱出させた! 魔獣の囲みを破ることはできるのだ! 恐れるな!!」
隊長の柏木は太刀を手に、声をあげる。
「ご息女が、すぐに助けを呼んできてくれるだろう。これほど魔獣が多いならば、近くに兵士が配置されていることは疑いない! それは『
掲げる太刀の鞘は、朱色に染め上げられている。
鞘の色は、衛士の実力を現す。魔獣討伐の実績が高いほど、輝かしい色に染まる。
柏木が掲げる『朱鞘』は、防人の位階の中でも第5位だ。
低いように見えるが、国内で『朱鞘』を手にしている者は百に満たない。
柏木の『朱鞘』は、衛士と商隊の士気を高めるには十分だった。
「「「おおおおおおおおっ!!」」」
「我々は魔獣を近づけなければいい! 時間を稼げ!!」
柏木は続ける。
魔獣は、衛士たちを遠巻きにしている。
まだ、奴らが間合いに入るまでには時間がある。それまでに態勢を整えなければいけない。それには士気を高めなければいけない。たとえそれが、空元気だとしても。
「……
震えるような声で、商人が言った。
彼は紫州を拠点とする商人で、名前は須月玄斗という。
顔色は蒼白。がたがたと歯を鳴らしている。
不安なのはわかる。大事な娘がただひとり、助けを呼びにいったのだから。
あれは、賭けだった。
商隊は完全に囲まれ、魔獣は異常に活性化していた。衛士たちは必死に戦い、敵を後ろにさがらせることには成功した。だが、仲間の数名が傷を負った。
──突破できないかもしれない。
隊長の柏木の脳裏に、そんな言葉が浮かんだ。
だから、囲みを破って少女を逃がすことにした。
助けを呼びに行かせるという名目だったが、本心は彼女だけでも生かすためだ。
街道に他の魔獣がいなければ、無事に村までたどりつけるだろう。
部下の衛士たちも協力してくれた。
依頼主は守る。あるいは、依頼主が大切にしている存在を守る。
それが『朱鞘』の柏木を長とする、『柏木隊』の誇りだった。
「大丈夫ですよ。須月さん」
隊長の柏木は、ぎこちない笑みを浮かべてみせた。
「それより、あなた方は隠れていてください」
「わ、わかっています。信じるだけです。茜は無事だと……」
「お気持ちはわかりますが、お静かに。敵が来ます」
魔獣たちはゆっくりと囲みを縮めてくる。
奴らは、集団での狩りになれている。
ならば、こっちが容易に崩せないことを示す。
まずは敵を
「銃兵は弾込め! 合図したら一斉射だ!」
「「「了解!!」」」
「当てなくてもいい。ただ、同時に放つようにしろ。いいな!」
銃の数は5丁。しかも旧式の
元々の目的は盗賊避けだ。旧式でも、飛び道具があれば有利に戦える。
そして、魔獣に対しての使い道は──
「放て──っ!!」
柏木の指示で一斉射。
山間に、
魔獣の身体のまわりで、火花が散る。衛士たちの狙いは確かだが、弾丸は魔獣には届いていない。黒い霧──奴らを守る『
霊力の
だから火縄銃が最も費用対効果が高い。高価な銃を買っても仕方がないからだ。
魔獣に効果を発揮するのは、銃弾の威力ではなく──
『……グガァ……グガガ』
近づいていた魔獣たちが、脚を止めた。
思った通りだ。
魔獣たちは、
「生活の知恵という奴だ。魔獣ども」
害獣避けに爆発音が使われるのはよくある。
同じように、銃声は魔獣をひるませることができるのだ。
特に、音に敏感な狼型【クロヨウカミ】には効果が高い。
耳をつんざく破裂音と火薬のにおい。どちらも魔獣には慣れないものだ。
だが──
「また来るぞ! 二度目は効果が薄い。撃ったらすぐに槍に持ち替えろ!」
言いながら、隊長の柏木は太刀に手を掛ける。
『朱鞘』の太刀は、魔獣討伐の実績があることの証明だ。
仕事をもらえるのもそのためで、だからこそ、商隊を守らなければいけない。
「あなた方は動かない。声をあげない。いいな」
柏木の言葉に、商人たちがうなずく。
その直後に二度目の銃声が響く。
『…………グルルゥ』
だが、魔獣が動きを止めたのは一瞬だけ。退く様子はない。
即座に、衛士の柏木は判断を下す。
「まずはオレが斬り込む。恐れるな!」
「「「応!!」」」
銃声で、時間稼ぎは出来た。
近くに兵がいたなら、音が聞こえていたはず。
ならば、救援要請にもなったはずだ。
商人、須月の部下は優秀だ。柏木たちの指示通りに盾を構えてくれている。
おかげで槍と盾での壁ができた。
銃声で魔獣をひるませたことも効いている。戦える相手だと、皆が理解してくれた。これなら、なんとかなるかもしれない。
隊長の柏木がそう考えたとき──
『グルウウウウウオオオオオオオオオァアアアアアア!!』
魔獣【クロヨウカミ】が、一斉に吠えた。
彼らがまとう邪気の向こうから、大型種がやってくる。
一瞬でわかった、群れの
大きさは、馬車と同じくらい。無数の眼球の他に、頭部に角が生えている。
身体に傷があるのは──以前、人間と戦った跡だろう。
「……まずい」
歴戦の魔獣がいた。人間と戦って、生き残った奴だ。
そういう者に率いられた魔獣は、人間を恐れない。
銃声の効果が薄かったのはそのせいだ。
「……ひっ」
からん。
商人の部下たちが盾を取り落とす。
強い魔獣が持つ力──
慣れていないと、人は魔獣の邪気に飲まれてしまう。
「オレが斬り込む!! 親玉を倒せば敵は逃げ散る! 恐れるな!!」
『グルウウォォォォ!!』
柏木の声をかき消すように、魔獣たちが吠えた。
狼型の【クロヨウカミ】たちは、まっすぐに衛士たちに向かってくる。
仲間が怯えている現在、迎え撃つのは不利。
──そう判断して、隊長は太刀を手に飛び出した。
「『
霊力を込めた太刀が、魔獣の脚を断った。
『白砂流』は剣術流派のひとつだ。
流れるような歩法と、素早い動きを特徴とする。
ただし連続技を基本としているので、一撃一撃が、浅い。
(それでいい。今は、敵を散らすのが優先だ)
『グブオオオオオオァ!』
脚を切られた魔獣が、つんのめって転がる。
そこに衛士たちの槍が殺到する。魔獣は
「──さ、さすがです。隊長」
「──これならなんとかなるかもしれない」
「──恐れるな! 隊長の働きを無駄にするな──っ!」
士気が回復したのを確認して、柏木は次の敵に向かう。
致命傷を与えるは必要ない。それは部下に任せる。
自分は敵の足を止めのに
割り切って、隊長は刀を振り続ける。
だが──
『グゥゥゥガアアアアァァァ────────────ッ!!』
山をも震わすような絶叫が響いた。
傷を与えたはずの魔獣たちが立ち上がる。
脚を切られた者。胴体をえぐられた者。腹からだらだらと血を流しているもの。
それらすべてが動き出し、
親玉の【クロヨウカミ】の叫び声が、配下の魔獣たちを動かしているのだ。
──止まるな。
──息絶える
まるで、そんなことを叫んでいるように。
「──まずい」
衛士の柏木の額に冷や汗が伝う。
魔獣が凶暴化している。
さっきまでは多少の傷で動きを止めていたものが、今は脚を切っても、腹をえぐっても止まらない。
おまけに、邪気が強くなっている。
霊力を込めた太刀が、邪気の衣に触れて、その動きを鈍らせる。
わずか数瞬の遅れだが、連続攻撃を得意とする『
数瞬が重なり、数秒になる。
次の魔獣を斬るのが遅れる。
別の魔獣が横から、柏木の身体に傷を付ける。
やがて──次々に襲い来る
残りの魔獣は商隊を襲っている。
あちらも、
壊れたように叫びながら、兵士たちに飛びかかる。
「
手足が重い。血を吸った服が身体にまとわりつくのが気持ち悪い。
それでも衛士の隊長の
だが──
『グァァ』
ゆっくりと、魔獣の
舌なめずりしている。
すでにこちらを追い詰めて、どう料理しようか考えているかのように。
「だめだ……このままでは──」
『ガァッ!』
柏木の太刀が狙いを外す。
首を切るはずだった刃が、魔獣の
腕に衝撃が走る。一瞬の隙を、魔獣たちは見逃さない。
一斉に、柏木に向かって飛びかかり──
ごぉっ!!
突然、目の前で上がった炎に、その動きを止めた。
一瞬、
彼は『
目の前に降ってきた棒のようなものと、それにくくりつけられていた、小さな紙。
あれは
霊力を注がれたそれが、魔獣の前で炎を発生させたのだ。
『……ギィィ』『…………ガガァ』
狼の魔獣【オオクロヨウカミ】たちが、突然の炎にたじろぐ。
後ろにさがり、寄り集まり始める。
だが、切り札にはならない。
そして──
「
飛来した
カカンッ、という音と共に、地面に突き刺さる。
それが、魔獣たちを地面に
『ガガァッ!?』『グォ?』『ギギギ?』『ギィィィっ!?』
魔獣たちが悲鳴をあげる。衛士の柏木も、目を見開く。
彼を取り囲んでいた魔獣たちが、ぴたりと動きを止めている。
地面を見ると、魔獣の影に
脇差し──短刀──
考えるのをやめた柏木は、返り血でぬめった太刀を握り直す。
「……は、『白砂流』──」
「無理しないでください」
声の主は言った。
「あなたは商隊の守りをお願いします。魔獣たちは俺の方で、まぁ、やれるだけやりますから」
次の瞬間、影が、魔獣の間を駆け抜けた。
直後、魔獣の首から血が噴き出す。声の主が、駆け抜けざまに斬ったのだ。
隊長の目に映ったのは、太刀を背負った少年の姿。
その鞘は、
魔獣討伐の兵士としては登録されていない者だ。
なのに彼は濃密な邪気を気にもせず、魔獣の首を斬り落としていく。
「いや、待て。さっき『
柏木はその流派を知っている。
『
そして、その使い手が住む『
その村は武術の道を究めようとする者たちが集う場所だ。
現村長は先帝の護衛を務め、祖先は
「最強の三流派のひとつ、『虚炉流』の使い手が、この場に!?」
「あ、すみません。俺の技は
気づくと、柏木の目の前に、少年の背中があった。
着流し姿で、困ったように首をかしげてる。
「あと、俺は追放されているので。『虚炉村』の人間を期待されると……その」
「い、いや……すまない。それに……助けてくれたことに、感謝する」
柏木は慌てて、少年に頭を下げた。
「自分は護衛部隊の長、柏木だ。君は?」
「俺は
少年は答えた。
「杏樹さまのご命令により、商隊の支援に来ました。魔物の突進を防いだ炎も、杏樹さまがくれた『発火の呪符』によるものです。あなたを助けたのは杏樹さまです。感謝するなら、俺の主君にお願いします。あと、杏樹さまの功績をまわりに宣伝してくれると助かります。よろしく」
──
「それで、商隊の皆さんはご無事ですか?」
魔獣たちは一旦、後ろに
逃げてくれれば楽なんだけど、そのつもりはなさそうだ。
その
民間衛士の人たちは、馬車を囲んで陣地を作っている。
それで四方から来る魔獣を撃退していたらしい。
重傷の人はいない。
敵のほとんどを、隊長の柏木さんが引きつけていたからだ。
魔獣の爪と牙を受けた人はいるけれど、怪我は軽い。
商人の人たちは無傷だ。よかった。
「ご無事でよかったです。もうすぐ、杏樹さまの兵士が来ます。それと、
「……お、おぉ」
「……いや、助かった。ありがとう」
「……だが……どうして魔獣は動きを止めたんだ……?」
衛士の人たちは、
魔獣の動きを止めた理由は……説明したくないなぁ。
『
『
「それなりに使えるんだけどな。『
祖父が仕切ってる『虚炉流』に、この技を使えるものはいない。
これは俺が編み出した技だ。
前世であったからな。忍者が使う『影縫い』って。
『虚炉村』は忍者みたいなものだから、『影縫い』もあるかと思ったけど、なかった。祖父には『
でも、魔獣相手にはできると思った。
父さんが『魔獣は邪気の衣をまとっている』と言ったからだ。
俺は『衣なら、端っこを踏んづければ動けなくなるんじゃないの?』と答えた。
びっくりしてたな。父さん。
それでも父さんは、練習に付き合ってくれた。
そしたら、できるようになった。
どうも俺の霊力は、人とは違うらしい。
村で色々研究したところによると、普通の人の霊力は空気のようで「ふわふわ」していたり「ざらざら」していたりする。俺は触覚で霊力を感知しているから、そういう表現になってしまうんだけど。
でも、俺の霊力は
人より多くの霊力を取り込んで、圧縮しているのかもしれない。
自分では、よくわからないんだけど。
とにかく、そういう霊力だから、色々な使い道がある。
たとえば粘土のように千切ってこねて、棒手裏剣に絡みつけることも可能だ。
それを魔獣に向かって放つと──魔獣がまとう『
俺の霊力が魔獣の邪気に絡みついて、引っかかるらしい。
邪気は魔獣にとって身を守る
魔獣は、自分から邪気を断ち切ったり、消したりはしない。つまり、常に衣をまとっているのと変わらない。それを地面に縫い付けるわけだから、魔獣本体も引っ張られることになる。
だから、魔獣本体も地面に
まぁ、強い奴には棒手裏剣を引っこ抜かれるんだけどな。
あと、棒手裏剣はそこそこ重量があるから、大量には持ち運べない。
だから今回は、杏樹さまの『発火の
霊力を宿した炎で【オオクロヨウカミ】を
奴らはそれぞれの『
そこに棒手裏剣を撃ち込めば、全員の動きを止めることができる。
一体一体に棒手裏剣を撃ち込むより楽だし、棒手裏剣の節約にもなる。
あと、杏樹さまの
そうして……みんなが杏樹さまを推すようになれば、自然と地位を取り戻せるかもしれない。
この呪符は、積極的に使っていこう。
「でも……間に合ってよかったよ」
鬼門への道中で商人や
州候代理が文句をつけてくる可能性もあるからな。
本当に、犠牲者がいなくてよかった。
俺は改めて、商隊のまわりを見回した。
地面には魔獣の死体が転がってる。数は、16体。
うち10体は俺が『
残りの6体は商隊のひとたちの成果だ。
「残りは4体です。そっちは……柏木さんたちに任せてもいいですか?」
「あ、ああ。大丈夫だ」
衛士の隊長の柏木さんは、うなずいた。
「……いや、待て。君は大型種と戦うつもりか?」
「とりあえず、当たってみます。駄目だったら戻ってきますよ」
「そ、そうなのか?」
「勝てないようだったら、時間稼ぎに
残りは狼型の魔獣【クロヨウカミ】4体と、その大型種が1体。
防御側は8人。
大型種を俺が引きつければ、2人で1体に当たれる。
隊長の柏木さんがいれば、大丈夫だろう。
「そういえば『
「
「はい」
「君はどうして『
「家の事情で」
父さんが死んでから、祖父は俺に外の仕事を受けさせなかった。
たぶん……父さんの死の真相を、村の外の人間に話されるのが怖かったんだろう。
しょうがないから俺は、近くの山の魔獣討伐ばかりやっていた。
その成果は村の外には漏れなかった。
だから魔獣狩りの成果にはならなかったんだ。
「なるほど……衛士の位には興味がないってことか」
「まぁ、そんな感じです」
間違ってはいない。あんまり、興味ないのは本当だ。
それに、じっくり話している時間はない。
4体の【クロヨウカミ】に、逃げる気配はない。
背後で親玉が
その親玉は周囲をゆっくりと回っている。
守りの弱そうな場所を探しているようだ。
「いちにのさんで俺が飛び出します」
俺は言った。
「俺が【クロヨウカミ】の注意を集めます。その
「承知した。死ぬなよ」
「
「「さんっ」」
俺は円陣から飛び出した。
4体の魔獣の眼球が、俺の方を向いた。
『グルゥアアアアアアアアア!!』
先頭の魔獣が飛びかかってくる。
俺は拳に霊力を込めて、地を踏む。
元の世界で言う『
こちらの世界での技名は──
「『
『グガラヴァアァッァァ!?』
『
進路には別の魔獣がいる。吹っ飛んで来た仲間を避けきれず、そいつは地面を転がる。動きが止まったところを、兵士たちの槍が突き刺す。よし。
今使ったのは『虚炉流』の正統な技だ。
『虚炉流』は忍者の流れを組んでいる。祖先は龍に技を教わったとかなんとか。
たぶん、そのあたりはただの伝説だろう。
そのせいか『虚炉流』では全身の霊力の流れ──
『龍を起こす』イメージで霊脈を活性化・強化する。
技はとにかく全身を武器にして、対象を攻撃するのがメインだ。
俺の『影縫い』もそれに合わせた技だけど、祖父は徹底的に否定したからなぁ。
型と違う、とか。伝統に反する、とか。
でも『
そりゃ確かに威力は高いけど、【クロヨウカミ】は全身眼球がびっしりだし。
殴ったときの感触は『ぐじゃり』だから。
正直、気持ちが悪い。
……やっぱり、こういう肉体労働は若いうちだけだな。
「今のうちに稼いで、20代半ばになったら頭脳労働に回してもらおう……!」
そんなことを考えながら、俺は残りの【クロヨウカミ】を蹴り飛ばす。
倒す必要はない。
『グガァラ!?』『ギィア!』『ギィアアアアアア!』
倒れた【クロヨウカミ】は、衛士さんたちの方に転がっていく。
そこで待っているのは
衛士さんたちは霊力を込めた槍を構えて──
「一気に貫け! 魔獣どもを
「「「おおおおおおおおおっ!!」」」
ざぐん、ざぐん、と、【クロヨウカミ】を槍で貫いていく。
「た、助かる。これなら、なんとかなりそうだ」
「あれが『
「いや、邪道と言っていた。何者なんだ、あの少年は……」
衛士さんたちも、話すだけの余裕が出てきている。
後の【クロヨウカミ】は任せて大丈夫だろう。
俺の相手は大物──親玉の【クロヨウカミ】だ。
老後の安定した生活のためにも、さっさと片付けよう。
────────────────────
・魔獣解説
【クロヨウカミ】
触手と、無数の目を持つ狼型の魔獣。
正式名称は【
しかし【クロヨウオオカミ】という呼び名が妙に呼びにくかったことから、人々が【クロヨオウカミ】と呼ぶようになり、それが変化して現在の【クロヨウカミ】という名称が定着している。
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