第5話 来訪

6月にはいり梅雨の季節だというのに今年は雨が降らない。ただジメジメして鬱陶しいだけだ。

確か高校生のときにジューンブライドという言葉を知り、「どうして梅雨なのに結婚式が多いのか?」と考えたことがあったが、結局のところその要因を求めるまで至らなかった。わざわざ調べるのは面倒臭いし、それを知ったからどうにかなるわけでもないと自己完結してしまったからだ。



あれから亜由未には会っていない。夜中に2回きり。亜由未が突然現れた理由をいくら考えても答えでなかった。ただ、忘れようにも忘れることができない。かと言って相談できる相手もいない。



歳をとっても仲の良い人たちはその繋がりを大切にしているので、賑やかな中年生活を送っているのだろう。ただ俺は疎遠になった。卒業したての頃はちょくちょく連絡を取り合っていたが、皆自分のことで精一杯になり、特に愚痴ばかり零していた俺は着信拒否をしたくなる相手だったのかもしれない。



珍しいことに雨は今日が降らないらしい。かといって夜勤の仕事もない。だからか、俺は今日も今日とて朝から外で煙草を吸っては消し、また吸っては消してを繰り返していた。



ゲームにも飽きた。かといってやることもない。「ぼっち」とはこういうことを言うんのだとかなり前から痛感していたが、かといって無理に友達を作ろうとは思わなかったし、そう簡単に仲の良い友達ができるとは思っていなかった。

不幸中の幸いは、学生時代は友達が多かったのに社会人になり、馬齢を重ね、連絡をとりあう友人がいなくなっても特段寂しいとか悲しいと思わなくなったことだ。



「あー暇だ」もう何十回目だろう、咥え煙草で外へ出る。ストレッチをするように煙草に火を点けたまま体をほぐす。

「それ危なくない?火事になったら大変だよ」

ふと、ガレージに止めていた軽自動車の陰から最近よく耳にした声が聞こえる。

「やっほー!家を建て替えたの?随分と立派になったね」亜由未の声だ。

「前に言ったような気がするんだけど、俺も記憶が曖昧で思い出せないや」

「うーん、聞いた気もするんだけど、私も思い出せない」亜由未は楽しそうに笑った。



「ガレージも広くなったね。これだったら2台は止められそう」

「よく家がわかったね」夜中だろうが昼間だろうが、もういちいち驚くのは止めた。今の亜由未は突然どこからか現れる。それを受け入れるしかない。

「だって博司君の住所は変わっていないでしょ?」

「もし、俺が独り暮らしをしていたらどうしたの?」

「その場合はそっちに行くよ」

「神出鬼没だね」

「そう?」亜由未はまるで他人事のように笑ってみせた。

わからないことはわからない。今、俺の目の前にいる亜由未の正体を考えても答えは見つからないし、そもそも答えなんて存在しないのかもしれない。



「今日は随分ラフじゃない」亜由未は黄色のTシャツにジーンズ、足元にはサンダルと夏を感じさせる恰好で、まじまじと我が家を見つめている。

「今日は暑いからね」亜由未は手を団扇にして顔に温い風を送っていた。

一体どこに住んでいてどこで着替えているのか?そう尋ねようと思ったが、その疑問を投げ掛けたところで亜由未が本当のことを話してくれるのかはわからない。おそらく亜由未ははぐらかすだろう。だったら聞くまでもないと思い留まった。



正直なところ、始めこそは亜由未の存在を気味悪く思い、夏場のアイスがあっという間に溶けてしまうように、脳から思考能力が溶けて消えてしまったような感覚を覚えた。だが、、多分だが元カノである女性、自分よりも一回り以上離れているが確かに好きだった女の子と、しがない中年の俺が憎まれ口を叩きながらも楽しく話せていることが少し楽しくもあった。我ながら相当イカれていることは自覚していた。



「とりあえず、あがりなよ」

「それじゃあお言葉に甘えてお邪魔します」

夢のことを話そうとずっと思っていたのだが、なぜか次の日には夢の内容をすっかり忘れてしまっていた。ぼんやりとだが思い出せるのは過去の出来事。二人でベンチに座って何かを話していた。

夢をみたはずなのに、俺はその内容がどうしても思い出せなかった。



「ちょっと待って」玄関まで招いておいて亜由未の歩を手で制する。定年退職した親父とパートを辞め、家で韓流にはまっているお袋がいないかを確認をする。後ろめたいことはない。亜由未を家に招き入れたからといってやましいことをするわけでもない。それでも一応確認することにした。

スリッパが・・・ない。ということは履いているから家にいるということか。

まいった、二人とも家にいる。

「入らないの?」

「ちょ、ちょっとだけ待って」まるで空き巣に入ろうとしている泥棒だ。ここは俺の家だというのに。そんなことはお構いなしに「なに?どうしたの、なになに?」亜由未は興味津々だった。

「いやいや、なんでもない」見つかったところで、そもそも両親は亜由未と面識がない。ただ、一回り違う女の子を部屋に招きいれるところを見つかって余計な詮索をされたくなかったし、そもそも俺自身も亜由未の存在をどう説明すれば良いのか全くわからなかった。



玄関を開けると、コン、コン、コン、誰かが階段を下りてきているようだ。俺は半ば強引に一階の自分部屋に亜由未を押し込んだ。



「ちょっと乱暴じゃない?」ごめんと謝るしかない。亜由未も本気で怒っていないのだろう。

「あれ、部屋の位置変わった?前は二階だったよね?」

「変わったよ。建て替えたから」

「じゃあ、あの急勾配の階段は?」

「もちろんないよ。あんなのがあったら危なくて二階にあがれない」

「あれは本当に危なかったよね?」そう言いながら亜由未は笑っていた。懐かしいのかもしれない、俺はそう感じた。




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