第41話 女神と俺と契約と
殴るったって、その体はサンテアのものだから殴れるわけが無いだろうに。
それにその事故を引き起こした原因の何割かは俺自身にもある。
半強制的に押しつけられたブラック勤務で疲れ果てていたと言っても、その状態で車を走らせていなければ突然飛び出されても事故ることはなかったかもしれない。
まぁ、元気だったらもう少しスピードも出していただろうし、何を言っても『たられば』でしか無いのだが。
「ふぅ……」
俺は大きく息を吐くと、足下に土下座する小さな体を見る。
なんだろう。
謝られているはずなのに酷く罪悪感が胸の中で渦巻いてくる。
それにもしこの場面を他人が見たらどう思うだろうか。
幼い女の子に宿屋で土下座させている光景なんて事案ってレベルジャネーゾ。
しかも俺には効かないが、今の彼女は神オーラとかいうものを纏っているらしい。
そんな状況で女神エルラードの信者がこの状況をひと目でも見てしまったらと思うと背筋が凍る。
もちろん無敵の俺を熱狂的な狂信者どもが殺せるとは思えないが。
「わかった。わかったからもう頭を上げてくれ」
俺は土下座する女神にそう告げると、部屋の隅から椅子を引っ張ってきて底に座るように促す。
「確かに俺が死んだのはアンタが原因だったのはわかった。だけどそれが全てじゃない」
椅子に座っても床に視線を落としたままの女神に向かって俺はあのとき自分がどういう状態だったのかを語った。
そして全ての原因がエルラードだけにあるわけじゃないことを告白する。
「あのときの俺は疲れ切ってて、あのままだともしかしたらアンタ以外の人を撥ねていたかもしれない」
実際それほどまでにあのときの俺は疲れ切っていた。
「だから女神様が全ての責任を負う必要は無いんだよ。それにアンタは俺の望みを聞くためにほとんど全ての力を使ってくれたんだろ?」
「……」
「最初は自分が死んで生まれ変わったなんて言われてびっくりしたけどさ。俺、今のこの生活結構気に入ってるんだ」
実際この異世界に転生してから今まで、俺はかなり自分の好きなように楽しく生きてきたと思う。
前世では身寄りも無く生活に追われ、仕事に追われて学生時代の友人との縁も切れて仕事の後は毎日一人でコンビニ飯か半額セール弁当を食べるだけの生活だった。
それを思えば今の生活は充実していると言っていい。
あっちはどう思っているか解らないけど、マーシュという信頼できる友達も出来た。
俺を慕ってくれる子供たちや、顔なじみになって最近はサービスで一品付けてくれたりまでしてくれる行きつけの店も出来た。
前世の世界じゃ俺が死んでも悲しんでくれるような人もいなくて、たぶん俺の死の影響を受けたのはあのブラック企業くらいだろう。
まぁ、ああいう所はどうせすぐに『代わり』を見つけて俺のことなんて元からいなかったように戻るんだろうけど。
「……つまりアンリヴァルト。お主は何を言いたいのじゃ?」
俺の話を聞いて僅かに上目遣いに俺の顔を見上げて女神は尋ねる。
「そういうことだから俺はアンタのことは恨んでないし、むしろ今では感謝してるってことさ」
「それは本当かの?」
「ああ。だからもうアンタは休んで、その体をサンテアに返して――」
俺が底まで口にした時だった。
それまで愁傷に下を向いて肩を窄めていた女神が突然顔を勢いよく上げると。
「そうかそうじゃったのか!」
椅子から勢いよく立ち上がり、そのまま部屋のベッドの上に飛び乗って、腰に両手を当て胸を張り高らかに笑い出したのである。
「わーっはっはっは。なるほど、つまり我はお主にとっては救世主! まさに神ということじゃったわけじゃな!」
しまった。
サンテアの姿形でしょんぼりとされてしまったせいで下手に出過ぎた。
俺はこの女神の調子の良さをすっかり忘れていたことに内心舌打ちをしながら、この状況を利用できないかと考える。
俺としては女神にはさっさとサンテアの体から追い出して彼女を帰して貰いたい。
「なんじゃ、だったら最初からそう言ってくれればよかったのにのう。いっつも我に対して邪険な態度だったのはアレか? ツンデレってやつだったのじゃな?」
ウザい。
猛烈にウザい。
こいつ、結局は自分が俺を死なせる原因の一つであることは間違い無いことをすっかり忘れていやがる。
「ういやつじゃのう。これからは素直に我をあがめ奉るがよいぞ」
「ははは……そっすね」
俺は乾いた笑いで女神の戯言を聞き流しつつ、彼女が口を閉じるのを待って本題を切り出した。
「女神様からの話は終わったみたいですし、そろそろサンテアの体を解放して貰っていいですかね?」
「無理じゃな」
だが俺のその頼みは即座に却下されてしまう。
「どうして」
「どうもこうもお主が命じて
わからんわ!
そう叫びたかったが、それよりも大事なのは糞女神の言う『契約』のことだ。
それが果たされればサンテアは帰ってくることは間違い無いわけで。
「じゃ、じゃあその契約って何なのか教えてくれ」
「お主、自分が口にしたことも忘れたのか……」
俺の問い掛けにエルラードは呆れたような表情を浮かべて口を開くとこう告げたのだった。
「お主が言ったんじゃぞ。課金してギガを回復させろとな」
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