第二話
私のところに神官が来た日の夜。
私の村では収穫祭にも負けず劣らずのパーティーが開催されていました。
「村長、私が勇者に選ばれたの事前に知ってたんですか?」
当然と言えば当然なのだが主賓である私は普段であれば村長や役人たちが座るテーブルのど真ん中に座らされていました。
「ま、儂はこれでも村長じゃ。神官様がいの一番に挨拶に来おったわい。驚きはしたがこの村から勇者が出るなぞ快挙としか言いようがない。じゃから村を上げて準備をしたのじゃ。収穫祭よりも派手にと思ったんじゃが如何せん時間が足りんくての、この程度しか準備出来んかった」
自慢の顎髭を撫でながら語る村長の口調は徐々に勢いを失っていきました。
「十分というかむしろ派手すぎます」
「……これでも足りんくらいなのじゃ、子どもを戦場に送らなければならんことに比べれば…………すまんの、儂が代われるならば変わりたいくらいじゃ」
「別に村長が悪いわけじゃないですよ」
何かを確認するように周囲を見渡した村長はおもむろに私の両肩を掴みました。
真剣な表情で真っ直ぐ私の目を見て村長は言葉を告げます。村長のこんな顔は今までに見たことありませんでした。
「イリス、自分の命が危なくなったらすぐに逃げろ、儂らはお前さんが逃げたとて文句など言わん。何時でも好きな時に帰ってこい、儂はお前さんの家族じゃ。遠慮はいらん、困ったら頼るんじゃぞ」
村長の言葉に私は驚きが隠せませんでした。
てっきり、私はこの村から私が居なくなれば喜ばれるとばかり思っていたのですから。現に見たことの無い規模の祝賀会にはそれも含まれているとばかり……私は事ある毎に村長には叱られていましたし自分で言うのもなんですけれど私はあの悪ガキと同じくらい村で悪目立ちしてい……なんだか言っていて少し悲しくなってきました。若気の至りということで何とかなるでしょうか。
私の返事を待たずに「よいな」、と言い残して村長は会場から出て行ってしまいました。
村長の背中を追いながら会場を見渡すと今まで感じていなかった視線をあちこちから感じました。まるで遠慮するかのように……いえ実際に遠慮しているのでしょう、会場の人達は決して私と目を合わせようとはしませんでしたが常にどこかしらから視線は飛んできていました。
ただいくら私から視線を送っても相変わらず反応は返ってこないのですが。
私は仕方なくテーブルの上に並べられた豪華な食事へと手を伸ばしたのです。
既にこのパーティーが始まってからそれなりの時間が経っています、当然並べられた料理はすっかり冷めきっていました。私は硬くなったパンを何とかちぎってお皿に注がれているクリームシチューへとひたします。
「姉ちゃん、これ」
シチューを吸って少しばかり柔らかくなったパンをちまちまと食べているとよく私と喧嘩していた悪ガキがテーブルの向こう側から顔を覗かせていました。
私に向かって差し出された拳には何かを握っているようでした。私は恐る恐るその拳の下へと手を差し出します。ニヤッ、とはにかんだ悪ガキは私の手の上に何かを落としました。
「何これ?」
正直なところこの子のことだから私の苦手な虫なんかを渡してくると思っていたのですが、しかしそんな私の予想は外れました。手渡されたそれは全く動く気配がありませんでした。
「お守り、これから遠くに行くんだろ。姉ちゃん危なっかしいからさ―――」
お守り、そう言って渡された小さな袋。よく見ると縫い目はバラバラで形も少しばかり歪でした。多分、私の為に作ってくれたのでしょう。よく見れば指先にもいくつか怪我をした跡が見えます。
目を逸らしながら頬をかく少年の顔がわずかにぼやけます。気が付けば私は泣いていました。
「ね、姉ちゃん、どうしたんだよ。そんなに嫌だったか? いや、まぁ、俺も似合わねぇと思ったし、その……」
「……ううん、嬉しいよ。ありがとう」
誤魔化すように口に運んだステーキの切れ端はすっかり冷めきっていたのにとても暖かくとても柔らかい味がしました。
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