第14話 マジックバッグ
「まさか……」
先ほどのマーシュの興奮っぷりからかなりの高額なのはわかる。
だけどそれがこの世界でどれほどの価値があるのかはわからなかった。
「それもお忘れなのですか?」
「お忘れなのです」
街にたどり着くまでの馬車で俺は必死に自分の『設定』を考えた。
マーシュにはお忍びの任務を帯びた遠い国の騎士だと思われているようなので基本その路線でいくことにしたが、それでは余りに無知な理由までにはならない。
なので俺が考えた俺の現状はこうだ。
・遠い東の国から何かしら任務を帯びて船で旅だったものの船が嵐に襲われ沈没。
・魔瘴の森近くの海岸に流れ着いたものの頭を打ったらしく記憶が曖昧でふらふらと森へ迷い込んだ。
・流れ着いたときに全ての荷物や服を失っていたものの、体が戦い方を覚えていたおかげで森の外周部を彷徨いながらなんとか生きながらえる事が出来た。
・なんとか人里に出ようと彷徨っていたところでマーシュが襲われている音を聞いて助けに入った。
・結局記憶は戻らず、俺は色々なこの世界の常識を忘れて今に至る。
正直かなり穴がありまくる設定だが、記憶が曖昧なのは嘘では無いし服も荷物も何もないまま森に放り出されたのも本当だ。
マーシュも色々突っ込みたい部分はありそうだったが、俺が命の恩人だということと彼が勝手に思い込んだ『お忍びの騎士』という設定のおかげでここまでなんとか誤魔化して来れたわけである。
「えっとですね……どう説明すればいいのでしょうか」
マーシュは暫く悩んだ後「例えばですね」と切り出した。
「金貨100枚もあればこの街にある普通の民家なら一軒買うことが出来ると言えばわかりますか?」
「ということは552枚あれば豪邸が建てられる?」
「立てられますね。庭付きの立派なものが」
たしかにそれならマーシュが驚いていたのも理解できる。
つまりは俺は一瞬にしてそれなりの金持ちになってしまったということだ。
「ですからわたくしが半額も貰って良いのかとおたずねしたわけなんですが」
「うん、まぁそれはかまわないんだけどね」
マーシュには色々手間をかけてしまったし、もしかすると危ない橋を渡らせてしまったかも知れないという負い目もある。
なので彼に半額を渡すことに関しては文句も何もない。
むしろマーシュに迷惑をかけてしまったお詫びの意味が強い。
それにいざとなればまだ手元に幾つも同じような魔石を持っている。
なので現状俺は金には困っていない。
「それでこの小袋の中に二百枚くらい金貨が入ってるんですか?」
この国の金貨って小麦チョコくらいの大きさなのだろうか。
そんなことを考えながら片方の袋に手を伸ばす。
「もしかしてこれもご存じありませんか?」
「普通の麻袋じゃないんですか?」
「……なるほど、そうですが……わかりました。百聞は一見にしかずといいますし、実際に見て貰いましょうか」
マーシュはそう言うと俺が掴もうとしていた袋を持ち上げる。
そして馬車の中に置いてあった木のバケツを引っ張りだし二人の間に置く。
「見ててくださいね」
そう言ってマーシュがバケツの上で袋をひっくり返すと。
がらがらがらがら。
ちゃりんちゃりんちゃりんちゃりん。
「えええっ」
小さな袋の中から大量の金貨がバケツの中に降り注ぐ。
一つ一つの大きさは五百円玉くらいだろうか。
それがどんどんバケツを埋めていくのである。
しかもそれが入っていたのは小さな小袋で。
とてもでは無いがこの量が入るとは思えない。
「まさかこれって」
「この袋は見かけと違って中に背負い袋半分くらいの荷物が入るマジックバッグというものでして」
「マジックバッグ!! やっぱり有るんだ」
「ご存じでしたか?」
「あ……えっと、噂でですけど」
まさか前世で読んでいた漫画で見たなんて言えるはずもない。
「でもこういうマジックバッグって高いんじゃないですか?」
「この町のギルドだとちょうど金貨五枚でしたね。この辺りは材料になる魔獣素材がふんだんに出回っているおかげで中央よりも安く手に入るんですよ」
金貨五枚か。
家一軒が百枚と考えると五枚でもそれなりのお値段だと思うが。
それでもマジックバッグの利便性を考えればかなり安いのかもしれない。
この袋だと
そのことをマーシュに聞いてみようと俺は口を開きかけた。
そのときだった。
りんごーん。
りんごーん。
どこからか鐘の音が聞こえた。
と同時にマーシュの顔に「しまった」といった表情が浮かぶ。
「どうかしたんですか?」
「ええ、さっきギルドで言われたことをすっかり忘れていました」
マーシュは応えながらバケツの中の金貨を袋に急いで詰めていく。
「もしかして俺に関係あります?」
「いえ……実はさきほど荷主様から荷物を早く届けるようにとギルドに連絡があったそうなのです」
そういえばマーシュはこの町に頼まれた荷物を届けに来る途中に襲われたって話だった。
俺は馬車の片隅に置かれた一メートル四方の箱らしきものに目を向ける。
それなりの広さがある馬車の中にぽつんと一つ。
いったい中に何が入っているのか気にはなるが。
「そういうわけでわたくしはすぐに執政官様の所に向かわねばなりません」
「執政官?」
「はい。ルブレド子爵というお方でして、この街を実質治めていらっしゃいます」
子爵ということは貴族なのだろう。
マーシュはその貴族からの依頼で荷物を運んできたわけだ。
「それでアンリ様はどうなさいますか?」
「俺ですか? そうですね。お金も入ったことだし、とりあえず宿を決めてから服でも買いに行こうかなとおもってます。いつまでもマーシュさんから借りっぱなしと言うわけにもいかないし」
今の俺の服装はマーシュからかりた洋服である。
マーシュは俺よりもよく言えばふくよかな体格なので、紐で腰を縛ってはあるものの合っているとは到底言えないものだった。
「それなら良い宿を知ってますので、そこまでお送りしますよ」
「助かります」
右も左もわからないこの街だ。
自分で適当な宿を探すより、マーシュに任せた方が色々安心だろう。
「それでは急いで準備しますね」
マーシュ俺の返事を聞くと慌ただしく馬車の外へ飛び出した。
そして馬と荷台を固定していた留め具を外すとそのまま御者台へ上ると。
「出発します」
そう言って馬車を出発させたのだった。
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