第3話 元カノ
そうして始めた夜勤のコンビニに再び亜由未が現れた。
それは仕事の休憩中のことだった。「また来たよ。元気だった?」
ああ、元気だった。この通りピンピンしているよ。
いや嘘だ、大嘘だ。
「この間はビックリさせちゃってごめんね」
「ああ、まだ何が何だかわかってないんだけど、理解しようとは努力してる」ポケットの重圧でクシャクシャになってしまった箱から煙草を一本取り出して咥える。
「あーまた煙草を吸っている」
「別にいいじゃん。それって付き合っていた頃もしょっちゅう言われてってけ」煙草に火を点け、どうやったらリングになるのだろうと考えながら息を吐く。
「俺、ここで働き始めてから、そろそろ3年になるんだ」
「知ってる」
「ああ、そう」
これが全く見知らぬ女性だったら、俺は恐怖で震え、咥えていた煙草を落としただろう。見知らぬ女性が、俺が働き始めた時期まで知っていたら、ストーカーではないにせよ、気持ちのよいものではない。
ただ、歳をとっているようには見えないとしても彼女はやはり亜由未は亜由未だ。腑に落ちないことだらけだが、恐れる必要はなかった。
「一つ聞いてもいい?じゃあ、何で今なの」俺は大学生のままの亜由未に会ったときに抱いた疑問をそのままぶつけた。
「今ってどういうこと?」
「だからさ、亜由未がここにいる理由だよ」
「それはね・・・」そう言って亜由未は背を向ける。
「それは内緒」俺に背を向けたまま闇に消え入るくらいの小声で答えた。
「変わっていないね、そういう勿体ぶるところ」
「そう?」
「そう、変わっていない。今は変わらな過ぎていることにびっくりしているんだけどさ」そこまで言って俺はまだ残っている煙草を灰皿の縁で押し消した。
「もう考えるのは止めたんだ。わからないことはもうわからない」俺は亜由未をジッと見据えた。
「それって諦めているってこと?」亜由未は何かを確かめるように真剣な面持ちで俺と対峙した。
そうだと思うし、できることならそう思いたい。
「そうだよ」
「違うよ、それは」
「亜由未に何がわかるっていうんだよ!歳も取らないまま、突然現れた亜由未に何がわかるんだよ!」つい語気が荒くなってしまう。
「ねえ、あの頃は、私たちが付き合っていた頃って本当に楽しかった?」
亜由未からの突然の問いに答えが詰まる。
「あの頃は本当に楽しかったと思う。だけど過去には戻れないし、戻ったところで何も変わらないよ」本心だった。人生にやり直しはきかない。だったら戻りたくもない。
ジリンジリンジリン 無機質な電子音が鳴り響く。休憩終了10分まえの合図だ。
「ごめん、私は帰るね」
「暗いから気をつけて」言えなかった言葉がすんなりと出てきことに自分自身で驚いた。
「ありがとう。でも大丈夫だから」
「そう・・・」
「それから、博司くんは髪が薄くなっても恰好いいよ」
「あーもう余計なことを・・・そういうことを言わなくてもいいんだよ」
気恥ずかしなって亜由未から視線を逸らす。すると、目の前にいたはずの亜由未の姿はいつの間にか消えていた。
「亜由未、亜由未、え?どこ?どこにいるの?」
「おーい!こっちだよ!」
必死になって探していた亜由未は、踏切をを渡りながら笑顔で手を振っていた。
容姿が全く変わらない亜由未を前にすると、存在というか、その正体は気になるが懐かしさはだけは感じた。
俺があのときプレゼントしたハートのネックレスをまだ持っていてくれるのだろうか?
そう思ってしまうと俺は女々しくて、まるで俺はこの世にいてはいけないような虚無感に襲われた。
今の亜由未は確かにあのときのままだ。学校でも可愛いと噂されていた彼女がどうして俺みたいな男を好きになってくれたのかは、今の時代にそのままの亜由未が姿を現したのかと同じくらい謎だ。
「吉田さん。早く交代してくださいよ」上野が痺れをきらして喫煙所までやってきた。
「吉田さんって今37歳でしたっけ?」
「違うよ、38歳」
「まあ、それはどっちにしてもいいとして、何であんなに若くて可愛い子と知り合いなんですか?この前も来ていましたよね?あれですか?犯罪ですか?」
「馬鹿いうな!犯罪のわけがないだろう。なんで犯罪なんだよ」否定するところは否定しておかないと上野は何を言い出すかわからない」
「亜由未ちゃんって言うんですか、あの子。歳は幾つなんですか?」
「確か22歳のはずだ」
しまった。余計なことまで喋ってしまったと、俺は即座に後悔した。
「でも、22歳じゃ吉田さんと一回り以上違いますよね。一体どういう関係なんですか?」
「も、元彼女だよ」
「嘘だよ、そんなわけねーし」
俺は上野がギャハハと下品な笑い方をしているうちに、俺は自分とは無関係なように装い、しらばっくれて作業に戻った。
嘘は言っていない、そうだろ、亜由未だってそう言うしかないよな?仕分けしながら呪文のように同じ言葉を繰り返す。客が見たら相当ヤバい店員に見えてしまうだろう。
黙々と作業をこなす。俺は20年近く前の大学生時代頃のことを必死に思い出していた。
あの頃は本当に楽しかったのか?もう思い出すのも難しい。
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