第6話 変わるということ

「相変わらず物で溢れかえっているね、もっと掃除をしたほうが良いよ」

人の部屋を見て開口一番に文句を言う。でも懐かしい。そういうことを言ったのは亜由未だけではなかった。今まで付き合った女の子も似たようなもので、綺麗好きだった彼女には「ゴミ屋敷」と言われ、二人で時間をかけて掃除したこともあった。



「家の外観は変わっても博司君の部屋は相変わらずだね」せっかく招きいれたというのに、亜由未は呆れ顔で室内をまじまじと眺めている。

「みんなそう言うよ。亜由未だって散々言っていた」

「そうだっけ?」

「そうだよ。汚いって言われたこと俺は覚えているから」

亜由未は「そんなことを言ったかも」と言いながら俺の部屋を物色し始めた。

「何も面白いものなんてないよ」やましいものはない、というのは嘘だがちゃんと隠してある。

「やっぱりゲームばっかりだ。ねえ、なんか前よりも、かなり増えたような気がするんだけど?」

「まあね、今はそれくらいしかやることがないから」否定はしない。交際費というものが極端に減って、そのかわり娯楽代が異常なほど増えていた。



「これってプレイステーション?あれ?こんな形だったけ?」

ああ、そうか。たまに亜由未は家に遊びにきたときにゲームで遊んでいた。ただそれも相当前のことだ。

「亜由未が遊んでいたのってPS2だっけ?PS3だっけ?」

「わかんないよ、そこまでは」よほどゲームが好きな女の子でもない限り、ゲーム機やゲームソフトに興味が沸かないだろう。確か、亜由未もそれほどゲームを好んで遊ぶタイプではなかったはずだ。

「今はこれだけ」そう言って、俺は近未来のビルのように部屋の真ん中にそびえたっているが、埃まみれで文句でも言いたげな愛用のPS4の上にそっと手を置いた。



「覚えているのは博司君がロールプレイングだっけ?そういうの好きだったってこと」

「そうだね」キャラクターがレベルアップしていくのは本当に楽しかった。成果で目でなく数値化されて再現されるのには気分が高揚した。レベルアップとは成長だ。俺は登場人物に感情移入して、まるで自分まで成長している気分になっていた。

「あともう1つ覚えているのが、クリアまで決まった通りに進める?というか明確なゴールが決まっていないゲームを買っては、こんなの嫌だってすぐに売っちゃっていたこと」

「うん、そうだね。そうだったね」弱弱しく答える。

「レベルが上がらないゲームを間違えって買っちゃったら発狂してたよね。あれには私も引いたな。この人は大丈夫かなって心配したよ」

「あはは、ごめんごめん。反論の余地もないよ」



亜由未の言う通り、大学生だった頃は今でこそ主流になっている、どこで何をしてもいい、順番も思い通りという「オープンワールド」のゲームを嫌っていた。

昔は本当に明確なゴール、決まった一本道を辿るようなゲームしか興味をもてなかった。「どこで何をしようと自由」その考え自体に嫌悪感さえ抱いていた。しかもその中にはレベルアップの概念さえない。強くなった、成長したというのが全くできず、こんなの邪道だし、ロールプレイングゲームを模したまがい物だとまで思っていた。



「ゲームが趣味って変わらないね」亜由未は散らばっているソフトのパッケージを持ち上げると内容をどんな内容なのか確認しながら感慨深そうに言葉を漏らした。

「いや、趣味は趣味でも中身って変わるんだ」

「どういうこと?」亜由未を手にもったソフトのパッケージを通行の邪魔にならないようにそっと置いた。

「あれだけ毛嫌いしていたのに、今はむしろ好きなんだ。どこで何をしてもいい。ゴールまでどれだけ寄り道をしてもいい。何ならゴールをしなくてもいいようなゲームがさ」レベルアップなんてしなくてもいい。装備でそれを補えばいいだけのことだ。



「心境の変化ってやつ?でもあれだけこんなのゲームじゃない!とか言っていたよ」

「違うよ。単に歳をとって老けただけだよ」亜由未の問いに聞こえるか聞こえないくらいの声で小さく呟いた。

「あっちへ行ったり、こっちへ行ったり寄り道ばかりしてさ。クリアなんかできなくてもいいんだって、そう思うようになって」俺は自嘲気味に笑ってみせた。

「それって人生も同じ?」真剣な眼差しの亜由未からの、実に的を射た問いかけに俺は黙って首を首を振り下ろした。



「それは博司君にとって良いことなの?」

「良いも悪いもないんじゃない?人は成長すると変わるから。本人の意思に関係なくそれも良くも悪くも」

ごめん、煙草を吸ってくる。その場から逃げるように後2本しか入っていない煙草の箱を乱暴に握りしめて玄関のドアのノブに手をかける。

「逃げるの?」

亜由未からの問いかけを無視してドアを開き、酸欠で酸素を貪りつくようにニコチンを体内に流しこむ。



逃げる。いつでも逃げてきた。物事を深く考えようともせずに。

責任を負えない。負いたくもないと思っていた。



ケホッ、ケホッ、変な吸い方をしたせいで咽る。咳がおさまり、呼吸を整えてから部屋に戻ろうとする、玄関に亜由未が立っていた。



「ごめん」亜由未は申し訳なそうに俯いたまま、顔をあげようとしない。

「なにが?」

「逃げるの?なんていって」

「いや、いいんだ。亜由未は何も間違ったことは言っていないし」

「でも・・・」

「大丈夫だから、そんな顔をするなって」痛い所を突かれたが、でもそれは事実であって亜由未のせいではない。

「本当に大丈夫だから気にするなって」俺は付き合っていたときでさえしたことがないのに、亜由未の頭をポンポンと痛くならないように優しく叩いた。



「やっぱり博司君は変わっていないようで変わったよ」

「なんで?」

「あのときはこういうことをしてくれなかった。照れていたのか、しなくてもいいと思っていたからなのはわからないけど、こういう優しさをくれなかった」

「そうだったんだ」

こういうとき、歳を重ねるということが悪いだけではないと思える。自分の非を素直に認められるようになった。まあ、そんな人ばかりではないだろうが、俺は歳を重ねて、いかに若かりし頃の自分が身勝手で人の意見に耳を欠かさなかったのかを思いしらされた。



「色々とごめんね。今日は帰るね」

「送ろうか」今どこで暮らしているなんてわからないが。

「いいよ。平気だから」まあ、そう返ってくると思っていた。

「博司君は気づいていなかったのかもしれないけど、ちゃんと大人になっているよ」

「そう・・・なのかな?」記憶が曖昧すぎてよく思い出せない。

「そうだよ。もともと気を遣う人だったけど、今の博司君はあのときと違った優しさを見せてくれて私は嬉しいよ」亜由未は満面の笑みを見せてくれた

「髪は薄くなっちゃったけどね」俺は毛根がすっかりやせ細れてしまった前髪をわざとあげて亜由未におでこをみせ、無理をして笑ってみせた。



「大丈夫だよ。それくらいならまだ大丈夫、多分だけどね」

「多分ねってどういうことだよ?」

「多分は多分だよ。ただ悪化しても私のせいじゃないからね。煙草にも原因があると思うよ」

「そりゃそうだ」

あはは、ははは、二人で笑う。過去から来訪者のような亜由未と会ってから素直に笑えた気がする。



「今日は楽しかった。ありがとう」

「こちらこそ、ありがとう」

亜由未の後ろ姿を見送りながら一生懸命に手を振る。



多分だけど、亜由未に会う機会はもう限られているだろう。直感というべきか、察したというべきか、うまい例えが見つからないが、とにもかくにもそう思った。

しかし、どうして今になってあのときのまま亜由未なのか、それがどうしてもわからなかった。



いつの間にか、日が落ちかけている。俺はさっき吸い終えた煙草の火が完全に消えているのかをしっかりと確認して部屋と戻っていった。

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