第31話 約束

亜由未は消えてしまった。煙にまかれたように突然。

ただ、俺がネックレスを持っていることが、亜由未と再会した唯一の証拠だった。

約束は果たすよ、俺は亜由未から預かったネックレスに向かって呟いた。



3年以上通院しなかった病院で予約を取り、検査の仕方さえ忘れかけていた俺に医師は「あれだけ放っておいて今更検査ですか」と顰め面で嫌味を言った。

「わかっていると思いますけど、悪くなっていますよ。前よりも確実に」

「すいません」と頭をさげたが、検査をして明らかに悪化していた自分の体に少しだけ、めげそうになった。

「これからはきちんと通院します」

「口だけでは何とでも言えますからねえ」とまだ若い医師はやけに棘のある言い方をしたが、言うことを守らなかった俺に非がある以上、「すいませんでした」と謝ることしかできなかった。



体がきつくてもアルバイトだけは続けた。体に負担がかからない程度にだが。

亜由未に会いたいという気持ちだけは常にもっていたが、それよりもできる限りのことをしようと色々と考えた。

今からでも習得できる資格はないかと探し、部屋は綺麗しようとこまめに清掃するようになった。

誰よりも困惑していたのはお袋だった。

「あんた、本当に大丈夫なの?腎臓とは別の病院を探したほうがいいじゃないの?」と失礼なことを言われたが、それほどまでに今までの生活がだらしなく、堕落し、惰性で生きていたのだと痛感した。



マイナス思考だとあれほど亜由未から注意されていたが、そればっかりは治しようがなかった。それでも、マイナスにプラスを加え、プラスマイナスゼロにしようと努めた。

食事にも気をつけるようになった。塩分を控えるように、きちんと三食摂るように。今更のようだが、やらないよりはマシだと思うようになれた。

煙草は・・・本数は減らしたが、相変わらず吸っていた。

約束を半分守り、半分反故にしているようで申し訳なく思ったが、亜由未と再会する前よりは遥かに健全だと思っていた。



頑張ることが苦手で、頑張れと応援されるとプレッシャーで押しつぶされそうな面倒な性格もなかなか治せず、「俺にしては、そこそこ限界っているよなあ」と亜由未から預かったネックレスに呟いたこともあった。



亜由未と再会できたおかげか、諦めは悪くなった。逃げたい気持ちを押しとどめることができるようになった。これは歳をとったからだとも思った。「希望」と言う言葉好きではなかったが「諦観」よりはマシだと思えるようになった。



あと何年生き続けるかはわからない、それこそ神のみぞ知る、だ。

布団に入るとよく思ったのが、結局、亜由未は今どうしているのだろうということだけだった。

「わたしは振られたと思っているよ」亜由未のあの言葉を思い出しては「そんなわけないじゃん」と小さく笑った。



大学生の亜由未にではなく、自分と同じように歳をとった亜由未に会いたいとは思っていた。だけど、あのままの亜由未に何か意味があることだけはわかっていた。

自分と同じように歳を重ねていたら、亜由未は俺と同じようにある程度は老けていなければおかしい。もし違うというのなら、それはクローンか亜由未型ロボットだ、とゲームが好きだった俺はそんな馬鹿げたことを思い、苦笑した。それに亜由未と会うにも連絡の取りようがなく、俺はスマートフォンを2回も買い替えたことで亜由未の実家の番号すら知らなかった。



会いたい、でも会ってはいけない気がする。その葛藤は常に付き纏った。

再会できたおかげで、俺は亜由未との思い出に浸ることが多くなったと思う。

俺は、もう亜由未ほどの女性と出会えるとは思っていなかった。過去の女性のことが忘れないというのは女々しくて気持ち悪がられると自覚していたが、そればかりは本当のことだから仕方がなく、俺は亜由未との思い出を大切に大切に自分の胸の中に保管していた。



やっぱり君のことが好きなんだと痛感させられたう。

それと同時に後悔もした。あのときああしておけば良かったと。本当に今更だと思いながら。

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