第15話 俺、若返ってるぅ!!!
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「失敗しただと?」
街の中心部から少し離れた場所に建つ立派な屋敷。
そこはこの街と周辺地域を治める執政官、ルブレド子爵の豪邸である。
「はっ。報告によれば突然森の中から現れた男に邪魔をされたそうで」
豪邸の奥に作られたごく一部の者しか入ることが出来ない応接室。
その上座に座った男は部下からの報告を聞き目を見開いた。
男の名はジョイス=ルブレド。
この屋敷の主であるルブレド子爵その人である。
「今回の
無駄に立派なカイゼル髭を揺らしながら男は部下に問う。
「それが……」
「どうした?」
「ランドも含めて全員がその男一人に倒されたと」
「ランドはこのジモティの街の冒険者でも敵う者のいない猛者。それを倒しただと?」
ルブレドは手にしたグラスをゆっくりと机の上に置く。
そのまま彼が目を閉じるとしばしの沈黙が部屋の中を支配した。
「その男の素性はわかっているのか?」
「いえ。ただ街までランドたちが馬車を曳いてくる間に耳に入ってきた話では、どうやら男は記憶喪失のようでして」
「まて。ランドたちは馬車を曳かされてきたのか?」
「はい。どうやら男に『馬の代わりにお前らが曳け』と命じられたそうで」
部下の言葉にルブレドは思わず大声で笑い声を上げてしまう。
どうやらランドが馬車を曳かされている姿を想像したらしい。
「一応ランドたちは野盗として牢に収監しておりますが、いかがしましょう?」
部下は子爵の笑いが収まるのを待ってから話を再開した。
「いつものように書類上は処分したことにして解放してやれ」
「わかりました。それで男と商人の方は――」
「すでに街に辿り着かれた以上手出しは出来まい。きちんと報酬を払って
ルブレドは少しだけ苛立ちを含んだ声音で応えると、ゆっくりとソファーから立ち上がる。
「それとその男だが、ランドより強いというのは確かなのだな」
「はい。それは間違いなく」
「記憶喪失だというものか?」
「そちらのほうは商人との会話を盗み聞きしただけで裏は取れていません」
部下の言葉にルブレドはしばし考えを巡らせる。
癖なのだろう、立派なカイゼル髭の先を指先で弄ぶ彼を部下は直立不動のまま待つしかない。
「ではその男に会ってみようでは無いか」
「危険では?」
「たしかにランドを倒すほどの男だ、危険はあるだろう。だが」
ルブレドは部下の目を強い瞳で見返し。
「そんな男が我の手足となれば、これほど心強いことはないだろう?」
そう言って口の端をあげて厭らしい笑みを浮かべたのだった。
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「まさか若返ってるとはね」
マーシュに案内して貰った立派な宿で部屋を取った俺は、部屋で少しだけ休んでから宿屋の従業員に場所を聞いて服飾店に向かった。
そこで適当な服を買い込んだ俺は、試着室の鏡を見て自分の姿が前世とは全く変わってしまっていることを初めて知ったのである。
「転生してから鏡なんて見ること無かったもんな」
前世での俺は記憶が曖昧だがそれほど若くなかったと思う。
だけど鏡に映っているのはひいき目に見ても十代後半。
しかも銀髪黒目で西洋風の顔立ちをしていた。
ただし顔はイケメンという訳では無く、どちらかというとこの街の人々と何も変わらない平凡フェイスで。
道を歩いていても十人が十人振り返らないくらいの。
「まぁ転生したらオッサンでしたってよりはマシだからいいけどさ」
俺は次なる目的地である酒場に向かって街の中を歩いて行く。
時刻はとっくに昼を過ぎていると思う。
なぜならギルドの前で聞いた鐘の音、あれが正午を告げる鐘だったらしいからだ。
「さて、服屋が言ってたのはあの看板かな?」
大通りから少し中に入ってしばし。
その通りは大通りよりも庶民的な店が並ぶ庶民街といった場所で。
そこに服屋の店員おすすめの酒場があるらしい。
「ドワーフがエールをかっ喰らう絵の看板……ここだな」
店の前に辿り着いた時、まだ火が高いというのに中からは既に出来上がっているっぽい人々の喧噪が漏れ聞こえ。
その雰囲気を俺も目一杯楽しもうと扉に手をかけた。
「初めての異世界料理だからどんなものがあるのか楽しみすぎる」
しかしそんな俺のウキウキした気持ちは、唐突に聞こえてきた女性の叫び声で一気に急降下することとなる。
「ど、泥棒ーっ!!」
とっさに声のした方を見ると身なりの良い金持ちそうな女性が、小さな人影を追いかけている。
どうやら子供にバッグをひったくられたらしい。
あ、コケた。
女性は日頃運動慣れしてないのだろう走り方が祟ってか、何かに躓いて転んでしまった。
おかげで捕まえようとする大人たちの手を華麗にすり抜けて走る子供との距離は一気に離れ。
そして子供はそのまま俺が今まさに入ろうとしていた酒場近くの路地へ逃げ込んでいく。
「見ちゃったからには無視するのも寝覚めが悪いしな」
俺は渋々ながら酒場の前を離れると、子供が駆け込んでいった路地裏に向かうことにした。
通りでは女性が「あの子供を捕まえて!」と叫び続けていたが、俺以外に路地に向かう人はいない。
薄情に思った俺だが、路地裏に入ってなぜ誰も子供を追いかけようとしないのかすぐに理解した。
「確かにこんな所には来たくないよな」
路地裏を子供を追って奥へ進んで行くと、さっきまでとは明らかに空気感が変った様に感じた。
というか実際表通りや酒場のあった所と比べてあからさまに建物の質が数ランク落ちている。
壁には落書きや謎の染み。
適当に板を打ち付けただけの修理跡。
「これってスラム街ってやつかな?」
上を見上げれば狭い空をさらに隠すかのようにつり下がる洗濯物や得体の知れない何か。
割れた窓から時折聞こえてくるのは怒鳴り声と何かが壊れる音。
「おっと」
もちろん狭い路地には異臭を放つゴミが積み上がり、障害物となって俺の進路を邪魔する。
しかしあの森の中を走り回る経験を積んできた俺にはこの程度はアトラクションも同然。
「魔物が襲いかかってこないだけでもマシだけど」
確かにこんな場所にひったくりを捕まえるためとはいえ飛び込むお人好しはそう居やしないだろう。
それが自分の荷物ならまだしも、見ず知らずの他人の荷物だったらなおさらだ。
「ということは俺ってお人好しってことかな」
たぶんそれは俺がこの世界とは違う倫理観の元で育ったせいなんだろうけども。
「おい! 待てよ!」
いくら子供がすばしっこくても大人の、しかも森で鍛え上げた俺の総力に叶うわけが無い。
みるみるうちにその背中に手が届くまで追い詰めると、俺は逃げる子供の襟首に手を伸ばし――
「今だっ!」
子供の思ったより甲高い声と同時。
「くらえっ!」
「おりゃああっ!!」
積み上がった左右のゴミ山の陰から俺の伸ばした腕に向かって何かが振り下ろされたのだった。
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