第三話
次の日の朝、私は最低限の荷物を持って馬車に乗っています。とはいえ、数着の服と二冊の本しか無かった訳ですけれど……ま、まぁ、そのおかげで荷造りには時間がかかりませんでした。欠伸混じりに家の扉を開けるとまだ朝早いというのに村長を含め色んな人が私の家の前に集まっていました。あの悪ガキまでもまぶたを擦りながらそこにいたのですから本当に驚きました。そしてなぜか少し恥ずかしかったです。
そうして再び見送られながら馬車に乗り込みました。
私と神官が乗り込んだのを確認してから扉を閉めた御者は手綱を引きます。馬は短く鳴いてから大きな馬車を引っ張り始めます。
さすがは教会の馬車ということもあってそこら辺の馬車とは全く造りが違うようでした。最低限の整備しかされていない村の田舎道でもほとんど揺れることなく進んでいくのです。
それでなくても豪華な内装に見たこともないくらいに輝く木製の床、柔らかい座席は馴染みがないせいもあってわたしはどうにも落ち着きません。
「あの、前に座ってもいいですか?」
どこか自分だけが全く知らない別に世界に入り込んでしまったかのような奇妙な感覚。後は目の前に座る神官との何とも言えない空気に耐えられなくなった私は神官の後ろにある窓、その奥にいる御者の背中を指しながら打診します。
「駄目です。貴方様は勇者なのですから」
「たまたま選ばれただけですけど」
まるで用意されていたかの神官の即答についつい本音がこぼれます。
「それでも勇者は勇者です。神に選ばれた以上勇者足る仕草行動を取ってください、貴方様の行動がそれ即ち神の行動となるのですから」
神官が言わんとすることは分かります。
ただ、分かったとしても簡単に納得できるわけではないのです。私としてはその神様に会ったこともない上に勝手に勇者にされているのですから。随分身勝手なんですね、と文句の一つくらい言わせてもらいたいものです。
そうは思えどそんなことをわざわざ本職の人の前で言うなんてそれこそ神に対する宣戦布告に変わりないわけです。私もそこまで空気の読めなくないですしむしろ本当に出会うことができるのなら私の口から出るのは愚痴ではなく感謝でしょう。
「なら、窓開けてもいいですか?」
素っ気なく「どうぞ」、と呟く神官。別に会話をしたい訳では無いのですが私はどうにも神官の態度が気に入りませんでした。
ただ、そんなことも次の瞬間にはどうでもよくなっていました。
空けた窓からは柔らかい風が吹き込みます。その風を頬に感じながらなびく髪を片手で押さえているといつもの丘にいるときと全く変わらないような気持ちになります。
「あの、王都ってどんなところですか?」
窓枠に肘をつきながら何気なく神官に問いかけます。
私の中ではまだ王都というものがハッキリと分からないのです。無論行ったことはありません、村長も若い頃に何度か行ったと言ったという程度で参考には出来ないでしょうし、私の村には商人と言った商人は訪れません。
「行かれたことはないのですか?」
それまで動かなかった神官の表情が僅かに揺れたように見えました。
「行こうとは何度も思いました。ええ、それこそ何度も。でも、結局ただ思っていたただけ、なんですけれど。すいません、なんでもないです」
それ以上神官が質問することもなく、私も口を開くことはありませんでした。
静かになった車内には風に運ばれて車輪の音だけが響いていたのです。
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