第20話 友達にできること、友達だからできないこと
亜由未は両手で松葉杖を使っていたが、それが片方だけになり、やがて松葉杖が必要なくなるほど回復していた。
ただ、左足を引き摺りように歩いていたので、全快まではもう少し時間がかかるだろう。
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ピピピ、ピピピ、電子音が数回鳴り、俺は枕元に置いていたスマートフォンを手にとった。
「お久しぶりです」元気な真紀の声が飛び込んでくる。
「ああ、真紀か。真紀には本当に迷惑をかけちゃったね。反省している」
「そうですね、本当に迷惑をかけられました」
「本当に、ごめん」見えない真紀に頭をさげる
「いやだな、嘘ですよ」
「どっちなんだよ?」
「まあ、迷惑はかけれらましたけど、それは先輩も同じじゃないですか?」
「うん、そう・・・なのかな?未だによくわからないよ」スマートフォンを持つ手に力が入る。
「まあ、千葉さんは自業自得じゃないんですか?むしろ怪我が軽すぎますよ」
「そういってくれると嬉しいよ。そんなことを言ったら不謹慎なのかな?」
「それくらい言っても良いと思います」真紀のその言葉が俺には嬉しかった。
「亜由未さんはどうですか?怪我の具合は?」
「うん、今では松葉杖がなくても、なんとか歩けるくらいには回復した」
日に日に亜由未が回復していく姿に喜びを覚え、でも無理しすぎないようにと釘を刺しておいた。
「良かったですね」真紀の言葉に偽りはないように感じた。
「じゃあ、先輩、私にクリスマスプレゼントをください」
「は?何を言っているんだ。そもそも、クリスマスは過ぎたし、サンタはオーバーワークで実家に帰省しただろ?」
「先輩って、たまに捻くれた言い方をしますよね?なんです、サンタが帰省って、腰でも痛めたっていうことですか?」腰を痛めとは言っていない。真紀だって相当捻くれている。
「それで、結局なの用なんだ?用がないなら切るぞ」要領を得ない。真紀が電話をかけてきた意味を確認してみる。
「えーもう切るつもりですか?」
「あーもう切るよ。それにお前、どうせ居酒屋のバイトの休憩中だろ?」
「覚えていてくれたんですか!先輩のそういうところ、私は本当に大好きなんです!」
「いや、今日が火曜日だから、多分と思ってカマをかけただけだよ」
たじろぐ。時間と曜日で多分とは思っていたが、それに感激して「大好きなんです」と言われると、どう対応したらいいのかわからない。
「いや、本当に偶然だよ。多分、バイトだろうなあって」
「本当ですか?」真紀は訝しんでいる。
「本当だって」
「あ、休憩がもう終わりそうなのでプレゼントお待ちしていますからね」真紀はそう言って通話を切ろうとした。
「ちょっと待った。お詫びに何か奢るからさ、バイト頑張れよ」と声をかけ、真紀は「絶対ですからね、約束ですよ?」と何回も何回も確認をした。
✦
真紀と通話を終え、風呂に入ろうと灰色のスウェットに手をかける。両手で裾を持ち上にあげると首のところでひっかかり、フラフラしていると再び電話が鳴った。
「タイミングが悪いなあ」と呟き、一気にスウェットを脱いで再びスマートフォンに手を伸ばす。発信者名には「亜由未」と表示されていた。
「なに、どうしたの?」上半身が裸のせいで寒い。
「うん」亜由未の声は沈んでいる。何かただならない様子だったので「少しだけ、待って」と電話を置いてからもう一度スウェットを着なおす。
「お待たせ。卒論のこと?」
「ううん」
「何があった?」亜由未の声は不穏と不安が入り混じっていた。
「あのね、最近、新井君に会った?連絡はした?」
「新井?」うーんと記憶を蘇らせる。「結構前に大学の喫煙所で一緒に煙草を吸ったことくらいかな?連絡は・・・そう言えば取ってないんなあ」
「新井君が煙草を吸っていたの?」
「うん、あいつが煙草を吸うなんて珍しいと思った。吸うペースもかなり早かったし」
「そうなんだ、うーん、でも」亜由未は慎重に言葉を選んでいるようだ。
「あまり良い話じゃないみたいだね」
「うん」亜由未の声のトーンが低い。どう切り出せばいいのかと感がる
「亜由未、教えてくれないか、新井がどうしたの?」結局、俺は普通に尋ねていた。モタモタしている場合ではない気がした。
「私が話すことをできれば他の人に言わないで欲しいの」
「わかった」吉報でないことだけはわかる。問題は事態がどこまで深刻かということだ。
「私も今、連絡を貰ったばかりで・・・物凄く言い難いというか、まだ信じられないんだけどね」
新井君が自殺を図ったって
「嘘だろ?それは今日の話、それとも昨日?」喫煙所での新井の姿を思い出す。確かに違和感はあった・・・が亜由未の話と直結しない。
「もう2週間前のことだって」
「2週間?そんな前のことがなんで今になって」亜由未が松葉杖を両手にかかえ、俺が転ばないようにくっついて学内を歩いてときか。
「私もそこまではわからいんだけど、新井くんの両親がおおごとにしたくないって、黙っていてみたい」
「世間体を気にしたんだろうな。でもさ、だったらどうしてこのことがわかったの?」
「新井くんと凄く仲の良い女の子の友達がいてね、電話にでない、メッセージも返ってこない。そのうちに新井くんのスマホの電源まで落ちてしまったみたいで、さすがに心配になって実家に電話したんだって」
「そこで判明したわけだ」合点がいった。その子は新井のことを本当に心配していたのだろう。
「さっきも言った通り、この話は学内で広がらないようにしないといけない。だからね、新井君の両親は本当に信頼に値する人にだけは教えてもいいって」
「亜由未はどうして知ることができたの?」
「その友達は新井くんと私の共通の友達で、だから教えてくれたの。吉田くんまでなら教えても良いと許可をもらって。でも新井くんの両親は教えても良い人の限度は3人。もし約束を破ったら、今後何があっても話さないし、連絡も寄こさないでくれって」
デリケートな問題だ。新井の両親に俺は会ったことはないが、気持ちはわかる気がする。
「今こうやって博司君に教えたから全部で3人目、もうここまでだね」
「そう、だったんだ。確かにここまでにしたほうが良いと思う。約束なんだから」
「ねえ、私と博司君の仲をとりもってくれたのは新井君だよ。それはわかるよね?まさか忘れていないよね?」
「そんなことがあるわけない。新井がいなかったら俺は陰で亜由未を見ていることしかできなかった」堂々と言えることではないが、安全策しかとれない俺は新井のおかげで亜由未と付き合うことができた。
「亜由未、自殺を図ったということは、新井は生きているんだよね?」
「そのはずなんだけど、新井君の両親が搬送された病院や治療している病院を一切教えてくれないらしくて・・・お見舞いにもこないでくれって」
「あー--」俺は髪の毛を搔きむしる。
「冷静に・・・って言っても無理だよね・・・」亜由未だって相当ショックを受けているはずだ。俺が取り乱してどうするんだ。俺は頬を手でピシャリと叩いた。
「亜由未、少し聞いてもらいたいんだ」
「うん」
「俺は新井に助けられてばかりで、良い友達だと思っていたし信頼もしていた」
「うん」
「でも、新井は俺に助けを求めていたのかもしれない。就職活動がうまくいっていないのは本人から聞いていたし、そもそもあの新井が煙草を吸い始めた時点でもっと疑問をいだかなきゃいけなかったんだ。そうしたら新井だって」
「ちょっと待って」亜由未が途中で遮る。
「博司君、それは違うよ。博司君が親身になって相談に乗ったからって、こういうことが起こらなかったとは私には思えない」
「俺が自惚れているとでも言いたいの?」つい棘のある言い方をしてしまう。
「そうことじゃなくて、博司君だけでなく、例えば私も新井君の悩みを聞いて相談にのっていたとしても、最終的には新井君がどうしたかったということだよ」亜由未は更に続けた。
「私には人が死のうとする理由はわからないよ。でもね、仮に就職で悩んでいたとして、私や博司君が協力したら新井君が希望通りに就職できたと思う?もし博司君がそう思っているなら、それは奢りだよ。自分なら助けることができたって、そういことなんだよ」
「亜由未って結構冷たいんだな。仮定でもなんでも、もっと新井に寄り添うべきだったんじゃないのか?」
「だから、そういうことじゃなくて」亜由未の語気が強くなる。話が嚙み合わずイライラしているのかもしれない。
「わかった。明日で卒論が仕上がると予定だよね?そのときに会って話そう。他の人に聞こえないように細心の注意を払って」
「そのことなんだけど、ゼミの先生が無理して年内で終わらせなくって良いって言ってくれて。事故に遭ったんだからそこは配慮するし、年末だから学校も閉めるみたい」
「そうなんだ・・・」
「ねえ、どこかで会って話せないかな?」
「それは構わないんだけど。俺は亜由未と喧嘩したくないなあ」
「私と博司君の意見が違うだけだよ。喧嘩なんかじゃないよ」亜由未の言葉に元気がない、俺も言い過ぎてしまったせいだ。
「ごめん、気を悪くしていたら謝る。俺もなんだか混乱しているんだ」
「それはわかっている。私のほうこそごめんね」
「で、どこで会う?」
「久しぶりに博司君の家にお邪魔したいんだけど、年末の忙しいときに平気?」
「うちは親族が集まるとかそうのはないから大丈夫。親父とお袋は親戚の家に行くって言っていたし。でも部屋は汚いよ。それでも良ければ・・・と言っても俺が迎えにいくんだけどね」
「ありがとう、それと部屋が汚いのはとっくに知っているから」亜由未がクスクス笑った。
亜由未の笑い声を聞いてホッとした。人の生き死に関わる話をしていたのだから喧嘩腰になるのは仕方がないが、少しでも元気になってくれたようだ。二人で言い争いをしたり、二人して落ち込んでも何も解決しないのだから。
「じゃあ、昼くらいに迎えに行く。おやすみ」
「待っているね。おやすみ」
通話を終え、俺は乱暴にスウェットを脱ぎ捨て、湯船に飛び込んだ。
新井は生真面目な奴だ。俺とは違って、きちんと目標をもっていたのだろう。
今から2週間前だとすると、12月の中旬辺りか、確かに年を越そうとしているのに就職が決まらなかったことにプレッシャーを感じていたのだろう。
いや、亜由未の言う通り、悩んでいたのは就職のことだけなのか?
でも、だからって、だからってさ。
湯船に凭れかかり、両手でお湯を掬い上げて顔を擦る。
人生に絶望するのは早すぎるんじゃないのか?
まだ俺たちは20年数年しか生きていないんだ。
狭い浴槽で両足を掴み、体育座りの態勢で顔だけをお湯につける。
俺になにができるのだろう。今更でもできることはないだろうか?
ブクブクと泡が浮かぶ。俺は顔をあげて呼吸を整えた。
亜由未のいうことは一理あるが、どうもそれだと納得できない。
俺はもう一度顔を沈め、息ができなくなる寸前まで我慢した。
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