第3話「最強の護衛、救援に向かう」
──
「く、来るならこい! 魔獣め────っ!!」
和装の少女は、太刀を振り回す。
逃げるのはもう限界だ。足が動かない。
彼女の父は、紫州の都に店を持つ商人だ。街道沿いの町や村に、商品を卸す仕事をしている。
今回向かったのは、鬼門の関所の向こう。
食料や布、娯楽品など、紫州の辺境でも必要なものは多い。
少女も父に同行して、鬼門の村々を回っていた。
鬼門は魔獣が出やすい場所と聞いていたが、たいしたことはなかった。
だが、商売の途中、父は突然、州都に戻ると言い出した。
鬼門の周辺が不穏だという情報を、
父は恐がりすぎだと思った。
「いざとなったら私が守ってあげる」──少女は、自分がそんな言葉を吐いたのを覚えている。
少女は幼いころから武術を習ってきた。対人戦闘には自信がある。
商家を継いだ兄にも、友人にも、負けたことがなかった。
だから魔獣にも勝てるだろうと思っていたのだが──
「──なんで、なんで武器が通じないの!」
『グゥウウウアアアアアアアアアア』
太刀を手に
狼型の魔獣──そう言われるのは、他に分類のしようがないからだ。
実際は、狼に姿かたちが似ているだけの、化け物だ。
【クロヨウカミ】の身体は、
体表のあちこちには、深紅に輝く眼球がある。
さらに、その身体を
霧は、魔獣が生み出す邪悪な『
魔獣が人間にとって、最大の
「嫌だ! こっち来ないで、来ないでよ!!」
魔獣【クロヨウカミ】に向かって、少女は太刀を振る。
けれど──刃が通らない。
魔獣がまとう黒い霧──それが太刀を受け止めてしまう。
まるでねっとりとした泥のように太刀に絡みつき、動きを封じる。そのまま魔獣が身体をひねると、少女の手から太刀が抜けそうになる。
すでに捕らえた獲物を、どうやって食おうか考えているかのように。
「これが魔獣の……『
人はそれを取り込み、自分の力とすることができる。
だが、魔獣は取り込んだ霊力を『邪気』に変えてしまう。
その『邪気』を身体から
今もそうだ。濃密な『邪気』が魔獣の身体を
狼型の魔獣の姿は、その向こうに隠れて、うっすらとした影になっている。
ときおり『邪気』がうすれて、無数の眼球が姿を現す。
それがまた、少女に恐怖心を叩き込む。
かつて魔獣は妖怪・魔獣と呼ばれていた。
それが邪気を放ち、人を襲うようになったのは、遠い昔の出来事だ。
だからこそ、魔獣と呼ばれる。
話が通じることもなく、ただ人を襲い、むさぼり喰らうだけの『
「『
ここで死ぬわけにはいかない。
助けを呼んでくると、約束したんだから。
そのために父や、商隊のみんなは、魔獣の囲みを破ってくれた。
少女を、逃がしてくれたのだ。
自分が倒れてしまったら、父の商隊の危機を伝えることができなくなる。
(『邪気』を
少女は師匠の教え通り、太刀に霊力をまとわせる。
彼女は武術が好きだった。
小さいころは、戦国時代を題材にした
だから、父に頼んで、剣術の師匠を
習っていたのは短期間だったけれど。
でも、ずっと
「魔獣! あんたたちは強いけど、人はあんたたちを倒すための技だって発達させてきたんだからね!」
少女は太刀を構える。
「行きます! 『
勇気をふりしぼり、少女は魔獣に向けて太刀を振り下ろす。
これまでの試合相手を倒してきた、彼女の切り札でもある。
霊力運用は苦手。でも、必死の想いがあれば通るはず。
そう思ったのだが──
ぐにゃん。
太刀は魔獣がまとった邪気の衣に受け止められ、弾かれた。
邪気は魔獣の
霊力を込めた武器でなければ通じない。
そんなのは常識だ。だから師匠に霊力の込め方を習ってきた。
なのに通じない。邪気が濃すぎる。
ここまで濃密な『
【オオクロヨウカミ】は師匠も倒したことがあると言っていた。
なのに、少女の技は通じない。邪気が、濃すぎる。
商隊を襲った魔獣もそうだった。
護衛の
父も言っていた。紫州の街道で魔獣に襲われるなんて、ありえない、と。
(……どうして、こんなことに)
わからない。
鬼門周辺で、なにか異常なことが起こっている──たぶん、少女には想像もつかないことが。
『グルゥアアアアアアアアア!』
「──や、やだ。し、死にたくない!!」
少女の技は、魔獣を怒らせただけだった。
狼型の魔獣──【オオクロヨウカミ】が地面を蹴る。
一瞬だけ『
視線を感じ、少女の身体に
魔獣が見ていたのは
人間の身体は魔獣にとってのごちそうだ。
その牙に貫かれる場面を想像しながらも、それでも少女は太刀を
こんなところで、死ねない。
助けを呼んでくると、約束したのだから。
大量の『オオクロヨウカミ』に襲われている父と、護衛の人たちに──
「ま、負けない。負けるもんかああああっ!」
「────ああ。今、助ける」
声がした。
「…………え?」
思わず、ぽかん、と口を開ける少女の前で──光が走った。
ガガガッ!
音がしたかと思うと、魔獣の足元に、金属の棒が突き立った。
絵物語で見たことがある。あれは
それに、棒手裏剣は魔獣に当たっていない。
棒手裏剣が貫いたのは、魔獣がまとっている『邪気衣』だ。
あの濃密な邪気を貫いたのはすごいと思う。
でも、魔獣の身体に当たらなければ意味はない。それに、あんな小さなものでは、当たったところで
だから、狼型の魔獣は、笑っている。
無数の眼球を光らせて、少女に向かって飛びかかろうとして──
『────ガ、ガガガッ!?』
──その魔獣の動きが、止まった。
狼型の魔獣は、目の前の少女を喰らおうとしている。
けれど、動けない。
足は必死に地面を蹴っているのに、一歩も進めない。
まるで地面に
「……嘘。なに、これ」
「『
声の主が、少女の横を駆け抜けた。
背の高い少年だった。着流し姿で、背中に太刀を背負っている。
(『
いや、子ども向けの物語の中にはあった。
影に手裏剣を刺して敵の動きを封じる……そんな忍者がいたはずだ。
でも、現実には存在しない。
そんな奇妙な技を使う者は、この世界にはいないのだ。なのに──
「本当に、間に合ってよかったです」
『────ガ、ァ!?』
少年が太刀を振った。
刃はあっさりと『
まるで、薄衣を裂いたかのようだった。
つまりこの人物は、それほど強い霊力を持っているということだ。
(──すごい)
少女の
師匠が教えてくれたのは、対人用の武術。
派手な動きで相手に『こちらが強い』と思わせて、戦闘を有利に運ぶ。そういうものだった。
けれど、目の前の人物──少年の技はまるで違う。
派手さはまったくない。けれど、動きにはなにひとつ無駄がない。
本当に忍者? それとも
わからない。ただ、目の前にいる少年が、とんでもなく強いことは確かだ。
「あ、あなたは……?」
「俺は
少年は言った。
「君を助けに来たのは杏樹さまのご指示です。すべての功績は杏樹さまにあります。できればそれをみんなに宣伝して欲しいんですけど……」
「あ、あの。今の……魔獣の動きを止めた技は!?」
「『
少女の問いに、少年は、少し困ったような顔で、
「あれは……魔獣がまとっている
「…………ええええええっ!?」
いや、理屈はそうだけど。
でも、ありえない。
魔獣が防御に使っている『邪気』を、逆に利用する技なんて聞いたことがない。
一体……この人は……。
「それより。なにがあったんですか? 『助けを呼んでくると約束した』って言ってましたよね?」
少年の言葉に、少女は思わず口を押さえる。
必死なあまり、声に出していたらしい。
でも、戦闘中だ。
そんな小声に気づいてくれたこの人は──何者だろう。
(この人なら……みんなを助けてくれるかも……)
少女は、少年の腕にすがりつく。
「あ、あたしは、
少女──須月茜は声を張り上げた。
「紫州にある
考えがまとまらない。
当然だ。ついさっき【オオクロヨウカミ】に殺されそうになったのだから。
だから、うまく伝えるのはあきらめた。
必要なことを、早く。できるだけ早く──
「助けてください!」
少女は叫んだ。
「商隊が、たくさんの『オオクロヨウカミ』に囲まれてるんです。鬼州の魔獣が強くなってるんです!
────────────────────
用語解説
・
生き物が持つ
霊力を用いることで、人は武器を強化したり、超絶的な運動能力を扱うことができる。
また、霊力を利用した術も存在する。
・
主に魔獣が持つ『邪悪に染まった霊力』。
一説には『闇落ちした霊力』とも呼ばれる。
魔獣はこれを身体にまとうことで、身を守る
それは『
邪気は相反する力である霊力によって、破ることができる。
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