第16話 出会ってしまった子供たち

「ごほっ……どうかお許し下さい」


 薄暗く狭いバラック小屋の中。

 俺は小学生くらいの少女に頭を下げられていた。


 彼女はサンテア。

 もうすぐ十一歳になるそうだ。


 サンテアは俺が入ってきたときにはベッドに横になっていて、かなり体調が悪そうに見えた。

 なので無理して起き上がらなくてもいいよと言ったのだが。


「盗まれたものが返ってきたんだから、あのおばちゃんもこれ以上犯人捜しはしないでしょ」


 あの後俺は、ひったくられた鞄を帰すために犯人の子供を小脇に抱えたまま一旦例の通りまで戻った。

 周囲を見回しても被害者のおばさんの姿はみあたらず、仕方なく俺はあのドワーフの看板が掛かっていた店に入り、そこの店員に鞄を盗まれた人に返しておいてくれと預けてからスラム街に戻って来た。


「ごめんよ」


 サンテアの前には女性の鞄をひったくったパレアという少女と棒で殴りかかってきたロンゴ、ランラの三人が正座をしてうなだれたまま黙っている。

 年はそれぞれ八歳、八歳、六歳。


 部屋の奥では一番小さな男の子は五歳になったばかりのニア。

 先ほどから泣き続けているが大丈夫だろうか。

 泣きすぎてちょっとゲロ吐いてそうな音がするんだけど。


「それで君たちのお父さんかお母さんはいつ帰ってくるんだ?」


 バラック小屋の中には子供が五人いるだけで大人の姿は見当たらない。

 六畳一間ていどのバラックなのでどこか別の部屋というわけもない。


「私たちの親はもう……いません」


 サンテアが頭を上げて応える。

 

「……」


 この家にたどり着いてすぐに予想はしていた。

 もしかしたらここは孤児たちが集まっている場所なのかも知れないと。


 それでももう少し年長の子供が居るんじゃないかと思ったのだが。


「お兄ちゃんたちは連れてかれてしまって」


 ここには他にも年長の少年少女が三人ほど暮らしていたらしい。

 だが一年ほど前に突然やって来た兵士によって連れ去られてしまったという。


「どこへ連れられたのかわかる?」

「わかりません……」


 頼りにしていた年長者を失った彼女たちは、その日から必至に生きるために頑張ってきたのだという。

 このスラム街では誰も子供を養う余裕は無い。

 なので自分たちでなんとか食料や生きるために必要なものを集めるしか無かった。

 そのために今日の様にひったくりも何度もやったし、店先から野菜や果物をひっそりと盗んだりもした。


「捕まったのなんて初めてだよ」


 ひったくりは主に俺が捕まえたパレアの仕事だった。

 彼女は五人の中で一番足が速く頭も切れる。

 たぶん森の中のような障害物だらけの場所を走る経験を積んできた俺じゃ無きゃ、スラム街に入ったところで見逃していたかもしれない。

 それくらい彼女の動きは見事だった。


「盗みは悪いことだってのはわかってるんだな」

「……」

「……それは……うん……」


 この世界。

 しかもこんな環境だ。


 前世の俺の倫理観と彼らの倫理観が全く同じだとは思っていない。

 だけど予想に反して彼ら、彼女らは自分たちがやったことは悪いことであるとは理解していた。


 もしかして彼らの亡くなった両親、それか連れ去られたというお兄さんお姉さんがそう教育したのかもしれない。


「そっか。ならいい」


 今回は俺が鞄を取り戻したから被害者はいないが、実際今まで何人もの被害者はいるはずだ。

 だけど俺の勝手な倫理観でそこまで攻めるのはお門違いだろう。

 それにこの子たちはどちらかと言えば被害者だ。

 兵士たちが子供たちの面倒を見ていた保護者ともいえる少年少女を連れ去らなければ、生きるために犯罪に手を染めることも無かっただろう。


「ごほっ……」


 それにしても。


「サンテアは風邪なのかい?」


 バラックに来てからずっとサンテアは咳き込んでいる。

 まだ昼間だというのにベッドで横になっていたところを見ると病気なのだろう。

 薄暗い室内ではわかりにくいが実際顔色もかなり悪く思える。


「たぶん……ゲホッ……そうだと思います」


 ただの風邪ならいい。

 一瞬そう思ったが、この衛生状態とに加えてどう見ても栄養不足の体を見て俺は考えを改める。

 風邪は万病の元と言われるくらい命を落とす切っ掛けになる病気だ。

 特に栄養不足で体力の無い子供にとっては軽く見て良いものではない。

 かといって俺に回復魔法のようなものが使えるわけでも無く。


「知っちゃった以上は無視も出来ないよな」


 俺は子供たちに向かって「俺が食い物買ってきてやるから待ってろ」と告げるとバラックを出る。

 外には興味津々といった風にスラム街の住人が数人、物陰からこちらを覗き見ていた。

 そのギラギラした目に嫌な予感を覚え、俺は一応釘を刺しておこうと忠告をする。


「お前ら。この子たちに手を出したらタダじゃ置かないからな」


 意識して視線に殺気を込め、こちらを見ている数人を一人ずつ睨み付ける。


「ヒイッ」

「手なんて出しやしませんぜ」

「あっしらはなにかおこぼれでもねぇかなと思って見てただけで」


 口々に言い訳を並べて逃げ去る住民たち。

 同時に辺りに潜んでいた顔も出さない人の気配も消えて。


「これで大丈夫かな」


 俺はそれを確認しながらゆっくりと表通りに向かって足を進めたのだった。


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